竜戦士/冒険者詐欺被害者/孤独の美食家カラン 1
◆竜戦士/詐欺被害者/孤独の美食家カラン
誇り高き竜人族には使命がある。
それは勇者となる人間に仕え、世界を救うことだ。
と言っても、今は別に、世界が危機に瀕しているわけではなかった。
人間族と魔族との戦争は十年前に終結している。
闇の勢力に世界が支配されることはなく、今のところ世界は平和だった。
が、竜人族は危機に瀕していた。
戦争に傭兵として参加した結果、多くの者が帰ってこなかった。
死んだ者も少なくはないが、人間の国に留まった者が多いのだ。
竜人族の集落は、田舎だった。
朴訥とした暮らしが何百年と続くような閉鎖的な社会だ。
傭兵として参加していった者達にとって、人間の国は流石に魅力的だった。
戦争中に人間と恋仲になって人間の国に家庭を持った者も多い。
カランは、そんな過疎化した竜人族の族長の三女として生まれた娘だった。
明るい性格は誰にも愛された。
腕力は男顔負けだった。
多少抜けているところもあったが、戦士としては上等だろうと許されていた。
彼女が人間の世界に興味を示したのは必然であっただろう。
どんなに力が強く腕自慢であっても、それは狭い社会の中だけのもの。
世界を見回って自分の強さを試したり、「勇者に仕える」という竜人族の使命に惹かれて、集落を出て旅をする決意をしたのだった。
だが。
カランには足りないものがあった。
過疎化している集落に住んでいたため、同世代の友達が指で数えられる程度しか居なかった。まったく同い年の友達はゼロだ。大人達もまた働き盛りの世代が少なく、老齢の人間ばかり。
甘やかされて育ったカランは、世間の冷たさや人の醜さをまだ知らなかった。
◆
カランは、両手持ちの大剣をぐるりと大きく振り下ろした。
「喰らえ!!! 火竜斬!!!」
超重量級の剣の振り下ろしは硬い外皮を持つ巨大クワガタ「シルバーシザース」でさえも一刀両断する。
しかも、ただの振り下ろしではない。
モンスターの切断面は黒々と焼け焦げていた。
火竜の加護を愛剣「竜骨剣」にまとわせて焼き切る、カランの必殺技だった。
「さっすがカランさん! すげえや!」
「S級ランクだって目じゃねえっすわ!」
「さすカラン! さすカラン!」
「フフっ、そう褒めるナ」
カランはそんなことを言いながらも、得意げに微笑んだ。
カランを褒めそやす男達は、一刀両断されたシルバーシザースを素材にしようとナイフで器用に解体し始めた。
見た目は体長一メートルほどの銀色のクワガタだ。
直接攻撃であろうが魔法であろうが、半端な攻撃は一切通じない難敵である。
だが、その分実入りは大きい。
鉄のように硬く樹脂のように軽いハサミや外骨格は高価格で取引される。
今、カラン達がいるダンジョン『壺中蛇仙洞』はシルバーシザースなどの強敵がうろつきつつも、十二分に稼げる場所として知られていた。
「……なぁジョージ。素材の剥ぎ取り、手伝わなくて良いのか?」
「そういうのは下っ端がやるもんでさぁ。
カラン様は休んで次の戦いに備えてくだせえ!」
「ああ、わかったゾ」
カランは自分の住む集落を旅立った後、商人達のキャラバンに護衛として便乗して迷宮都市を目指した。
強い人間達が居て、余所者を受け入れてくれる場所となると、迷宮都市テラネがもっとも適していた。
ただし、カランは色々と世間知らずだった。
頭もあまり良くない。
日銭をどう稼げば良いかもよくわからなかった。
困り果てたカランを手助けしてくれたのが……
「カリオス、ありがとうナ!」
「なあに、カランの腕っ節があってこそさ! これからも頼むぜ!」
リーダーの戦士カリオスが率いる冒険者パーティー【ホワイトヘラン】だった。
カリオスは、金髪の爽やかな美丈夫だ。
右も左もわからないカランを助け、寝床も飯も、そして仕事さえも与えた。
他の仲間達も親切だった。
カランは、この仲間達に出会えたことを深く感謝していた。
ただ、少しばかり不満もあった。
「デモ、少しくらいは雑用を手伝っても……」
「つってもお前、文字の読み書きも計算もできないだろう?
そういうのはできる奴に任せときゃ良いんだよ」
「それはそうだけど……」
カリオスは、カランに雑用をさせようとはしなかった。
カランは、戦士として素晴らしい能力を持っている。
恵まれた肉体と、そこにおごらず努力するひたむきさがあった。
駆け出し冒険者が手こずるようなC級パーティー向けの迷宮を軽々と踏破した。
だがそんな力があるからといって、まだ15にも満たない自分が他人を顎で使うことが正しいとは思えない。
頼られることを嬉しく思いつつも、妙なもやもやがカランの中にくすぶっていた。
「そんなことより、下の階層は強い奴がいるんだ。頼りにしてるぜカラン」
「……ああ、任せロ!」
カリオスに肩を叩かれて「頼りにしてるぜ」と言われた瞬間、カランの逡巡は吹き飛んだ。
この人のために全力を尽くそう。
そうカランは思った。
「いいか、下の階にはボスが居る。
ポットスネークっつー強敵だ。
知ってるか?」
「いや、知らなイ」
「人よりもデカい壺に潜んでる蛇だ。こいつ、警戒心が強くて壺の中に入って守りを固められると手が出せねえんだ」
「壺に隠れル……?
魔法とか使ってもダメなのカ?」
「ああ、壺自体が魔法を弾くのさ」
「どうすれば良イ?」
「簡単だ。壺を思い切りぶっ叩けば、ポットスネークは怒って出てくる。
叩いた奴を狙ってくるから、姿を出したタイミングで倒すんだ」
「……ってことは」
「悪いんだけどよ……ここは体を張ってくれねえか、カラン。
もちろんバックアップはきっちりやるからよ。
なあジョージ、ベルム」
「おう、信じろ! 俺の魔法が火を噴くぜ!」
「回復は任せてもらいましょう」
ジョージは火炎魔術が得意な魔法使い。
ずんぐりむっくりで食欲旺盛な男だ。
ベルムは神官で、若干ナルシストだが仕事は堅実だ。
カランにとってこの二人も大事な仲間だ。
仲間に信じろと言われたならば、
「……よし、ワタシはやるゾ!」
カランは、難しいことを考えずに全力を尽くそうと思った。
◆
『壺中蛇仙洞』の最下層にいるボス、ポットスネーク。
厄介な敵だ。
これを倒せることができる冒険者は畏敬の目で見られる。
パーティー『ホワイトヘラン』は、普段はD級冒険者向けの迷宮を狩り場にしている。
彼らがC級迷宮のボス、ポットスネークに挑むのはやや無謀だ。
硬い鱗を貫く攻撃力。
猛毒を食らっても回復することのできる神官の力。
素早い動きに食らいつく俊敏さ。
長丁場でも油断せず戦況を見極めるリーダーの指揮力。
個人としてもパーティーとしても最低限の能力がなければ倒せない。
「よし……カラン、打ち合わせ通りにな。火竜斬は最後まで温存しとけよ」
しかし、必勝法と呼べるものがあった。
それを知る者は少ないし、知ってなお使おうとする者は更に少ない。
「任せろ、カリオス!」
カランは、思い切り蛇が隠れている巨大な壺に体当りして横倒しにした。
「シャアアアアー!!!!!」
すると、蛇が怒りの形相で壺から飛び出てきた。
「よし、気をつけろよカラン!」
「オゥ!」
こうするとポットスネークの狙いは壺を倒した人間、つまりカランに絞られる。
真正面からカランを飲み込まんばかりに蛇が襲いかかる。
カランは大剣を振り、蛇の攻撃を防ぐ。
竜人族は人間よりも大きな腕力を持っている。
成長した戦士ならばこの程度の蛇など造作もない。
成長過程にあるカランも、十分に攻撃を弾き返せる。
「よし、援護だ!」
カリオスの掛け声とともに、ジョージが火炎魔術≪火球≫を放った。
カランだけに集中していた蛇の体に直撃する。
「シァアアア!!!」
蛇はますます怒りの形相で冒険者達をにらみつける。
すると、不思議なことが起きた。
蛇の体表が毒々しい緑色に輝き出したのだ。
「カリオス! なんだあれは!?」
「威嚇してるだけだ! こっちはとどめを刺す準備をする! そのまま足止めを頼むぞ!」
「わ、わかったゾ!」
妙な胸騒ぎを感じつつも、カランは蛇に立ち向かう。
切りつけても大きなウロコに阻害されて大したダメージにはならない。
事前の作戦では、カランが囮となって蛇の攻撃を防ぎ、それを魔術師ジョージが援護する。
そうして時間稼ぎをしている間に、神官ベランが戦士カリオスに補助魔術をかけて強化し、一気にカリオスの一撃で仕留める……そのはずだ。
「カリオス! まだか!?」
カランは声をかけつつも振り返らなかった。
信じていたのだ。
カランが戦いに夢中になっている間、静かに後ろに下がっていく男達を。
「シャアアアアアアー!!!」
そのとき、顎が割れんばかりに蛇が大口を開けた。
そこから毒々しい緑色の霧がどんどん吹き出してくる。
「な、なんだ、これは……!? カリオス……たすけっ……」
ポットスネークは怒りと危機感が頂点に達したとき、周囲に毒を撒き散らす。
これはポットスネークが体内に蓄えた毒と、ダンジョンで生まれる毒虫や毒花を壺の中で混合させた非常に強力な毒だ。ポットスネークはこれを霧状にして吐き出し、周囲に撒き散らす。常人ならばすぐに死に至る。
ただし、弱点もあった。
壺に蓄えているという性質上、一度使い切ってしまえば後はしばらく使えない。
また毒そのものがポットスネークのエネルギーになっているらしく、使用直後は弱体化する。
だから対処方法としてはいくつかある。
例えば毒霧を出す前に、必殺の一撃で仕留めてしまうとか。
あるいは強力な対毒防御を張るとか。
あるいは、
「……よーし、霧が晴れてきたな。これくらいなら問題ねえ」
「上手くいったな」
前衛を犠牲にするとか。
「悪いなぁカラン、お前のおかげで強敵ポットスネークもご覧の通りだ。というより、ポットスネークにかかればお前もご覧の通り、って言うべきか?」
「どっ、どう、し、て……?」
カランは今や、指一本さえも動かす気力がなかった。
カリオスの嘲笑に聞き返すのがやっとだった。
「こいつまだ喋れるのか……あんまり毒がたまってなかったのか?」
「竜人族だから毒の効き目が遅いんだろう。致死量だから問題ねえさ」
カリオスはカランの様子に驚きつつも、まずはやるべきことをやった。
カランと同じようにぐったりと倒れているポットスネークに止めを刺した。
そして、金になる部位を器用に剥がしていく。
そこでカランは思った。
きっとこれもポットスネークを倒すための作戦なんだ。
ワタシが毒で怯えないように秘密にしていたのだ。
だから、これが終わったら、ワタシにも治療を……
「じゃ、行くか」
「そうだな」
だが、カリオス達は無慈悲にもそのまま去っていった。
「ったく、レオの奴も手慣れてきたよなぁ」
「やめろ、今はまだ『カリオス』だぜ?」
「名前を使い分けるのも面倒なもんだな」
下卑た談笑がカランの耳に届く。
その和やかな声もやがて聞こえなくなり、カランは真の孤独へと陥った。
魔物の死体が横たわるだけで、他には何もなく、何も聞こえない。
(まって……だれ、か……、たす……け……)
カランの嘆きは、誰の耳にも届かなかった。