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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
二章 麗しのパラディンさま
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パラディンの伝説 9

※誤字報告いつも助かってます、ありがとうございます!

※今回にて二章終了です。次回から三章となります。




 しばらく沈黙を貫いていたアゲートが、ようやく表に現れようとしていた。


 アゲートの謎の沈黙に関してファンの間で様々な噂が流れ、中にはひどいゴシップもあった。だがそれで去るファンは少なかった。公園の掲示板にライブのスケジュールが張られ、そこにアゲートの単独ライブ開催が書かれていたことにファンは狂喜した。引退さえも噂されていたためにその勢いは尋常ではなかった。ニックも当然そのうちの一人で、同じくアゲートのファンであり冒険者のウィリーと共にチケット売り場に並んでいた。徹夜で。


 真夜中だと言うのに数十人がチケット売り場の開店を待つ姿は中々に異様で、迷い込んできた野良犬もビビって尻尾を巻いて逃げていく。やがて陽が昇り朝になるとたまたま朝飯を食べるために通りがかったカランがニックが本当に徹夜で並んでいたことを知って、若干引きつつも「風邪引くなヨ」と心配してコーヒーを買ってきてくれた。ニックはありがたく受けつつも、周囲のファンの「こいつ彼女持ちかよ」という刺々しい視線に晒されて肩身を狭くしていた。


 だがそれも、もう少しで終わる。チケット売り場の開店時間が近い。


「なあ、ニック」


 そんなとき、ウィリーがふと口を開いた。


「なんだ? ウィリー」

「……ウワサだが、チケット売り場に並ぶのが面倒で彼女に並ばせる男とか、彼女を吟遊詩人アイドルデビューさせて養ってもらうヒモ野郎とかいるらしいぞ。だから気にするなよ」

「オレを吟遊詩人狂ドルオタクソ彼氏選手権に勝手にエントリーさせないでくれ。つーか彼女じゃなくて仲間だよ」

「悪い悪い、冗談だ。ところでニック。知ってるか? 迷宮都市を守る伝説のパラディンが現れたんだってよ」


 突然の意味不明な言葉に、ニックは首をひねった。


「……なんだそりゃ?」

「なんでも昔は迷宮都市の治安が今よりも相当悪くて、盗賊や強盗が当たり前で普通の人間は昼間でも迂闊に表を歩けねえ時代があったんだってよ」

「ふーん」

「だが、そこで賞金首の盗賊どもをばったばったとなぎ倒した、そういう伝説のS級冒険者が居たらしいんだ。ずいぶんと綺麗な顔してる癖に人を助けても名乗りもせずに去るから、『麗しのパラディン』なんて呼ばれてたんだとか」

「へー」

「なんだよニック、興味無さそうだな」

「いや……話が唐突過ぎて意図が掴めねえんだよ。それよりも、アゲートちゃんの演奏ライブの方が気になるじゃねえか」

「関係あるんだよ、それが。こないだカジノが襲われた事件があっただろう。なんとそこに麗しのパラディン様が現れてアゲートちゃんを助けたんだってよ」

「げほっ」


 ニックは思わずむせた。


「ん? どうしたニック、いきなりせきこんで」

「あっ、い、いや、なんでもないぞ!?」

「何でも無いようには見えんが……」

「……と、ともかく、その麗しのパラディンって大昔の人間なんだろ? おかしくねえか?」


 そのニックの言葉に、ウィリーが笑いながら頷く。


「わからんぞ。伝説のハイエルフやダークエルフみたいな長命種かもしれねえ」

「そんなまさか」

「ま、流石にそりゃねえと俺も思うけどな。あくまで再来って言われてるだけで、ホンモノのわけがねえさ。でもカジノや騎士団から謝礼も受け取らず、名前も名乗らずに人助けして去ったって言うから名声がうなぎ登りよ」

「へ、へえ……」

「男か女かもわからねえ謎めいたやつだ。まあ、アゲートちゃんは女だって思ってるみたいだが」

「ん? アゲートちゃんがそう言ってたのか?」

「ウワサだよ。それにすげえ美人だって話もあるぜ。ま、本当かどうかはわからねえが」


 と、ウィリーが謎めいた口調で言った。

 ニックが詳しいことを聞こうとしたあたりで、チケット売り場が開店した。

 ニックとウィリーは並んだ甲斐あって、前列の方の座席を取ることができた。


 ニックはチケットを見て深く安堵した。

 もしかしてあの戦闘の中で怪我を負ってしまったのではないかとか。

 熾烈な戦いを間近で見たショックで塞ぎ込んだのではないかとか。

 つまるところ、自分のせいでアゲートの吟遊詩人アイドル活動を阻害してしまったのではないかと不安だったのだ。

 だがチケットには確かにアゲートの名前とライブの日取りが記載されている。

 きっと元気な姿を見せてくれる。

 それを期待してニックはライブへと赴いた。


 ニックの心配はまったくの杞憂だった。

 それどころか、正反対の方向にぶっちぎっていた。






「こんばんはー!!! 今日は来てくれてありがとう!!!」


「「「こんばんはー!!!」」」


 アゲートの声に、ファンの男共が野太い声で応じた。

 ニックもそのうねりの中の一人として存在していた。

 むしろニック自身の認識としては、その中心に居るのだと言う謎の自負があった。

 自分が一番アゲートのことを心配しているのだという、熱心なファンにありがちな彼氏目線だった。


「最近ちょっと私生活で色々ありました。怪我して引退とか噂が流れたみたいだけど、そこはまったくの嘘で、私はこの通りぴんぴんしています!!!」


「おおおーー!」

「心配だったよ―!」

「これからも頑張ってくれー!」


 アゲートが手を振っている。

 カジノで見たときはどこか陰鬱な気配を漂わせていたが、今はまったく違う。

 今にも爆発しそうなほどのエネルギーに満ち満ちていた。


「ありがとー! ただ、トラブルに巻き込まれちゃったっていうのは本当で……。一歩間違えていたら、死んでいたかも知れません」


 会場がざわめく。

 アゲートを心配する声がちらほらと響いた。


「でも、私を助けてくれた女性が居たんです。そのおかげで今、こうして元気に生きています」


 その声はしっとりとしており、艶があった。

 これまでのアゲートのストイックな雰囲気とは趣きが異なった魅力が放たれている。


「あれはまさに、伝説に聞くようなパラディン様みたいに高潔な人でした。私もあんな風に、誰かを助けたり勇気付けられるようになりたいなって思って……。だから、私の、吟遊詩人アイドルとしての歌ではなく、吟遊詩人ぎんゆうしじんとしての英雄を讃える歌を、ここで歌おうと思います! もちろん新曲です!」


 突然の新曲の発表に、観客オーディエンスの興奮は最高潮に至る。

 だがニックは、声援を上げる前にウィリーの横顔を見た。

 意味ありげに微笑んでいる。

 恐らく新曲の情報をどこからか聞きつけたのだろう。

 羨ましさと驚きを感じたが、それ以上の驚愕がアゲートの口からもたらされた。


「歌います、感謝を込めて! 『麗しのパラディンさま』!」







 ベルはドニーと別れた後、通常の営業活動を休止した。

 予定していたライブも参加を取りやめた。

 理由の公表は控えた。

 それが疑惑を招くことはわかっていた。

 カジノの事件に巻き込まれて大怪我を負ってしまったのではないか。

 そもそもなんでカジノにいたのか、とか。

 スキャンダラスな予想が飛び回るのを覚悟しての活動休止だ。

 ベルは一心不乱に作詩や楽曲制作、そしてトレーニングに取り組んでいた。

 一切のノイズを廃して出来上がった歌は、素晴らしいものだった。


 だが出来映えが良かったからこそ、事務所内で物議を醸し出した。

 クオリティの高さゆえに伝わってしまうテーマや方向性の問題だった。

 「これ」を歌い上げることは、吟遊詩人ぎんゆうしじんとしては非常に意義のあることだ。使命と言い換えても良い。

 だが吟遊詩人アイドルとしては恐ろしくリスキーだった。


 それは、英雄譚だ。


 悪く言えば個人賛美だ。万人に愛を伝える吟遊詩人アイドルが手を出すことはタブーに近い。それが本来の吟遊詩人ぎんゆうしじんであったとしても。


 止めるべきだ、という意見が出た。


 歌うべきだ、という意見も出た。


 何度も会議が行われた。

 あらゆる主義主張が対立した。

 最後には事務所の社長の一言によって決定がなされた。


「まあ百合営業みたいなもんだし大丈夫じゃないの?」


 そして、事務所は意図的にある噂を流した。


「影ながら迷宮都市の市民を守る『麗しのパラディン』が存在するらしい」


「それはそれは誰もが魅了されるような美人らしい」


吟遊詩人アイドルアゲートは彼女に救われたらしい」


 これらの話は、事務所の思惑通りに吟遊詩人狂ドルオタ達を中心に出回った。もしアゲートを助けたのが男であったとしたら妬み嫉みを生んでいたかもしれないので、女性であることを全面に押し出した。その結果として新曲も、ついでにパラディンの存在も、吟遊詩人狂ドルオタ達の間で好意的に受け止められた。


 また歌詞についても、ベルは納得いくまで何度となく書き直し、フレーズを選び抜いた。歌詞前半ではパラディン個人の強さや美しさを称えてはいるが、歌詞後半ではパラディンのように勇気を持って正義を実行する人は皆パラディンなのだと聞く人を鼓舞し応援する内容に仕上げた。特に最後の要因が、冒険者稼業をしている男の心に刺さった。自分もアゲートちゃんに尊敬される人間のようにありたいと、そう思わせる歌であった。


「こういう歌も良いんじゃないか?」


「元気が湧いてくる」


「尊い」


「アゲートちゃんの詩の原稿をオークションに出して欲しい。金は幾らでも払う」


「よっしゃ悪党を倒しに行ってくる」


 などの感想が冒険者の吟遊詩人狂ドルオタから湧き上がった。


 ライブはいつにない大成功を見せた。


 吟遊詩人狂ドルオタ達は今までに無い満足感や充足感を得て帰途についた。


 ニック以外は。


「どうして……どうして……」


 ニックは、自分の宿で体育座りをしながら悲嘆に暮れていた。


「別に良いだロ、褒めてもらえたみたいなもんだし」

「そうじゃそうじゃ。吟遊詩人ぎんゆうしじんに歌われるなど、冒険者冥利に尽きるではないか」


 心配してやってきたカランとキズナが肩をすくめる。


「あれはどっちかって言うとティアーナなんだよ……! 嬉しくないわけじゃないんだが……複雑っつーか……!」

「まあ、うん。ティアーナ格好良いしナ」

「確かに」


 しみじみと納得する二人を見たニックはますます頭を抱える。


「なんでだーっ!?」


 そんなニックの懊悩は、アゲートに届くことはない。


 麗しのパラディンの正体は秘密なのだから。


 アゲートは今日もどこかで、吟遊詩人アイドルとして誰かを魅了し、勇気付けていた。


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