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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
二章 麗しのパラディンさま
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パラディンの伝説 8

誤字報告いつも助かってます、ありがとうございます!




「あなたの債務……借金は全てこちらで買い取りました。口答での約束の借金も含めて、全て我々が肩代わりします。今からあなたは借金取りに付け狙われることも催促されることもありません。表を歩くのに何の障害もありません」


 壁と薄い間仕切りで区切られた狭い部屋の中に、三人の人間が座っていた。

 一人は、長々しい言葉を淡々と紡いだ黒服の男だ。


 黒服の言葉は、対面に座る男に向けて言われた物だった。

 破格の内容だと言える。

 多額の借金が事実上の帳消しになる。そういう内容だからだ。


「ですが」


 黒服は一旦言葉を区切り、改めて対面に座る男を見つめた。

 男は怪我をしているらしく、腕に包帯を巻いている。

 だが怪我のひどさよりも寂しさと悔しさをにじませた表情の方が目立つ、そんな印象の男だった。


「あなたと我が社の吟遊詩人アイドルとの交友関係もこの瞬間までです。二度と会わないで下さい。もし仮に偶然見かけたとしても声を掛けないように。また、これまでにあったこと、あなたが知っている吟遊詩人アイドルのこと、どんな細かいことであれ他言無用です。もし漏れた場合は……」


 怪我をした方の男が、びくりと震えた。


「その瞬間から、我々はあなたに借金の返済を求めます。ああ、もちろん回収は専門の業者に委託することとなります。吟遊詩人アイドル活動に悪影響が出た場合は当然、その損失分の賠償を請求します。それがあなたの人生にとってそれが何を意味するか、わかりますね?」

「わ、わかってらぁ……」


 怪我をした男は、黒服と目を合わそうとしなかった。

 居心地の悪そうに身をよじり、この部屋にいる三人目の人間に哀願するように見上げた。


「な、なあ。ベル。俺が悪かったよ。悪気は無かったんだ。だから……」

「やめて、ドニー」


 だが、その部屋に居た三人目――ベルは首を横に振った。


「私はアゲートよ。あなたのベルじゃない。これからはずっとそう。もう昔のことは忘れて」


 怪我をした男……ドニーは、がっくりとうなだれた。

 ベルの心に、ほんの少しだけ同情心が湧き上がる。

 こんな男でも、好きだった男だ。

 心から応援しようと思った男だ。

 それがここまで落ちぶれてしまったことは、見るに堪えないものがあった。


 カジノが謎の魔物に襲われたあの日、ドニーはベルを見捨てて逃げ出した。

 そのときに、二人の何かが……いや、二人の何もかもが終わったのだ。


 魔物に睨まれて死を覚悟したベルだったが、奇跡的に生き延びた。

 助かったことも、そこで出会ったことも、まさしく神の恩寵だった。

 カジノから助け出されて気が昂ぶっていたベルは自分のプロデューサーにうっかりすべてを語ってしまった。これまで秘密にしていたドニーのことも。


 プロデューサー……この場にいる黒服は、頭を悩ませた。謎の魔術師が吟遊詩人アイドルを救うというのは実に英雄譚めいている。素晴らしい幸運だ。だがプロデューサーが懸念したのは幸運よりも不運の方であった。吟遊詩人アイドルに彼氏がいること、しかもこんな素行の悪い男であることは、これからますます活躍していくであろうベルにとって障害にしかならない。切除すべき癌だ。プロデューサーはすぐに「今すぐ別れろ。手切れ金ならば用意する」と提案した。


 もしこんな事態に巻き込まれていなかったとしたら、ベルはプロデューサーの話に悩み、苦しんだであろう。吟遊詩人アイドル活動のために男を切り捨てて良いのかと。だが今のベルにとっては、前に進むための大事な決断だった。もはや二人の関係をこのまま続けるつもりなどない。決着をつけることは望むべきことだ。むしろ全面的なバックアップをしてくれたプロデューサーに申し訳なさすら感じていた。


「ドニー……あなたのことずっと応援していたかった。でも、もう無理。あなたは私の知らないところで頑張って。もう、私を応援してくれとは言わない」


 ベルは、ドニーの顔をまっすぐに見つめて言い切った。

 その決然とした口調に、ドニーは何か言おうとして何も言えなかった。

 大人しく、黒服の差し出した書類に署名をした。

 黒服の提案をまとめた契約書だ。

 これでドニーは、これまで賭博で作った借金からの解放と、ベルの正体について口を噤むという義務を得た。

 これから二人は、全く別の人生を歩む。


「……悪かったよ」


 ドニーが部屋を出て行く瞬間、聞こえるか聞こえないかわからないほどの小さな声で呟いた。ベルは、小さく頷いた。







 ドニーが事務所を出ていったところで、ベルはふうと溜め息を吐いた。

 長きに渡って目をそらしてきた問題に、ようやく一区切りが付いたことの安堵と一抹の寂しさの溜め息だった。

 だが、これで終わりではない。

 むしろこれからが始まりなのだ。


「ご迷惑をおかけしました。すみません」

「今後の活動で返してくれればそれで構わない」


 ベルの謝罪に対しても、プロデューサーは恬淡とした佇まいだった。

 内心は怒っているのかもしれないが、それを表に出す人ではない。

 それもこれも、ベルが……というより、アゲートが吟遊詩人アイドルとして活動するためのものだ。ならば、ベルがやるべきことは決まっていた。


「それで次の仕事だが……」


 そう言いかけたプロデューサーの言葉に、ベルが遮るようにして応じた。


「プロデューサーさん。私、新曲を作りたいんです」

「ほう」

「詩も書こうと思います。いえ、書かせてください」


 今までベルは、トレーニングや営業活動は積極的だったが、それよりも根本的なところ……活動方針を決めたり、どんな歌を歌ったり、という部分では受動的だった。目先のハードルを乗り越えることに必死でそこまで思い至らなかったということでもあるが、自分が思い描く吟遊詩人アイドル像が無かったから、とも言える。


 今までは。


「何を歌うかは決まっているのか?」


 吟遊詩人アイドルの歌には、テーマがある。


 本来の吟遊詩人ぎんゆうしじんは、ただ歌を歌うだけではない。諸国を旅をして、その中で見聞きした自然の美しさや愛の尊さを伝えることが本来の仕事だ。そうして吟遊詩人ぎんゆうしじんの歌によって想起された光景を人々は楽しむ。自分には行けない場所、知り合えない人々に思いを馳せる。自身の歌声の美しさを誇るだけではなく、歌声を使って美しさを届けることもまた大事な使命だった。


 だが、それと同じくらいに吟遊詩人ぎんゆうしじんが大事に扱うべきテーマがあった。


「はい、決まっています」


 ベルは、力強く頷いた。

 

 そこから、ベルは通常の営業活動を一旦休止した。

 予定していたライブ参加を取りやめた。

 一ヶ月間すべて、楽曲制作とそのためのトレーニングに費やすこととなった。

 創作者クリエイターとしての苦悩の日々が、本当の吟遊詩人アイドルへの道を歩む日々が、始まろうとしていた。




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