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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
二章 麗しのパラディンさま
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ゼムの色街案内 あるいはクマノミは性別が変わるというお話



 ニックは懊悩がたっぷり含まれた溜め息を吐いた。


「はぁ……」

「ニックさん、今回は大成功だったと思うんですよ」

「……そうだな」

「冒険者ギルドから報奨金は出ましたし、裁判が片付けばあなたが奪われたお金も戻ってくる。なによりニックさん、因縁の相手と決着をつけたのでしょう?」

「まあ、そりゃ間違いない。あ、それと弁護士の名刺くれてありがとうな。話がスムーズに行った」

「いえいえ、お気になさらず」

「レッドさんって言ったっけ。どこで知り合ったんだ?」


 ニックがレオンに渡した名刺には、「サウスゲート法律事務所 弁護士レッド=チェンバーズ」と書かれていた。名前も何となく格好良い。渋みのあるタフガイなのだろうなとニックは勝手に想像していた。


「医者と弁護士は友達にしておきたいというお嬢さんが多いものでしてね。そうなると医者と弁護士同士も仲良くなるものなんですよ」

「頼もしい話だ。安心だな」

「ではなぜ、ニックさんはそんな思い詰めた顔をしてるんです?」


 そのゼムの問いかけに、ニックは額に手を当てて再び溜息をついた。


「……二つ、理由がある」

「聞かせて頂いても?」

「ああ。……まず一つ」

「はい」

「オレは確かに、女の子にお酌される店って苦手なんだよ」

「はい」

「でも、その結果として選んだ店が酒場オカマバーなのは流石にアクロバティックな解釈なんじゃないか?」


 ニックとゼムの居る店は、迷宮都市に数ある酒場の中でもことさらに奇抜な店だった。

 酒場オカマバー「海のアネモネ」。

 二人はその店の奥のカウンターに座っていた。


「おや、お嫌いでしたか?」

「いや別に嫌いじゃないが……つーか好きとか嫌いとか考えたことが今までなかったが……」


 と、ニックがちらりとカウンターの方を見る。

 そこには、どこからどう見ても男には見えない美貌の男性や、男とも女ともつかない謎めいた男性、あるいは「もうちょっと頑張れるんじゃないか?」という感じの男性が並んで立っていた。


「なによー文句あるわけぇ?」

「ゼムちゃん、この子つめたーい!」

「でも可愛いじゃない、キミ幾つ?」

「あっはっは。皆さん、彼は初めてなんだから優しくしてあげてくださいね」


 店員達がにやにやと笑いながらニックを揶揄する。

 ゼムはこの状況にまったく動じていない。

 こいつ本当にやべえなとニックは口から出かかったが、「プライベートには干渉しない」というルールがニックの喉と口の筋肉を抑えた。


「まあ別に文句があるわけじゃないんだがな……。ともかくおかわり頼む。あとなんか食うものあるか?」

「「「はぁーい!」」」


 店員達がにこやかに応えた。

 どの店員の声もどこかハスキーさがありつつも、「ちょっと声が低い女の子なんですよ」と言われたら信じてしまうくらいには女声だ。多分声の訓練をしている。


「……レオンに「女装趣味かよ」とか言われたばっかりなんだぜ」

「やってみますか? 店員さんに頼めば化粧セット貸してくれますよ?」

「なんでそうなるんだよ!」


 ニックがそのとき怪しげな視線に気づくと、カウンターにいる店員達が面白そうな目でニックを見ている。


「……やってみる?」

「や、やらんからな! 絶対にやらんからな!」

「あら、残念ねぇ。心変わりしたらまた教えて頂戴?」


 店員は楽しそうに笑いながら、ニック達の前に皿を差し出した。

 皿に盛られているのは、旅鳩の肉、玉ねぎ、そら豆やきのこなどをトマトや唐辛子で味付けして煮込んだ料理だ。

 遥か昔に異国から持ち込まれた料理らしいが、百年以上もの間、迷宮都市の市民が食べてきているためにすっかり定着している。もはやここの郷土料理と勘違いしている人間も多く、名前も「迷宮煮込み」とか「迷宮チキン」とか、外から来たものであることを完全に忘れ去られていた。

 ニックも冒険の野営の際、野鳥をさばいてこの料理をよく作る。

 父と母がよく作っていたので、ニックもなんとはなしに覚えていた。

 他のメンバーには好評で、ティアーナなどは残った分を自宅に持ち帰って食べていた。


「む……けっこう美味いな」

「でしょでしょお?」

「きゃー! うれしー!」


 ニックの素直な感想に店員達が甘ったるい声で喜ぶ。


「いやでもオレが作るのも負けてないけどな」

「ニックさんなんでそこで張り合うんですか」

「いやなんか妙に悔しくて」


 実際、美味い。

 かなり辛めの味付けがされていて常食するには向かないが、こういう盛り場で楽しむには十分に適している。


「もう少し落ち着く店なら遠慮なく楽しめるんだが」

「いやそれが、実際けっこう落ち着くんですよ」

「そうなのか? なんか背中がむずむずするが」


 そのニックの言葉に、ゼムがふっと微笑む。


「僕はね、ニックさん。女性が怖いんです」

「……ああ、十三歳くらいの幼女が怖いんだっけ」


 ゼムの身の上話はニックもよく覚えている。

 十三歳くらいの少女が「乱暴された」という狂言を撒き散らして神殿を追い出されたという経緯は、忘れようとしても忘れられるものではない。


「それはもう怖いを超えて心的外傷ですね。そうではなく、女性全般に対して」

「そうか」


 ニックは驚きつつも、心の何処かで納得もしていた。

 ゼムは、女のいる店によく行く。

 女に陥れられ、女に救われた。

 陥れられただけならば良い。

 救われただけならば、それもまた良い。

 だがその二つ同時に起きたのであれば、心に強く刻まれているはずだ。

 ある局面において女性には絶対に勝てないという、自分の弱さを。

 ゼムは怖がりつつもそれを楽しみ、あるいは克服しようとしている。女性がサービスしてくれる店に通っているのも、そうした恐怖に飛び込むという愉悦があるからなのかもしれない。


「そうよー女は怖いのよー」

「って言っても私達オカマだけどね。でも心は女よ。うふふ」

「いや別に、心が女だって言うならそれで良いんじゃねえの。男と女別れてねえ種族とかも居るし。男と女が合体してどっちかよくわかんねえ生き物とか居るし。なら自分が何者なのかは自分で決めるっきゃねえだろ」


 そうニックが言った瞬間、店員達の目つきが変わった。


「な、なんだよ」

「……ゼムちゃんが連れてきたのもわかるわ。見所あるわよ、あなた。名刺上げる」


 男とも女ともつかない謎めいた顔の店員がニックの隣に座り、胸元から名刺を取り出してそこに口づけをした。鮮烈な色のキスマークのついた名刺をニックに投げるように渡す。


「つっても、オレは常連になるわけじゃ……」

「あら。あなたとはお仕事で関わることになるのよ?」

「へ?」


 ニックは意味深な言葉に疑問を覚えつつ名刺を眺めた。

 そして、そこに書かれていた文字に度肝を抜かれた。


「弁護士!? つーか、あんたまさか……」


 名刺には「サウスゲート法律事務所 弁護士レッド=チェンバーズ」と書かれていた。


「そうよ。レオンちゃんの案件は私が担当するからよろしくね」

「マジか」


 レッドがニックにウインクをする。

 ニックは呆気にとられ、何と言えば良いかわからず固まっていた。


「……ええと、サウスゲート法律事務所って書いてあるが」

「ああ、この建物よ。1階が酒場オカマバーで、2階が法律事務所を併設してるの」

「アリなのかそれ!?」

「ちゃんと許可はもらってるから大丈夫よ」


 と言って、レッドは服の襟を見せる。

 そこにはバッジが縫い付けられていた。

 天秤を抽象化したようなデザインで、これは国から認められた本物の弁護士だけが身につけることができるものだ。


「あたしの仕事はレオンちゃんの弁護だけど、あなたや他の被害者の弁償も滞りなくやるつもりよ。ウィンウィンで行きましょ」

「お、おう」

「期待して頂戴。といっても裁判はまだまだこれから先の話だし、詳しいことはまた後の話になるわ。とりあえず今日は楽しんでいってね」


 レッドはそう言ってカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 ニックは呆気に取られてその後ろ姿を見送った。


「どうです? 驚きました?」

「当たり前だろ……何の話してたか頭から吹っ飛んじまったよ」

「ええと、女は怖いって話でしたね」

「そう、それだよゼム。女は怖い。あとオカマも怖い」

「確かに」

「だけどな、ゼム。お前も怖いんだぞ」

「へ?」

「お前だってたくさんの人間を診て、救ってきたんだろう。弁護士だって、色んな人を助けてきただろう。そういう強くて影響力のある人間が、怖くないはずがねえ」


 ゼムはその言葉に、どこか傷ついたような顔をしていた。


「こ、怖いですかね?」

「だってお前が治癒したり薬を渡してきた人間がいるとして、お前を怒らせたり見限られたくないって思うだろう? 次の日から薬もらえないとか、治癒の続きしてもらえないとか、そんな事態になったらお先真っ暗じゃねえか」

「いや、僕は治療してるときにそんなつもりは……」


 とゼムは言いかけて、途中で口を噤んだ。

 その意思を信じられるかどうかは、また別の話だ。

 しかも迷宮都市に来てからは、治癒魔術や治療の腕を「自分の利得のため」に自覚的に使っている。金をだまし取ろうとする酒場キャバクラに対しては医術を利用して脅しつけたことさえあった。


「……確かに、怖いものですよね。力を持つ者は怖い。逆らえない人もたくさんいる。どんなに清廉潔白に見えても」


 心変わりしないとは限らない。

 ゼムもニックも、敢えて言葉にはしなかった。


「でもニックさん。あなたがそう思えるのは凄いことですよ」

「そうか?」

「だって、あなたも騙されているでしょう。あのクロディーヌさんに」

「それは言ってくれるなよ」


 ニックがじっとりした目でゼムを見ると、ゼムは苦笑しながら詫びた。


「はは、すみません」

「でも多分、あいつらはオレ達のことが怖かったと思う。なんとなくだが。怖いから攻撃してきたんだ」

「……なるほど」

「違うか?」


 ニックが尋ねると、ゼムは首を横に振った。


「さて真実かどうかは僕にはわかりません。僕よりもニックさん自身の方がわかっていることでしょう。ただ僕が言えるのは、恐ろしいからといって即座に攻撃したり敵対を選ぶというのは非常に短絡的である、ということです」

「そりゃそうだ」

「逆に、自分にとって恐ろしい存在と対話するのは勇気の要ることです。ある意味、分の悪い博打と言っても良い」

「まあ、博打は怖いよな。ティアーナあたりはまた別の意見もあるだろうけど」

「さて、どうでしょうね。でも何となく僕の中で整理が付きました。僕もティアーナさんと同じく博打が嫌いではないようです」

「火遊びはほどほどにな」


 ニックがそう言うと、ゼムがにやりと笑った。


「しかしいけませんね。悩みがあれば聞こうと思ったのに、僕の方が相談に乗ってもらったみたいで」

「いや別に、こっちは大した悩みじゃないし」

「ということは、悩んでいるんですね。どうしました?」


 ゼムに促されて、ニックは苦い顔をした。

 しばらくの沈黙の後、ニックは絞り出すように悩みを吐露した。


「……休んでるんだ」

「休んでる?」

「オレが推してる吟遊詩人アイドルのアゲートが、活動休止しちまった」




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