カランのぶらり迷宮都市散歩 ~サバト坂の紅顔ラズベリー&髑髏バニラアイス~
幕間とエピローグみたいな回を何回かやった後に新章に入る予定です
甘い物が食べたい。
特に理由は無い。
いや、ある。キズナがカジノで食べたアイスクリームの話を聞いて、カランは滅茶苦茶羨ましく思った。えっ、それはちょっとずるくない? と、駄々っ子のように思った。シックなピアノの音が流れる空間。赤絨毯の上を颯爽と歩き。一枚板のバーカウンターに座り、熟練のパティシエが作る美しい氷菓が出される。それを想像しただけで、カランの口の中に甘美な味わいが口いっぱいに広がる。
「落ち着け、ワタシ……。ワタシは甘い物が食べたいだけなんダ……」
「何言ってるのよカラン」
「あっ、な、何でもなイ」
ティアーナとカランは迷宮都市内を循環する乗合馬車に乗って移動していた。
カジノはレオンが暴れまくったためにしばらく休業状態だ。
そして、カジノ以外でちゃんとしたアイスクリームを出せる店は徒歩圏内では皆無だ。
あっても、高い割にさほど美味しくなかったりする。
そこで二人は、迷宮都市の北方面を目指すことになった。
最初はカラン一人で行くつもりだったが、北側は遠くて徒歩で行くには不便だ。
そこでティアーナが案内役を買って出た、という流れだった。
「次に停車したら降りるわよ。運賃は二百ディナね」
「ウン」
ちなみに普段、カラン達は……というより冒険者達は、南側に多く居着いている。
迷宮を探索するには南側の門から出るのが近いからだ。
逆に、北側は少ない。
魔物が襲ってくる確率が低いため、武官よりも文官、貧民よりも富める市民が集まる。
ティアーナは何度か出かけているが、カランは北方面に足を伸ばしたことは無かった。
冒険者の懐事情で遊ぶには中々勇気が要るからだ。
「甘い物を食べたいときはね、魔術師がいるところを探すのよ」
「なんでダ?」
「お菓子って、手順とか計量とかが普通の料理より厳密らしいの。秤を使ったり、氷や火の魔術を使ったり、きっちりやらなきゃいけないらしくて。魔術を勉強してパティシエに転職する人も割と居るし」
「へえ……」
「だから甘い物を食べたいときは、鍛冶屋通りとかギルド近くに行くよりも良い場所があるのよ。あ、心配しなくても良いよ。そんなに高くないから」
ティアーナの言う「そんなに高くない」はあんまり信用できないと思いつつも、カランは甘い物の誘惑に抗うことはできなかった。ええい、勇気を出して行こう……と覚悟を決めた瞬間、馬車の御者が間延びした声で、
「次はー、サバト坂ー。サバト坂ー」
と、停車駅の名を告げた。
◆
サバト坂。
物騒な名前の割に、若者が行き交うお洒落な街だ。
貴族子女のための学校や魔術を学ぶ専門学校が立ち並ぶ真面目な学生街であると同時に、そこに通うハイソな学生達が買い物をしたり遊んだりするための繁華街でもある。旅の汚れや魔物の血、実験による薬品焼けも無い小綺麗なローブを着た清潔なひよっこ魔術師達が、和気藹々と語らいながら街の通りを我が物顔で歩いている。
「さ、こっちよ」
「ウン」
ティアーナがずんずんとサバト坂を歩いて行く。
サバト坂を歩く少年少女達は、どこか危険な香りを漂わせたティアーナとカランをおっかなびっくりに避けて好奇の目線で眺める。もしかして自分が場違いなのだろうかと、カランは気恥ずかしさを覚えた。
「格好良いー」
「冒険者かな?」
だが、好奇の目線ではあったが必ずしも嘲笑ではなかった。
むしろカランとティアーナの二人が並ぶ姿は良い意味で人目を引く。
場違い感が無いわけでは無かったが、カランはどこかくすぐったい物を感じていた。
「カジノが休業状態だから、こっちまで来るしかないのよねぇ……。あ、ちょっと買い物してからでも良い?」
「このへんよく来るのカ?」
「お金があったらね」
「魔術師って、お金かかりそう」
「実際その通りよ。欲を出せばキリが無いのよ」
ティアーナが苦笑いをしながらカランの方を振り向く。
ティアーナは、学生達よりも背丈が低い。
だが彼女の洗練された仕草や佇まい、身につける物の品の良さは本物だ。
反対方向から歩いてくる学生達は、ティアーナを見てすっと横に避ける。
只者では無いと見る者が見ればわかるのだ。
当然ながら、そのティアーナから放たれる気配は見かけ倒しなどではない。
高貴な家を放り出されながらも強く生きていくタフネスがある。
魔物をばったばったとなぎ倒す、確かな実力がある。
ニックやゼムとはまた違った目線で、カランはティアーナを尊敬していた。
「ここに寄っていきたいのよね」
ティアーナが指を指したのは魔導具の量販店だった。
並んでいるのは民生品ばかりで、当然ながら絆の剣や念信宝珠のようなアーティファクトは並んでいない。油の要らない燭台や、湯を沸かす魔法瓶などの生活用品だ。
「何を買うんダ?」
「パンとかお弁当とか保管しとく壺をね。壺の中が冷たい空気で満たされてて、中に入れた食べ物が長持ちするの」
「へぇ……」
素直に欲しいとカランは思った。
レストランや酒場で食事をするのも好きだが、屋台や弁当を楽しむのも好きだ。
「あとゼムとかニックが作ってくれた料理を取っておきたいのよね」
「あー……」
実は迷宮探索などでの炊事担当は、ニックとゼムがメインだった。
ニックは迷宮探索に手慣れていて野外調理が得意だ。
干し肉や狩った鳥やウサギ、野草などを煮込んで鍋を作ったり、乾パンなどの保存食を美味しく食べる方法を知っていたり、何かと細かいところで頼りになる。
ゼムは医療や薬草に通じているために四人全員の健康管理を担当している。また神殿では子供らの世話をすることも多かったらしく、多人数のための料理などお手の物だ。
「自分で料理しないのカ?」
「ええー、めんどうくさいわ」
ティアーナが肩をすくめる。
「そのへん助けてくれるハウスメイドでも雇いたいところだけど、まだまだそんなに貯蓄無いのよね。カランは普段どうしてるの?」
「朝はニックと一緒に朝市場で食べてル。昼と夜も……外食だナ」
「あなただって面倒くさがりじゃない。あ、これ良いわね」
ティアーナが壺を手に取った。
白磁の壺の側面に、小さな魔石……魔道具を発動させる核がついている。
ごてごてした飾りもなく、シンプルな色合いだ。
だがデザイン性が無いわけではない。
魔石の周囲に花弁のような彫り込みがある。
魔道具としてどうしても目立ってしまう部分をデザインとして利用していた。
カランは魔道具や家具の良し悪しはよくわからないが、こういうものを見つけるティアーナの審美眼は素直に羨ましかった。
と、そのとき。
ティアーナの後ろを体格の良い男が通りすがった。
店の通路は狭く、無理やり通ろうとした男の肘がティアーナの背中にぶつかる。
「いたっ!? 何よ!」
「うるさいぞ小娘! お前が邪魔なんじゃ!」
ティアーナが壺を落としそうになるのをカランがとっさに支えた。
そして、ぶつかった方の男をぎろりと睨む。
「気をつけるのはお前ダ」
「うっ……」
龍人族の睨みはそんじょそこらの男の威圧などとは意味が違う。
カランはまだ戦士としては若いが、迷宮都市で得た経験は確実に力になっている。
商人の男は冷や汗を流しながら、前にも後ろにも動けずに立ち止まった。
「……はぁ。構わなイ。あっち行ケ」
「は、はい」
男は尻尾を丸めた子猫のように去っていく。
騒ぎを聞きつけた店員がぺこぺこと謝る。
「すみませんお客様、ご迷惑をおかけしたようで」
「良いわよ、あなたのせいじゃないし。ところでこの壺、おいくらかしら?」
「ええ、こちらは……」
ティアーナのにこやかな笑みに怖いものを感じた店員は、冷や汗をかきつつも商談に応じるのだった。
◆
「さっきはありがとね、カラン」
ティアーナの買い物が終わり、二人は近くの甘味屋に入って休んでいた。
そこで出てきたアイスクリームはカランの想像していたものよりも豪勢なものだった。白磁の器に二種の味のアイスクリームとウエハースが添えられている。
アイス二種のうち一つはピンク色のラズベリーアイス。もう一つは真っ白いバニラアイスだ。
メニューには「紅顔ストロベリー&髑髏バニラアイス」と書かれている。
なんとも物騒な名前だ。メニューには解説が書いてあり、「朝は元気な紅顔であってもその日のうちに白骨をさらしているだろう」というアンニュイで無常観のある詩をモチーフにしたものらしい。
だがこのメニューを考案したパティシエは、ここに通う若者に向けて「いつ死ぬかなんて誰にもわからないから今の内にアイスを味わい、人生を存分に楽しめ」というポジティブなメッセージを送っているつもりらしい。メニュー表にはそんなパティシエからのメッセージが綴られていた。
そして、メッセージをどう解釈するかはともかくとして、実に美味い。ラズベリーの酸味や風味は実に強く、舌をつんざくような刺々しさがあるが、ウエハースやバニラと共に口に入れることで驚くほどまろやかになる。ラズベリーの野趣と力強さは生命を意味し、バニラの爽やかさは死をイメージしているらしい。ちょっとこのパティシエと仲良くなれそうはないなとカランは思ったが、腕は良いだろうから全部許すことにした。
……という感じで、口に入れたアイスクリームのことで頭がいっぱいだったカランは、ようやくティアーナに話しかけられたことに気付いた。
「ふえ?」
生返事を聞いたティアーナがくすくすと笑う。
「ほら、さっき買い物してたときの話よ。私一人だとどーにも舐められちゃって。だからこっちも引っ込み付かなくなってケンカになっちゃうのよ」
「……なんデ?」
カランは一瞬、意味がわからなかった。
ティアーナの凄さに気付かない馬鹿っているの?
という、あまりにも素直な思いを抱いた。
「だって私、どうしても背が低いのよね……。はー、ニックも背が低いとか筋肉付かないとか言ってるけど、私よりマシじゃないの。ねえ?」
ティアーナがぶつぶつ文句を言いながら匙をすくい、アイスを食べる。
その姿は、年相応の少女の風情だった。
煙草を吸ったり博打に目を血走らせているときとはまったく違う。
「なんダ、そんなことか」
「なんだとは何よ」
カランは、少しだけティアーナに引け目を感じていた。
ティアーナに比べれば、自分は色んな物が足りなさすぎる。
だがティアーナも、自分と考えていることがあまり変わらないところもあるんだ。
もちろんカランは、自分よりティアーナの方がずっと物事が見えることはわかっている。だがそれでも些細な日常の悩みとか、何を食べたいといったちょっとした願望とか、そういうものは誰だって持っている。攻撃的な目でこちらを見る人間にもそういうものはきっとあって、決して無敵ではない。ティアーナ達のように。あるいはそんな弱さをもっている人間が、驚くほど強かったりする。ティアーナ達のように。
「ティアーナはえらいな」
カランはそう言って、ティアーナの頭を撫でる。
「よくわかんないんだけど!?」
「いいからいいから」
ティアーナは呆れた溜め息を付きながらも、まんざらではない表情でアイスを味わっていた。




