パラディンの伝説 7
「お前、それは……」
「ともかくニック。今、手前は聖剣を持ってることを秘密にしてるんだろう、それは正しい判断だ。これからも続けろよ。狙われるな。それが嫌だって言うなら、狙ってくる奴を返り討ちにできるくらい強者になれ。腕っ節だけの問題じゃねえ。権力と金の問題だ」
「その狙ってくる奴のことをもっと詳しく教えてくれ。今、カリオスって言ったよな?」
「教えてやっても良いが……」
レオンが顎をしゃくり、ニックの背後の方を示した。
ニックが振り返ると、太陽騎士が椅子から腰を上げてこちらに近付いてきた。
「時間切れだ」
「……あー、そうかよ」
「次来るときは何か差し入れ頼むぜ。ああ、酒はいらん。紙巻き煙草か菓子が助かるな。メシが不味くっていけねえ」
「そのくらい我慢しろ。居心地良いんじゃなかったのか?」
「べ、別に良いじゃねえか……そりゃ食生活以外の話だ」
「ったく」
ニックが舌打ちをしながら立ち上がる。
ここに来た目的は達成したはずだったが、それ以上に解決すべき問題を突き付けられた格好に近い。濃い疲労の溜め息を吐きながら、ニックは太陽騎士団の留置所を後にした。
◆
「ただいまー」
「だからあなたの家じゃないわよ」
ニックがティアーナのアパートの扉を開けると、ティアーナが呆れ気味に肩をすくめた。
その奥でキズナ、ゼム、カランがくすくす笑っていた。
「貸会議室みたいな場所を借りても良いんだぜ? あるいは共同で広いアパートとか一軒家とか借りて物置兼会議室にするとか」
とニックが言うが、ティアーナの機嫌が直るわけでもなかった。
「共同の財布から毎月家賃出ていくのも悔しいの! だったらウチくらい貸すわよ!」
「そうなるんだよなぁ」
「というわけで、感謝しなさい」
「へいへい、感謝してるぜ」
「はい、よろしい」
その言葉を聞いたティアーナが偉そうに腕組みして微笑んだ。
「それでニックよ。首尾はどうだったのじゃ?」
と、キズナが尋ねた。
サバイバーの面々は、ティアーナの部屋でニック達を待っていた。
ニックとレオンの話し合いの結果によって今後のサバイバーの方針が決まりかねない。皆、興味津々にニックの言葉を待っていた。だがニックはいぶかしげな顔をした。
「いや、わかってるだろキズナは。《念信》で伝えておいたろ」
「伝言で伝えるのも味気ないと思って黙っておった」
「おい」
全員の刺すような目線がキズナに集まる。
キズナは涼しげな顔のまま、へらへら笑っていた。
「まあまあ、良いでは無いか。こういうのは本人に聞くものじゃぞ。それに」
キズナが意味深にニックを見る。
確かにニックには、直接言葉で説明すべき話があった。
レオンの話のすべてをキズナに説明させるのは流石に荷が重い。
「……ったく。ま、とりあえず今のところバレずに済んでる。口止めも上手く行った」
「そうでしたか、それは良かったです」
ゼムがホッと息を吐いた。
「ただ、なぁ……」
ニックが、言いにくそうに言葉を濁す。
そしてちらりとカランの方を見た。
「どうしタ? 食うカ?」
カランはもしゃもしゃと皮を剥いたオレンジを頬張っていた。
この時期の市場には多くの柑橘類が多く並んでいる。
カランがまとめ買いしたらしく、テーブルの上に山のように積まれていた。
「食いながらで良い、話がある」
「う、ウン?」
カランは話が見えず、曖昧に頷く。
そのままニックは全員に、レオンとの話の顛末を説明し始めた。
カランの曖昧な顔から少しずつ、緩さが消えていった。
「つまり、話を纏めるぞ。一つはアーティファクトを狙う怪しい盗賊がいるから気をつけろってこと。そしてもう一つは……」
ニックがカランを見る。
冒険のとき、それも強敵と相まみえたときだけに見せる、厳しい顔をしていた。
厳しい顔のままオレンジを咀嚼し、飲み込み、
「ニック」
「なんだ」
「……そういう真面目な話、食べ終わってからにしロ」
「すまん」
カランは少し顔を赤らめながら文句を言った。
「ともかく……カリオスの手がかり、なんだナ?」
カランの呟きに、ニックが頷く。
カリオスとは、カランを陥れた冒険者パーティーのリーダーだ。
金髪の長剣使いという風体もカランの記憶と合致している。
カランの宝、「竜王宝珠」を持ち逃げしている、何としても探し出すべき敵だった。
「ああ。どうやら数年前から迷宮都市で活動してたらしいな」
「レオンは、アーティファクトを盗まれたんだよナ?」
「らしい」
ニックが頷く。
「じゃあ、ちょっと儲けたとか、高価な物が手に入ったとか、そういう理由で迷宮都市から離れたりすると思うカ?」
カリオスと自称した男は、レオン達【銀虎隊】から相当に高価な魔導具を盗んだ。
それでもなお、カランを騙すなどの詐欺を続けている。
であるならばカランの予測は恐らく正しい。
「カラン。お前の言いたいことはわかる。けど今そいつがどこにいるとか、具体的なことがわかったわけじゃない。だから……」
「ウン、わかってル。大体、それ昔の話だロ? 同姓同名かもしれないし、偽名をずっと使ってることになル。ちょっと変」
ニックが予想した以上に、カランは冷静だった。
カランは、見聞きした話を頭に刻みつけようとする真剣さはあったが、焦りや怒りが浮かんではいなかった。
「でも、調べる手がかりが増えただけで十分ダ。ありがと、ニック」
「お、おう」
あまりに素直な感謝の言葉に、ニックの方が顔を赤らめた。
カランから視線を外しつつニックは話を続ける。
「……とりあえず、その【銀虎隊】ってのを調べてみる。アーティファクトを持っていることで厄介事に巻き込まれるっていうなら、もうオレ達も当事者だ」
「うむ、気を引き締めていかんとのう」
そうキズナが言うと、また全員から刺々しい視線が突き刺さる。
「こ、こればっかりは我も被害者じゃぞ!? アーティファクト専門の盗賊がいるなんて封印されてた我は知らぬわい!」
「知らないなら知らないで当事者意識を持ってくれ」
「もちろん助力は惜しまぬとも。大船に乗った気で居ると良いわ」
キズナがえへんと胸を張る。
それを見たニックがやれやれと肩をすくめた。
「ま、ともかくだ。カラン、焦らず慎重に行こう」
「だから、心配するナって。そんなに意外カ?」
カランがぶすっと不満げな声を出す。
「いや、気を悪くしないで欲しいんだが、すっ飛んでいったらどうしようかと思ってた」
「ばか」
カランがオレンジをニックに投げつける。
高速で飛んで来るオレンジをニックが右手で受け止めた。
「……なんか、わかった気がしたんダ。レオンとかクロディーヌとかと決闘して」
「わかったって、何をだ?」
「殴ったり、殴られたりするだけが解決する方法じゃないってこと」
「いや滅茶苦茶殴り合いしたが。ついこないだは殺し合いみたいになったし」
「そうじゃなくテ!」
「いや、すまん。冗談だ」
「ったく……ニック、変なところで冗談言ウ。ともかく」
カランはこほんと咳払いした。
「ちゃんと調べて、作戦立てて、更に穴が無いか調べて……。そういうの、ワタシ、やったことなかっタ。でも多分、頭の良い人ってそういうこと自然としてるんだナって」
「……カラン」
「今のワタシじゃできなイ。少なくとも一人じゃ。多分、カリオスを探して宝を奪い返すのには、そういうのって必要なんダ。だから今回は、勉強になっタ」
「色んな意味でな」
「本当ダ! 問題解くばっかりで疲れたんだからナ! 決闘が終わったのにまだ宿題やれって言うシ!」
「こういうのは日々の訓練が大事だからな」
ニックがにやにやと笑い、カランがぶーぶーと文句を垂れる。
だが文句を垂れつつもカランは真面目に取り組んでいた。
それを知っているティアーナが、よしよしとカランの頭を撫でる。
それを見たニックの心に、日差しのような温かいものが流れた。
ニックは、レオンやクロディーヌを倒しても別に心が晴れやかになったわけではなかった。
喉に刺さった小骨が取れたような痛みの消失はあっても、心地良さではない。
それはそれで喜ぶべきことだが、後味の悪さや苦さが残留していた。
その苦さは、今、ニックの心から消え去った。
カランが前を向いて歩き、一歩ずつ成長していることが、ニックに確かな実感を与えていた。
「……なんだヨ、みんな笑って?」
「なに、気にするな」
気付けば、カランを除く他の三人も、ニックと同じような微笑みを浮かべていた。
カランが恥ずかしげに文句を呟く。
「変な顔するナ! ともかく!」
「おう」
「ようやく事件が落ち着いたんダ。部屋で引きこもって勉強するのも飽きタ! 外で遊びたイ!」
カランの言葉に、全員が「確かに」と頷いた。
レオンとの一件が落ち着くまで、サバイバーの全員が派手な遊びを控えていた。
ニックも吟遊詩人のライブに出かけていない。
「……そうね。ストレス解消するつもりが大変なことになったし」
「ですねぇ、ようやく人心地といった感じでしょうか」
「引きこもっていては健康に悪いからのう」
ティアーナもゼムもキズナも、朗らかに笑った。
「だロ? まず、ニックも座って休メ。疲れただロ?」
「そうですね、お茶淹れましょうか」
「ゼム、なんであなた私の部屋のティーポットを普通に使ってるの」
「使っちゃまずかったですか? 良い薬草茶があるのですが」
「いやまあ良いんだけど……。ていうか薬草茶って美味しいの?」
「つーかティアーナ。お前の部屋、物が増えすぎじゃねえか……?」
「魔道書やら魔術の実験器具やらが多いし、汚部屋になりつつあるのう」
「はいそこ! 人のプライベートに干渉するのルール違反よ!」
「それもそうだな、悪い」
「そこは『掃除手伝うから片付けろ』とか言う流れだと思うんじゃが」
「良いんだよウチはこれで」
そして、ニックはゼムから差し出された薬草茶を一口すする。
清涼感のある味わいが、ニックの疲れた体に染み渡っていった。
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