パラディンの伝説 5
ニック/ティアーナは不敵に微笑みつつ、カードを手の中でもてあそぶ。
『はっ、そんな玩具でどうしようと言うのだ』
「「色々と便利なんだけどな?」」
『笑わせるな! レオン!』
狂月の剣の呼び声に応じてレオンが動き出した。
黄金の輝きがニック/ティアーナに襲いかかる。
「ぅるあああ!」
「「対策しようとしても無駄よ。ここでは反対属性の魔術……火はほとんど使えない。それが《氷河》の効果。こっちと同レベルの魔術を使えない限りは無駄骨だ」」
ニック/ティアーナが突っ込んでくるレオンに、再び《氷槍》を何本も撃ち飛ばした。
だが、
『馬鹿者、油断するでない!』
絆の剣が鋭く言い放つ。
その警告と同時に、狂月の剣が満月のように不気味に輝き始めた。
『レオンよ、我が加護を存分に喰らえ!』
「おうよ……!」
「「なにっ!?」」
レオンの腕と脚、そして胸の部分が、まるで甲殻類のような殻に覆われていた。
同時にそれ以外の部分が白い体毛で覆われ始める。
一言で言うならば、金属鎧を着た白熊だ。
ますます人間からかけ離れた姿へと変貌していく。
『極寒の中でも不足なく動き、氷の槍は鎧で防ぐ。もう少し工夫が欲しいところだが……火の魔術に頼らず氷を打ち破るならこんなところか』
「喰らえッ!」
新たな獣と化したレオンが猛攻を始めた。
展開された《氷盾》を飴細工のように打ち砕きニック/ティアーナへと迫る。
「「くっ……!」」
『何を目論んだかは知らんが、その有様では無駄だったようだな』
『ああっ、何をやっておるのじゃ!?』
鍔迫り合いの形となり、手でもてあそばれていたカードが周囲にばらばらに散らばった。
そのままレオンは巨体を利用してニック達をじりじりと押していく。
絆の剣が悔しげに呻いた。
『……進化の剣の光を浴びることで使用者は進化していく……いや、強制的に進化されるといった方が正しいかのう。危なっかしい加護もあったものじゃ』
『強制的にとは誤解を招くではないか。我は必要なものを与えているだけだ。刀傷を負った者にはそれを跳ね返す強靱な肉体を。冷気を浴びて動けなくなった者には冷気の中でも動ける体を。それを恩恵と言わずしてなんと呼ぶ?』
『餌で魚を釣るのと変わらぬであろうが』
『見解の相違だな』
『大体、なんじゃその不格好な姿は! 動物と動物を掛け合わせただけでセンスの欠片も無い!』
『人と人を掛け合わせただけしかできないお前に言われたくは無いな。魔力と魔術の腕が上がった程度で我に勝てると思う方が間抜けなのよ』
『なんじゃと!』
そのいがみあいに、ニック/ティアーナが不敵に笑った。
「「減らず口は言わせておけば良い。……よっと!」」
ニック/ティアーナは、手元に残った1枚のカードを器用に投げつけた。
それは水気と氷が接着剤の役割を果たし、べたりとレオンの目の上に貼り付いた。
「ぐっ……卑怯だぞ……!」
「「こんな状況で卑怯もクソも無いぜ!」」
カードの目くらましが効いている隙にニック/ティアーナは距離を取る。
そして自分の足下に転がったソファーを蹴り上げ、斬り付ける。
中に詰まった綿が雪のように周囲に舞った。
「何を意味のわからねえことをしてやがる、遊んでるんじゃねえ……!」
レオンが顔に貼り付いたカードを剥がし、ニック/ティアーナに凄む。
だがニック/ティアーナは一向に気にせず、切り裂かれたソファーから綿を引っ張り出した。
そして綿を凍らせ、一本の氷の槍を創り出す。
『む……まずいぞ、レオン! 防げ!』
「「さーて、上手く防げよ」」
そして、勢いよく撃ち飛ばした。
先ほどまで使っていた氷槍と変わらない。
氷の中に綿が入って白く濁って見えるだけだ。
しかし、
「ぐうああっ!?」
それは先ほどまでの氷槍と違い、レオンの腕の甲殻を鋭く抉った。
鮮血がこぼれ落ちる。
「「何故か知らないが、綿を入れた氷って凄い硬いんだよな。ハンマーでぶっ叩いても中々壊れないらしい。知ってたか?」」
綿ごと凍った氷は、綿の繊維が氷と絡み合って驚くほどの強度を発揮する。
更にニック/ティアーナの唱える《氷槍》は氷自体が魔力によって凄まじい低温と硬度を維持している。
その相乗効果によって、氷の槍は鋼鉄をも軽々と切り裂くほどの強度を保っていた。
『ちっ……古代文明の残りかすで生きる未開人どもの癖に……!』
今度は狂月の剣が悔しげに呻く番だった。
その声を聞いた絆の剣が嬉しそうにせせら笑う。
『まったく、そうやって見下すから足下をすくわれるのじゃ』
『うるさい! カードだの綿だの、小細工を弄していることが貴様らが弱者であることの証左よ! レオンよ……より硬く、強くなれ!』
またも狂月の剣が妖しく輝く。
そしてレオンが咆吼し、更なる凶悪な進化を遂げようとした。
が、その途中で狂月の剣は不思議そうな声を出した。
『む……? レオンよ、背中のそれはなんだ?』
「ぐるるる……!」
レオンの背中に、カードが貼り付いている。
それも、一枚や二枚ではない。
気付けば体のそこかしこにカードが体毛に絡み、凍り付いていた。
鍔迫り合いをしたときに散らばったカードだ。
「ぐおおおっ!」
だが、レオンは止まる様子もなくニック/ティアーナに襲いかかる。
剣を振るい、猛攻を仕掛ける。
『くっ……レオンよ、話を聞け! まずは敵の意図を……くっ、闘争本能を高めすぎたか……!?』
「「よっと!」」
ニック/ティアーナは果敢に攻めるレオンを捌く。
今度は綿の入った氷盾を展開し、猛々しく襲いかかるレオンを防いでいた。
「くそっ、ちょこまかと……! 逃げるな……!」
「「お前が言える台詞じゃないだろう!」」
だが、ニック/ティアーナは逃げる一方では無かった。
「「《落葉》」」
ニック/ティアーナは小さく囁くように魔術を唱えた。
地面に落ちた木の葉や土埃を巻き上げて攪乱するという、初歩中の初歩の風魔術だ。
だが屋内で木の葉など落ちてはいない。
その代わりに舞ったのは、散らばっていた残りのカードだ。
『な、なんだ……? どういうつもりだ……?』
またしてもカードがレオンの体に張り付く。
気付けば体全体がカードで覆われている。
「「皮膚を強化し続けたのが仇になったな。傷を負わない鉄壁の鎧ってのは、だいたい感覚があんまり鋭くないもんだ」」
「うっ……な、なんだ、これは……?」
『お、おい! どうしたのだ!? レオンよ!』
そしてカードが張り付いていく度にレオンの動きが鈍っていく。
まるで力が抜けていくかのように。
「「お前、狂月の剣って言ったか。月の光を放って使用者の体に干渉するのが《進化》の力だって言ってたな」」
『そ、そうとも。それが我が権能よ』
「「剣が輝く度にレオンは進化した。つまり、その光こそが力の源。そうだな?」」
『な、何を言いたい……?』
「「じゃあ、光が届かなかったらどうなる?」」
『あ』
狂月の剣が間抜けな声をあげた。
『い、いや、待て! 魔力に満ちた月の光がただの紙に防がれるなど、あるはずがない……!』
「「って思うだろ? ここはカジノで、カードもいかさまを防ぐために良い紙とインクを使ってるんだ。カードに触れた魔力を弾くとか」」
『なっ……なんだと……!?』
その言葉に、狂月の剣が愕然とした声を上げた。
『たっ、たかだかギャンブルにそんなものを使う意味がどこにある!? 古代文明があった頃ですら抗魔塗料は高級品だったのだぞ! いや、そもそも賭博場があるなど、背徳的と思わんのか!』
「「人を操って暴れさせる野郎が何か道徳的なことを言い始めたぞ」」
ニック/ティアーナが呆れて肩をすくめる。
『我らは倫理規定があるからのう。使い手をそそのかしたりでもせぬ限り、自分から賭博や風俗には行けぬのじゃ。ま、悪知恵が働くくせにちょっと世間知らずなわけじゃな』
絆の剣が溜め息交じりに呟く。
『せっ、世間知らずだと……この我輩に対して……! 許さんぞ……!!!』
狂月の剣は激昂し、自分の輝きを強く昂ぶらせた。
だがレオンの体には反応しないばかりか、一層体がしぼんでいく。
もはや、そこに居たのは荒ぶる獣では無い。
ただの、虎人族のレオンだ。
「「とりゃっ!」」
ニック/ティアーナは弱体化するレオンの懐に飛び込み、剣を下から振り上げた。
その狙いは、狂月の剣の鍔元。
その鋭い一閃によって、狂月の剣は中空へと跳ね上がった。
「「《氷棺》」」
『ぐあああーッ!?』
ニック/ティアーナが魔法を唱えると、狂月の剣は氷の中に閉じ込められた。
氷と魔力によって封印を施す結界魔術だ。
これも氷河と同じく、複数人で儀式を実行しなければいけない難易度の高い魔術だが、今のニック/ティアーナは一人で即座に唱えることができる。
「「一丁上がり、と」」
『う、うむ。正直、ここまでやるとは思っていなかったぞ……』
絆の剣が感嘆したように言った。
「「そうか? しかしアーティファクトの割に考えが浅かったな」」
『そう言うてやるな……我もこやつも研究所以外のことはよく知らんからの。試験場以外での実戦など全然経験しておらぬし。それに』
「「それに?」」
『剣の強さは大事じゃが、剣の使い手の強さの方がやはり大事じゃの』
「「違いない」」




