レオンの回想 2/パラディンの伝説 3
元々、機鋼遊月獄は古代文明が造り上げた研究施設だった。
魔物が発生する原因である瘴気を祓う抜本的な手段を開発することが目的であり、様々な魔導具や魔導人形が開発された。その中でもっとも危険な魔導具が聖剣「進化の剣」である。
魔術が付与された剣を魔剣と呼ぶ。聖剣とは魔剣の中でも特に優れたものを指すが、更に聖剣の中でも優劣は分かれる。
特に優れた聖剣には、命題がある。ただ強大な力を発するだけではない。強大な力を振るった先に何があるのか、というものを見据えなければならない。
進化の剣はまさにその名の通り「人間は進化するものである」という前提に立って鍛造された。普人、獣人、ドワーフやエルフなど様々な存在がこの世界には生まれたが、それらは元を辿れば矮小な哺乳類に過ぎない。それゆえに、状況に適応しさらなる進化の形を人間は得ていくものだ。どれだけ瘴気が広がり魔物が生まれようとも、それに適応する存在となれば脅威は脅威たりえない。使用者に状況に合わせた進化をもたらして魔物を駆逐することが、進化の剣の命題であった。
ただ、急激な進化はもはや狂化とさほど違いはない。
一時的にとはいえ、一個体の生物に過ぎないものを強制的に進化させる剣は見るものを恐怖させた。
その剣のもたらす危うい光と権能ゆえに、「進化の剣」は「狂月の剣」と呼ばれるようになった。
「なっ、なんだ!?」
「剣だ!? 剣がいきなり飛び込んできたぞ!?」
まるで意思を持つかのように、剣が太陽騎士団の取調室に飛び込んできた。
斬られた人間は居ない。
だがこの異常事態を前にして、多くの人間が戦慄して剣をただ眺めていた。
『レオンよ、久しいな。ようやく私を使う気になったと見える。まったく、行動が遅い』
「うるせえ、手前を使えばどうなるかわかったもんじゃねえ」
『だが、それでも我輩を使わねばならない程に追い詰められたのだろう?』
狂月の剣は、冷静に言い放った。
だがレオンは、その声の裏にある歓喜を敏感に感じ取った。
「……構わねえさ。だが一つ」
『なんだ?』
「殺したい奴がいる。ニックって名前の冒険者と、銀虎隊の元仲間だ」
『我とて名前だけで一個人を探し当てるのは無理なのだがね……だが君は匂いを覚えているのだろう? 五感が獣と同様に研ぎ澄まされるように進化しよう。さすれば君自身が探せるようになるさ』
「頼んだぜ」
レオンが、目の前に浮かぶ剣と会話している。
取り調べする騎士は内容はわからないが、それが危険であることを察知した。
その勘の良さと勤勉さが仇となった。
「きっ、貴様! 動くな! その剣から離れろ……!」
だがレオンは騎士の言葉を無視して、剣の柄をがっしりと握る。
「《進化》」
その呪文が紡ぎ出された瞬間、剣から黄金色の光が迸った。
「ぐがっ!?」
そして、重い鎧を纏っているはずの騎士が一瞬で吹き飛ばされ、意識を手放した。
◆
「どこだ……ニックぅ……! お前の匂いがあるのはわかってるぞ……!」
カジノに押し入って暴れ出したのは、黒い虎のような魔物だった。
ただ、純粋な虎とも違う。人間に虎の耳や尻尾などの特徴を持たせた者が虎人族であるとするなら、これは逆に、大きな虎に人間の特徴を持たせたような存在だった。二本の脚で立ち、オーラブレード型の魔剣を握っている。だが顔そのものは明らかに虎だ。なにより、体が通常の人間の二倍近くはあるだろう。明らかに魔物だ。
カジノの観客はパニックを起こして逃げ惑い、店員達は果敢にも立ち向かおうとしてる。
だが、虎の魔物はあまりにも強い。
まるで羽虫を追い払うように手を払っただけで大の男を吹き飛ばした。
「ちょ、ちょっとニック!? 何よあれ!? あんたのこと呼んでるわよ!」
「あんな知り合いいねえよ!?」
ティアーナとニックも、うろたえていた。
うろたえつつも、腰をかがめてテーブルの下に身を潜めて様子をうかがっていた。
何故かは知らないが、あの虎は人語を発するだけでなくニックの名を呼んでいる。
迂闊に動くことはできない。
「おっ、おぬしら! ちとマズいことが起きたぞ!」
そこにキズナがむぎゅっと飛び込んできた。
狭苦しさにニックが文句を言う。
「馬鹿、狭い! つーか静かにしろ……! マズいなんて見りゃわかる、さっさとずらかるぞ」
「いやまて、逃げるでない! あやつ、お前に決闘を挑んだレオンじゃ!」
えっ、という顔をしてニックは顔を出して暴れる虎をこっそり眺めた。
「……いや、見た目が明らかに違うだろ?」
カジノで暴れているのは馬車よりも大きい図体の虎だ。
獣人の風体ではない。
「アレには我も見覚えがある。おそらくあれは《進化》という魔術の効果じゃ。人間を様々な形態に進化させる」
「進化……? っつーか、一応あれでも人間なのか?」
「あれ、魔物とあんまり変わらなくない……?」
「いや、魔物ではない。紛れもなく生命であり人間じゃ。……ただ、人格には影響が出ておるじゃろうな。戦闘に特化した姿になれば暴力衝動が強まるじゃろう。それに、進化したばかりの不安定な状態では自制心が弱まって……」
「あんまり魔物と変わんねえだろ!」
「魔物より厄介じゃぞ。人間の知恵があるのじゃからな。それよりも……」
「どこだぁああ! ニックぅ……!!!」
「ちょっとアホになって暴れ狂っておるが、見つかるのも時間の問題じゃな。やるしかないぞ」
「マジかよ……」
ニックが暗澹とした声で呟く。
「いや、まあ……手が無いわけじゃないか」
「そうじゃな」
「え、それって」
ティアーナがニックとキズナの顔を交互を見る。
「アレ、やるの?」
「やるしかねえだろ」
「でも今まで成功してないし……ちょっとカランに悪いような……」
ティアーナはもじもじと悩み、ニックがそれを見て顔を赤らめた。
「お、お前、そういうの意識するなよ。気まずいだろ」
「ええい、さっさとせんかい!」
キズナがくるりと体をひねると、一瞬で姿がかき消えた。
そしてそこには、「絆の剣」が現れた。
「しゃーねえ、やるぞ!」
「仕方ないわね、もう!」
「「《合体》!」」