さんすうベアナックル 12
『ちょ、ちょっと! ベッグ! あなた何してるのよさっきから!』
《念信》で言葉を伝えても一向に返事が来ない。
まさかベッグでさえも解けない問題だったのか。
という希望にクロディーヌは縋った。
最悪の事態でありませんようにと。
だが、そう願うときは往々にして最悪よりも少し上の事態に進行しているものだ。
クロディーヌは、自分らが怪しいことをしていると疑われるにしても、その証拠が握られるなどとは思っていなかった。念信宝珠はそうそう市場に出回ってはおらず、存在自体知らない者の方が圧倒的に多い。隠し通すことはできると思っていた。
縄で縛られたベッグが、クロディーヌ達のいるギルド屋上に現れるまでは。
「悪いな、クロディーヌ、レオン。ドジっちまった」
へらへらと悪気の無さそうな顔でベッグが現れた。
その左右には、ティアーナとゼムが逃げないように固めている。
「審判。こいつらは不正をしたわ」
ティアーナが、宝珠をヴィルマに投げ渡した。
「これは……念信宝珠だね……?」
「知ってたのね。話が早いわ」
「ああ。間違いなくこれならカンニングもいかさまも自由自在だ」
そのときのクロディーヌの判断は速かった。
自分の座っていた机を蹴り上げ、ヴィルマにぶつけようとした。
だがいかに速かろうが、読まれていたならばどんな行動も意味は無くなる。
逃げ去ろうとしたクロディーヌの脚を、凶悪な力で掴む手があった。
「ぎゃっ!?」
「逃げるナ。勝負はついてなイ」
クロディーヌの逃走を予期したカランが既に動いていた。
そのまま人間一人を片手で持ち上げる。
「なっ、何が勝負よ! あんた……問題解いたフリしてたのね……!」
クロディーヌが怒りの抗議をあげる。
事実だった。
カランが猛スピードで問題を解いたように見えたのは、クロディーヌを焦らせて奥の手を使わせるためのブラフだ。
「お前がやってきたことに比べたら、まだマシな嘘だロ?」
「うるさい! 離しなさいよ!」
「離せば良いんだナ?」
宙づりにしたままカランが語りかける。
だが、カランの行動を予想したクロディーヌが慌てて首を横に振った。
叩き付けるか落とされるかすれば、どうなるかわかったものではない。
そして、怒りを燃やすカランが手加減するなどという甘い考えは、流石のクロディーヌも期待しなかった。
「わ、わかった、に、逃げないから……!」
「なら、大人しくしておケ」
カランはそのまま屋上の床にクロディーヌを投げる。
ぶへっという情けない悲鳴をもらし、クロディーヌは意識を手放した。
「ちっ、畜生が……!」
そして残るはレオン一人だ。
だが、逃げられはしない。
周囲の冒険者達がそれを許さない。
場外に出ることを禁じるルールが、レオンに牙を剥くことになった。
「おい、レオン」
「てめえ……嵌めやがったなぁ……!?」
「いや、お前が言える台詞じゃねえだろ。まあ事実だけどよ」
ニックが呆れながら言葉を返した。
「あのなぁレオン。お前、もうすでに目を付けられてたんだよ。念信宝珠を使って上手く周りを誤魔化せてるって思ってたんだろうが、お前らが怪しいってのは気付いてる連中は大勢居たぜ。ババアもそれを燻り出すために決闘を組んだってことだ」
「ババア呼びはおよし。ま、誤算なのはサバイバーの連中がそこに気付いたってことくらいかね」
冒険者ギルドは、グルだった。
鉄虎隊とではなく、サバイバーとだ。
その切っ掛けを作ったのはゼムだった。夜の街で情報収集をした結果、何人か鉄虎隊の被害者を見つけることができたのだ。その証言から得られたのは「何らかの方法で決闘や博打でイカサマをしている」というものだった。しかもそのイカサマは、鉄虎隊が『絆の迷宮』の探索をした後から頻発するようになったらしい。
ここでキズナが以前、「念信宝珠があったはず」と言う発言をしていたことをゼムは思い出した。恐らく鉄虎隊は、絆の迷宮で探索して得られた魔導具を冒険者ギルドに提出せずに隠し持っている。自分らが絆の剣を隠し持っているように。
状況証拠が出そろったあたりで、ゼムは冒険者ギルドのヴィルマに話を持ちかけた。鉄虎隊が組織的な詐欺やイカサマをやっている可能性があると。
だが冒険者ギルドも、鉄虎隊が怪しいことに気付いていた。気付きつつもイカサマの証拠が出せないために手が出せずに居た。サバイバー達との決闘騒ぎになったことは冒険者ギルドにとって渡りに舟というわけだった。証拠を掴み、これまでのイカサマを暴くチャンスであると。
ゼムは微笑みながら「つまり我々を利用したと」とヴィルマを責めると、ヴィルマは観念してその通りだと告白した。そして約束を取り付けた。
「鉄虎隊の不正を我々が暴くことができるならば冒険者ギルドから報奨を頂く、という手はずになっておりましてね……。いやはや、迷宮探索が延期となったので良い収入になりそうです」
ゼムがレオンににこやかに語りかける。
ここに趨勢は決まったようなものだった。
周囲を囲む観客達は、レオンを逃がさない看守へと姿を変えた。
恐らくレオンに博打でむしられた人間も居るのだろう。
「金返せ!」という怒号が響き渡る。
「なあ、レオン。観念するならここで終わりにしても良いんだが、どうするよ」
と、ニックがレオンに語りかけた。
「なんだと?」
「そろそろかかってこいって言ってんだよ。最後くらい格好付けろ」
「……くっそがあー!!!」
レオンが完全に殺す気でニックに襲いかかってきた。
殺気に目を曇らせながらも、動きに淀みはなかった。
自分の柔軟性やバネを十全に活かす術を身につけている。
ニックはそれを、哀れに思った。
レオンの腕は決して悪くない。
事実、たゆまぬ鍛錬の成果が肉体に現れている。
拳闘における時間稼ぎも、簡単にできる芸当ではない。
鍛え上げた肉体と焦りを抑える強靱な精神力が揃わなければできない。
そして、攻撃に転じるときもまた、経験と度胸が求められる。
細やかな数式を積み上げた上に出来上がる解のように、必殺の一撃を繰り出さねばならない。
だが、
「なっ……!?」
「悪いな、ここまでだ」
そうするしかないという行動、弾き出される必然の答えは、つまるところ相手にも把握されてしまう。至高の一撃であったとしても、ニックが避けるのはあまりにも容易だった。
そして気付けば、レオンの頬にニックの拳がめりこんでいた。
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