さんすうベアナックル 6
ニックとレオン、そして他のサバイバーと鉄虎隊の面々は、冒険者ギルドの中の一室に放り込まれた。
全員、血気盛んな顔をしている。サバイバーの面々はクロディーヌとレオンの所業をニックから聞いていたし、決闘に発展したことを聞いてむしろ納得さえしていた。
そして同時に鉄虎隊の面々は、レオンに殴りかかったニックを親の敵のような目で見ていた。クロディーヌも、レオンを裏切ろうとしたことを忘れたかのように恨みがましい目でニックを睨んでいる。
「ルールを説明するよ。鉄虎隊の連中は知ってるだろうが、サバイバーの連中は知らんだろう」
「知らねえよ。つーか、本当にそんなのが有名なのか?」
ニックが尋ねると、ヴィルマは重々しく頷く。
「冒険者ってえのは、腕っ節ばかりの馬鹿野郎共が多い。素手のケンカが一番わかりやすいが、それで全部決められちまったらギルドとしちゃ困る。だから、素手でのケンカ以外に別の形式の勝負も用意する。それが算数ベアナックルさ」
「……つまり、その、名前の通り、算数とケンカで勝敗を決めるって?」
「そういうことさ。洒落でも冗談でもないよ」
ニックの呆れた声に、ヴィルマが生真面目な顔で頷いた。
「まず、対決するパーティーから素手での決闘をする奴を決める。これは決闘の切っ掛けになった当事者を選ぶのが伝統さ。そして……」
「テストをする奴をくじで選ぶ。そうだな?」
レオンが半笑いで確認すると、ヴィルマは頷いた。
「ああ、そうだよ」
「え、ちょっと待てよ。そこは普通に選ばせろよ」
ニックが抗議の声を上げた。
「冒険者ってのはね、弱い奴が一人居てもカバーできる。だけど馬鹿な奴、判断をそもそも間違えてる奴のカバーは難しいのさ。一人がドジしたら全員が死ぬこともありえる。だからここはクジで選ぶんだよ」
「話はわからなくもねえが、それと決闘がどう関係あるんだよ」
「冒険者ギルドが決闘を仲介する以上は、冒険者ギルドの方針に従ってもらう。いやなら刃物でもなんでも出して戦争まがいのケンカすりゃ良い。そんときゃギルドは辞めてもらうがね」
「こんなことは言いたくないが、せめて他にねえのか……? もうちょっと真面目にやりたいんだが」
「こっちだって大真面目だよ! だいたい、冒険者なんて命知らずのアホばっかりなんだ。頭を鍛えてもらわなきゃ困るんだよ!」
「なんだよそりゃ……」
頭を抱えるニックを、レオンがせせら笑った。
「へっ、逃げたくなったか?」
「なんだと?」
再び剣呑な気配になった空気に、ひとすじの紫煙が全員の視界を横切った。
その出所は、ティアーナの蠱惑的な唇からだった。
「ふぅー……」
「てぃ、ティアーナ。なんで吸ってんの?」
「ん? なんで……って、そりゃあ」
パイプを吸うティアーナに、ニックがおっかなびっくりに尋ねた。
ティアーナは普段、パーティーの居るところでは吸わない。自分の部屋か、競竜場やカジノにいるときだけだ。だが今のティアーナの目は、ニック達と初めて会ったときのように人を殺しかねないほどの危うさに満ち満ちていた。
「目の前にいる連中を地獄に叩き落としたいのを我慢してるからよ」
そして今度は、ふいーと煙をレオン達に吹きかけた。
青筋が見えるほどにレオンが怒りに打ち震えた。
「随分仲間思いじゃねえか、良い度胸だ」
「私はね、単にあんた達みたいな男と女が死ぬほど嫌いなのよ。話すだけで口が腐りそう……あ、ちょっと誰か灰皿貸してよ」
ティアーナはパイプをくわえながらどかりとテーブルの上に踵をのせ、黒いタイツに覆われたしなやかな脚を組んだ。精巧な人形のごとき美貌の少女がこんなやくざな態度を取るものだから、向かい合う男達にぞわぞわとした奇妙な迫力と魔性の色香が伝わる。激昂しかけたレオンが一歩後ずさるほどだ。
「行儀が悪い真似はよしな。それにあんたらのリーダーのケンカだよ」
「あら、失礼」
ティアーナはまるで反省していない様子で、口だけで謝った。
「ともかく、理屈はわかったわ。でも、拳と頭で戦うこと。でもどっちも勝負が決まらなかったり、1勝1敗になったらどうするわけ?」
「決まるまでやるのさ。最初は素手の決闘。次にテスト。それで決まらなかったらまた素手での決闘……って感じさね」
「……なるほど」
ニックが納得したように頷いた。
だがそこに、ティアーナが疑問を差し挟んだ。
「ところで、決闘をするにしても何を賭けるのかしら? 負けた方が勝った方にごめんなさいと謝る……だけなわけがないでしょう? 子供の遊びじゃあるまいし」
「アア、その通りだよ」
レオンがにやついた笑みを浮かべながら答えた。
「ニックちゃんよぉ。手前がいきなり殴りかかってきたんだぜ。せめて50万ディナは払ってもらおうか」
「手前がふざけたこと抜かすからだろうが」
「へっ、好きに言いな。だが条件は曲げるつもりは無いぜ。それでお前はどういう条件をつけるんだ?」
さて、どんな条件を付けるか、とニックが考えたあたりでティアーナが口を挟んだ。
「奪ったもの、全部返しなさいよ」
「なんだと?」
「返しなさい、と言ったのよ」
そのときのティアーナの目は、暗い色があった。
何か大事なものを奪われたことがある者だけに宿る復讐の目であり。
この世の不正と不公平を憎む、義憤の目だ。
「ティアーナさん、これはニックさんの決闘ですし……」
ゼムの諫める声を、ニックが押し止めた。
「いや、良いぜ。ティアーナの言う通りだ」
「良いの?」
「ああ。言いたいことはティアーナが言ってくれたからな。「返せ」、オレの要求はそれだけだ」
「……わかった。条件は決まりだな」
レオンが頷く。
それを見たヴィルマが、ニックに尋ねた。
「それじゃあニック、どうするんだい。この勝負、受けるってことで良いんだね?」
ニックは迷った。
ティアーナのおかげで冷静になった。
この勝負を持ちかけたのは鉄虎隊のレオンの方だ。
向こうにはきっと何か勝算があるだろう。
「……ニック」
「なんだ」
「勝つわよ」
「そうダ」
「やろうじゃありませんか」
三人の声は力強かった。
やられっぱなしで黙っている弱者などではないと言わんばかりに。
そうだ、オレ達はサバイバーだ。
どんな罠があろうともしぶとく生き延びる、冒険者だ。
「よし、わかった。やろうじゃねえか」
◆
「拳闘の方はニックとレオンがやる。それで、筆記試験の方は……」
ヴィルマが二人の女の顔を見やる。
「ま、馬鹿馬鹿しいけど付き合ってあげる」
クロディーヌが肩をすくめた。
だが、その目だけは「わたしの勝ちに決まってるけど」と言わんばかりの嘲笑がこもっている。
「竜人みたいなおばかさんが相手だなんて、ほーんと心が痛んじゃうけど」
「……フン」
くじで当てられたのは、カランの方だった。
「私と勝負しなさいよ!? 挑発されておいて悔しくないわけ!?」
ティアーナがクロディーヌに掴みかからんばかりに怒鳴る。
それにクロディーヌは嘲笑を返した。
「あっはっは、くじの結果に文句言っても何ともならないわよ、おばかさん」
「脳みそが軽いから喋り方もそんな軽いのカ?」
クロディーヌの嘲笑に、カランがぼそりと悪態を呟いた。
それを聞いたクロディーヌの顔が、怒りに染まる。
「……悪口だけは一人前みたいね」
カランは、静かにクロディーヌを睨んでいた。
「勝負は一週間後。ギルドの屋上にリングを用意する。それまで準備を怠らないことだね」
「はいはい」
「わかっタ」
クロディーヌとカランが、闘志を秘めつつも強く頷いた。