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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
序章 それぞれの悲劇と悪癖
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魔術師/婚約破棄された元貴族令嬢/博打狂いのティアーナ 2


 その後は、悲惨なものだった。


 リーネとアレックスの言葉は脅しでも何でも無かった。

 学校の教師陣、特に校長周辺の人物とティアーナの師匠はその日のうちに失脚していたのだ。

 正式な事件として扱われることはなかったが、学校を運営する国の機関からは教員の入れ替えの指示が出された。学園長も、ティアーナの師匠ベロッキオも、閑職に追いやられることとなった。


 だが、ティアーナは信じている。

 自分の師匠がそんな稚拙な不正に手を染めるはずがないと。

 事実、生徒達はベロッキオ師父に対し、厳しいながらも公正な人物として畏敬の念を持っていた。

 むしろ賄賂を当然の手段と考える人間から恨まれていた。


 だが、今既に勝敗は決した。


 不正のペナルティが与えられたということは、どんなに怪しげなことであったとしても「不正があったもの」として扱うしか無いのが貴族社会だった。


 そしてそれは、ティアーナの身にも危険を及ぼしていた。


「……ふん、我が家の面汚しめ」


 ティアーナの父、グレイマン=クレンテ=エレナフェルト伯爵は、自分の書斎にティアーナを呼び出した。

 話し合うためではない。


「違います! 私は……!」


「お前には二つの選択肢がある」


 グレイマンは自分の子供の話などは聞かない。

 すべては政治のための道具だ。

 腹違いの兄弟姉妹は幾らでも居る。

 少しばかり魔術の腕が高かろうと、顔のつくりが良かろうと、自分の損となるならば何の遠慮もなく切り捨てる男だった。


「まず一つは、カーディア公爵の側室となることだ」


「そっ、それは……あまりにも……!」


「もう一つは、この家から出て行くことだ。

 どちらを選ぶにしても、持参金や支度金は用意してやる。

 アレックスに懸想していたようだが諦めろ」


 グレイマンの有無を言わさない口調に、ティアーナは怒りを覚えた。


「私は、やっていません!」


「だろうな。お前にそんな狡猾さはあるまい」


「……え?」


 ティアーナのぽかんとした顔に、グレイマンはやれやれと溜息をついた。


「誰かをたらしこむ狡猾さがあれば、お前も陥れられることなど無かったのだ。馬鹿者め」


「そ、そんなふしだらなことができますか!」


「できないならば別の方法で自分の身を守らねばならん。だが他人の謀略に気付かず、まんまと嵌まってしまったのはお前が愚かだった、ということだ。海千山千の上級貴族ならともかく、相手はお前と同じ歳の子供だろう。言い訳は聞かんぞ」


「くっ……!」


「もう少し早く気付けばなんとかできたものを……まったく」


 グレイマンは、自分の子供の無能を嘆いているわけではない。

 過度に愛してはいないし、必要以上に憎んでもいない。

 こうなってしまった以上、娘になんのお咎めもなく済ませることは自分の汚点になることをわかっていただけだ。


 既に貴族学校の教師陣の一部は左遷や退職と言った処分がなされた。

 この状況で、事件の渦中にあるティアーナを庇護し続ける利得など全くない。

 ティアーナは、そんな父の冷静さをよく理解していた。

 カーディア公爵の側室になって虐げられたところで助けてくれないことも。


「あの公爵の側室は……嫌です」


 カーディア公爵は、まさに悪徳貴族の名に相応しい俗物だった。

 女を奴隷のように扱い、平民は塵芥ちりあくたとも思わない。


 決して風評などではない。

 王宮の晩餐会などでティアーナは何度かカーディア公爵を見たことがあった。

 そこでの乱行ぶりはひどかった。

 酔って気分が大きくなり、既婚の女を連れ去ろうとしたのだ。

 多くの貴族子女は恐れをなして晩餐会の場から逃げるように帰る始末だった。

 何故あの者が罰せられないのかと陳情が王宮に届く有様だ。

 だがカーディア公爵は先代の王の弟であり、数多くの王家の秘密を握る人物である。

 代替わりして間もない王に、カーディア公爵を罰する力は無かった。


「だろうな」


「せ、せめて他の家では……」


「カーディア公爵がお前に目をつけているという話が聞こえてきた。

 他の家に嫁いだら、嫁ぎ先がカーディア公爵に睨まれる」


「そんな……!」


 助けてアレックス。


 ティアーナは思わず、そんな心の声が漏れそうになった。

 だが、そんなアレックスさえもティアーナを陥れる陰謀に加担している。

 あの雌狐に騙されているに違いない。

 だが一方で、ティアーナは理解してしまった。

 アレックスが自分に抱く劣等感は本物だと。

 私が落ちぶれる様を楽しんでいるだろうと。


「どうしても嫌だと言うならば、公爵からの話が正式に来る前にこの家から出て行くが良い。それならば周囲にしめしも付く」


 誰も助けてくれる人などいない。


 だから、自分の力で生きていくしか無い。


 悲しい決意を抱いて、ティアーナは貴族であることを辞めた。







 王都から乗合馬車に揺られ続けて一ヶ月以上。

 ティアーナが向かったのは、迷宮都市テラネだった。


「よ、ようやくついたわね……」


 馬車に揺られて痛くなった腰をさすりつつ、ティアーナは迷宮都市の街並みを歩く。


 一人旅も一人暮らしも初めてだったが、ティアーナは決して甘やかされたお嬢様ではなかった。むしろ親が放任主義であったために、家庭教師や使用人から様々なことを好奇心の赴くままに学んでいた。子供の頃は家を出て繁華街に紛れ込んだこともある。


 元々ティアーナは利発な人間なのだ。むしろ令嬢としての生活よりも、自分一人で裸一貫の生活をする方が性に合っているとも言えた。一人旅のワクワク感があったからこそ、ただ嘆き悲しむ生活を抜け出て迷宮都市を目指すことができたとも言える。ティアーナは長逗留する宿を決めて、荷をおろしてようやく一息つく。


 ここからだ、とティアーナは決意を新たにした。


「ともかく仕事を探さないと」


 落ちぶれた貴族や職からあぶれた魔術師が辿り着くのは、迷宮都市と相場が決まっている。


 ここは国でもっとも活気のある都市であり、仕事も多い。


 食うや食わずの貧民は冒険者という仕事がある。


 そして学校を出た知恵者には、商業ギルドや魔道具工房などの職場が求人を出している。魔術に通じ、計算ができて、法律にも詳しいティアーナにとって仕事などよりどりみどり。


 ……の、はずだった。


「あー、悪いねぇ、人は間に合ってるんだよ」


「我が魔術研究所は紹介状が無い者を雇うことはない。帰りたまえ」


「ウチみたいなところは貴族の娘なんかにゃ務まらねえよ」


「今後のティアーナ様のご活躍をお祈り致します」


 ……就職活動の結果は、全滅だった。


 実は今現在に限って、魔術師の就職希望者があまりに多かったのだ。


 ディネーズ聖王国の隣国、魔導帝国シェムバドでクーデターが起きていたために、優秀な魔術師が迷宮都市にも亡命していた。ディネーズ聖王国では金貨を何十枚と用意しなければ雇えないような優秀な人材を安価な給料で雇うことができる。就職氷河期が到来していたのだ。


 計算や筆記を求められる事務職なども同様だった。ディネーズ国もシェムバド国も公用語が同じだ。違いがあるにしても方言程度の僅かな差異で、コミュニケーションを取る上では何の問題もない。ティアーナはあまりにも巡り合わせが悪かった。


「はぁ……」


 家から渡された支度金はそれなりに潤沢だ。

 しばらくは持つ。

 だが、婚約者からは捨てられ、親にも捨てられ、就職活動しても「お前は要らない」という言葉をオブラートに包めて投げつけられる状況は、さすがのティアーナも限界だった。


 安いパン屋でパンを買い、公園で食べつつ就職活動をする。

 希望職種や待遇のランクを下げても下げても一向に就職できない。

 溜め息しかでない。


 そんなときだった。


「ハーイ、美人のお嬢さん、お暇かな?」

「ナンパならお断りよ」


 と言って、ティアーナは突然話しかけてきた若い男に杖を傾けた。


「おおっと、あんた物騒だな!? ま、魔法を街中で使ったら犯罪だぜ!?」


「じゃあ話しかけないことね」


 ティアーナは当然そんなことは知っていた。

 ただの脅しだ。

 だが男の身なりの良さや顔の作りの良さが婚約者アレックスを思い出して、軽くイラっとしただけだった。


「いやいや、本当にナンパじゃないんだ。ビラを渡したかっただけなんだよ」


「ビラ……?」


「迷宮都市名物、競竜さ! 一度見てごらんよ!」


「競竜……?」


「竜を走らせて、一番速い竜を決めるんだ。

 賭けも盛り上がるし、どうだい?」


 ティアーナは、男が渡してきたビラをしげしげと眺めた。


 ティアーナが居た王都ではカジノや賭場の営業は禁止されていた。競竜のような公営ギャンブルに出入りしたことなど一切無い。騎士の試合をダシに勝手に賭場を開いているのを見かけたことはあるが、「馬鹿なことをやっているなぁ」としか思わなかった。


「入場無料券もついてるから、お暇ならいつでもおいで。大歓迎だよ」

「ふーん」


 一切興味が無い。

 おそらく男も諦めたことだろう。

 すぐにティアーナの前から去って行った。


 だが、ふと思い立ってティアーナは競竜を見に行くことにした。


 ティアーナは、競竜場は魔術師の採用が多いという話を思い出したのだ。


 場内にレース妨害するような魔導具を持ち込む人間を取り締まったり、魔術が使えないような結界を張ったりと、様々な仕事があるらしい。しかも都市に認められた公営ギャンブルともなれば、採用するにあたって身元を調べるだろう。家から追い出されたとはいえ貴族の子女であることには変わりない。亡命を求めてやってきた異国の魔術師よりは信用されるはずだ。


「……行ってみようかしら」


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