さんすうベアナックル 4
「……だ、誰だい? クロディーヌ、知り合いかい?」
純朴そうな少年が戸惑いながらクロディーヌを見つめた。
だが、そんな少年のことなど意に介さずにクロディーヌはニックをにらみ付ける。
「ちょ、ちょっとニック。あんた何を……!」
「出せよ、それ」
「はぁ……?」
「そのネックレス、けっこうな値打ち物だろう」
「あ、あんたには関係無いでしょ」
「それを巻き上げて売っ払ったら間違いなく詐欺だぞ。オレがやったタリスマンは実用品だが、そりゃ明らかに鑑定書付きの高級品だ。同じように誤魔化せると思うか?」
「……ねえアルベルト、行こう。変な人に絡まれちゃったみたいだし」
「え? で、でもクロディーヌ。彼、君の名前を……」
アルベルトと呼ばれた少年は、おろおろとニックとクロディーヌの顔を交互に眺めた。
ニックは、この少年がなんとも哀れで仕方が無かった。
「アシがつくことを心配してないと。……あれ? そういえば鉄虎隊の連中も周りに居ないな。今日はどうした?」
「別に、いつも一緒にいるわけじゃ……」
「……お前もしかして、この坊主を騙すだけじゃなくて鉄虎隊のレオンからも逃げてどっか行くつもりじゃないのか? まとまった金ができそうだから、アシがつかないうちに手仕舞いしようとか考えてるんじゃねえだろうな?」
「は、はあ!? 何言ってんのよ!」
「……この坊主にネックレス返せ、クロディーヌ」
「……あ、あのう、お知り合い……ですか……?」
アルベルトが先ほどから肩身狭そうにしている。
随分と身なりが良い少年だ。
良いところの商家の息子か、あるいは貴族かもしれない。
貴族をたぶらかして騙して、それが露見したらどうなることか。
なんて馬鹿な女だ……と、ニックは思った。
いや、そんな馬鹿に惚れて貢いだ自分が一番のアホだ。
「い、行こうよアルベルト。こいつ頭がおかしいのよ」
「で、でもクロディーヌ。君の名前だけじゃなくて、パーティーも、パーティーリーダーの名前も知ってたようだけど」
「そ、そのくらい調べようと思えば調べられることよ!」
「クロディーヌ。それじゃあお前、そのネックレスを持って逃げるってことだな? お前はこの坊主から宝飾品を盗んだ犯人として、手配されてでも生きていくってことで良いんだな?」
それはつまり、いつでも通報できるぞ、という脅しだった。
一人ずつなら騙し通せる詐欺であっても、被害者二人の証言が重なりクロディーヌの嘘や矛盾を突き詰めたら、状況は変わってくる。
「……っ畜生!」
クロディーヌは、憤怒の表情でネックレスの入った箱を投げつける。
そして山猫のごとき俊敏な動きで店から走り去っていく。
「うおっと、危ねえな。傷ついたらどうすんだよ」
ニックが危なげなくキャッチし、アルベルトに返した。
「あ、ど、どうもありがとうございます……。ところで、ニックさん……で、よろしかったですか?」
「ん、ああ。悪いないきなり割って入って」
「僕はアルベルト。防具屋をやっています。そ、それで……」
「なんだ?」
「ぼくは、その、騙されてたんでしょうか……?」
「ん、ああ……そういうことになるなぁ」
「そ、そんなぁ……」
「訴えるなら協力してやっても良いんだが……オレもあいつに騙されたクチだし」
「そ、その、心の整理をさせてください……」
「あー、うん、そうだな」
ニックの言葉を聞いたアルベルトは、泣きそうな顔でがっくりと肩を落としていた。
可哀想だと思う反面、貢いだ物が戻ってきてまだ良い方じゃないかとも思う。
そんな複雑な心境だった。
「おいニック!」
ニックがそんな複雑な感慨に浸っていると、カランが乱暴にニックの肩を掴んだ。
「うおっと、ああ、カランか。悪いな、突然」
「ちゃんと説明しロ! いきなりケンカ売るからどうしたかと思っただロ!」
「す、すまん……」
そしてアルベルトの隣で、ニックはひたすら小さくなってパーティーメンバーに詫びるのだった。
◆
「……なるほどね」
ニックがテーブルに戻って、今の出来事を仲間達に説明した。
ニックの説明を聞いた三人とも凶悪な顔をしていた。
「な、なんじゃおぬしら。そりゃ美人局は唾棄すべき犯罪じゃろうが、なんか全員殺気がすごいぞ」
「当たり前でしょうが!」
「そうダそうダ!」
「人を騙して罠に嵌めるなど、地獄さえ生ぬるいですね」
「ひっ」
キズナが何気なく疑問を呟くと、想像以上の答えが返ってきて流石にキズナもびびった。特に、普段温厚なゼムさえも危うい台詞を吐いたことに度肝を抜かれた。
「全員、何かしら騙されたことがあるからな。まあ、あんなのに貢いでたオレが馬鹿なんだが……」
「どうせなら燃やすくらいしても良かったのニ」
「おいおい、火事になるだろ」
「外でやるかラ」
「冗談抜きで、やり返したいなら付き合うわよ?」
「ええ、僕も助太刀しますよ」
「うん、まあ……ありがとな」
カラン達の過激な言葉は、ニックを逆に冷静にさせた。
むしろその気遣う気持ちがあればこそ、無為な復讐に仲間達を付き合わせたくない。
だから、ひとまずあの女のことは忘れよう。
証拠を握った上で脅したのだ、お粗末な詐欺など今後は控えるに違いない。
……と、ニックは思っていた。
だから、次の日のことは完全に予想外だった。
◆
それは、冒険者ギルド「フィッシャーメン」で起きた。
「そろそろ採集依頼のやり方を覚えてもらおうと思う」
「ウン」「わかりました」「良いわね、稼げそう」
ギルドのテーブルにニック達が陣取り、おもむろに仕事の話を始めたそのときだった。
「採集は基本的に、迷宮でしか咲かないような植物が多いな。薬草とか毒草とか、薬の調合の材料に使われるものがほとんどだ。このへんゼムの方が頼りになるかもな。それとたまに洞窟型の迷宮だと鉱石や原石を探してきてくれって依頼もあるんだが、山育ちのドワーフだとか鉱山で働いたことがあるとか、経験者じゃないとかなり難しい。その分、稼ぎはデカいんだが……」
「あー、だから迷宮産の宝石って高いのね」
「天井知らずだな。採掘専門の冒険者もいるくらい……」
と、説明を始めたニックの頭に、エールがだばだばだばと降り注いだ。
「ニック、今のは奢りよ。気にせず味わってね。おかげでちょっとは色男になったんじゃない?」
酒瓶をニックの頭上から振りかけたのは、クロディーヌだった。
そして隣には大柄な虎人族の男が居る。
下卑た笑い声を上げて、ニックを嘲笑った。
そしてカランが無言で立ち上がった。
「まあ待てカラン」
だが、それをニックが制した。
「でも」
「オレに話させてくれ。クロディーヌと、ええと……レオンとか言ったな、お前」
「おうよ。鉄虎隊のレオンだ。昨日はウチのクロディーヌを可愛がってくれたみてえじゃねえか」
レオンが凶悪な笑みを浮かべた。
クロディーヌはレオンを盾にするように隠れて、クロディーヌがにやにやと微笑んでいた。
「ああ、可愛がってやったよ。怯えるネズミをいたぶるような真似して心が痛かったな」
「なんですってぇ……!?」
「なんですって、じゃねえよ。つーかお前、ネックレス盗んでレオンのところからも逃げるつもりだっただろう」
「へっ、手前みてえなモテねえ奴には女がみんな悪党に見えるんだろうさ」
レオンは、ニックの言葉にまるで動じていない。
既にクロディーヌが上手いこと言い含めたのだろうかとニックはいぶかしむ。
だが、それよりも言うべきことがあった。
レオンにケンカを売ることだ。
「悪党同士で仲良しこよししてる手前らは感覚が麻痺してんだよ。酔っ払ってないでカタギにもどれ」
「へっ、売られた喧嘩は買うぜ……ちょっと来な。ギルドの中での喧嘩や決闘はご法度だしな。安心しろ、今回は1対1だ」
レオンは顎をしゃくり、外に出るようニックを促す。
ニックはそれに付いていこうとする。
「オイ、ニック!」
「大丈夫だ、喧嘩は慣れてる」
カランが不安げな声を上げたが、ニックはぽんとカランの肩を叩いて席を立った。




