さんすうベアナックル 3
サバイバー一行が喫茶店「フロマージュ」についたときは既に昼下がりだった。
ランチタイムのラッシュが丁度良く終わって人がはけてきたところらしく、待つこともなくテーブルに通された。
「あら、ニックの選んだ場所にしては洒落てるじゃない」
「オレをなんだと思ってるんだ」
「あ、僕はサンドイッチのセットで。店員さんって男の人だけ? 女の人はいない。あ、そうですか」
「ゼム、いきなりナンパできるかどうかを見定めないでくれ」
「オムライスじゃ! 我はオムライスを所望するぞ!」
「ニック、これ美味いゾ。これ食エ。間違いなイ」
「うるせーなお前ら、注文まとめろ! あ、すみません、店員さんうるさくして。全員ぶどう酒で良いか? お冷やも頼むから適当に自分で選べよ」
店員にぺこぺこと頭を下げつつ、注文をとりまとめる。
タイミングが良かったのか、さほど待つことも無く料理とぶどう酒の入った杯が並べられた。
「それじゃーお疲れさん」
「「「「 かんぱーい 」」」」
ニックがけだるそうに杯を掲げると、それに皆が続く。
料理も美味い。
会話も弾んだ。
「それでね、こないだのレースと言ったら凄くってさぁ。竜が乱闘騒ぎ起こして火が飛んで来るわ氷が飛んで来るわ……」
「なあティアーナ。それ、普通に客とか死なないか?」
「馬鹿ねぇニック。それが醍醐味なのよ」
「すまんが意味がわかんねえ」
「ウソよ。ちゃんと結界や壁があるからそうそう死なないわ」
「たまに誰か死ぬって解釈で良いのかそれは」
などと、趣味の話をしたり。
「今一番輝いてる吟遊詩人はシトリンだな。歌って踊れて、何よりトークがバツグンに上手くてカリスマがある。最推しはアゲートちゃんだからちょっと悔しくってなぁ。向こうの親衛隊の規律の正しさも認めざるを得ないんだよ。ああ、それと最近知り合ったウィリーって奴に、魔色灯舞踊ってのを教わってな」
「あなた、吟遊詩人のこととなると途端に早口になるわよね」
「オーガをぶん殴ってるときより目がヤバいゾ」
「まあ全員そうですけどね」
などと、趣味の話をしたり。
「最近、公園の屋台で売ってるサンドイッチが人気ダ。八本脚のフライとタマネギのフライ、レタスを挟んで、チリトマトソースをこれでもかってぶっかけて食べるんだけど、すごく美味しイ。一番美味いのは植物園の入り口近くでおばちゃんが一人でやってる屋台だナ」
「カランの話が一番役に立つな」
「えらいわカラン」
「僕も勉強になりますよ。今度行ってみます」
「そ、そうかナ? えへへ……」
などと、趣味の話をしたり。
「それで僕はですねぇ……」
「なあ、ゼム」
「はい」
「女の子がいる場所ではやめよう」
「はい」
「二人のときにでも聞くから」
「あ、それじゃあニックさん一緒に行きます? 店の子に冒険の話をしたらパーティーの誰か連れてきて欲しいって言われちゃいましてね」
「待て、オレを引きずり込まないでくれ」
「でもいきなり酒場や酒場は刺激が強いかもしれませんね。しっとりとした酒場の方が良いかなぁ……。あ、それともいきなり酒場とか酒場とか行っちゃいます?」
「ごめん全然違いがわかんねえ」
などと、趣味の話をしたり。
会話に大いに花を咲かせていた。
丁度そんなとき、後ろのテーブルに一組の男女が入ってきた。
ニックは礼儀として声をひそめた。
他の面子も声のトーンを下げた。
会話ばかりであまり手を付けてなかった料理を食べ、和やかな時間を過ごす。
それで今日は無事に終わり。
そのはずだった。
後ろから聞こえる会話を耳にするまでは。
「クロディーヌさん、それで……僕からの誕生日プレゼント」
「うれっしー! 覚えててくれたんだ!」
ニックは、聞き覚えのある名前をきいて、ついうっかり後ろのテーブルを見てしまった。
そこには確かに、ニックから金を巻き上げた少女、クロディーヌが居た。
そして彼女の向かい側には、純朴そうな少年が座っている。
「きゃー、うれしー! これ欲しかったんだぁ!」
「喜んでくれて嬉しいよ、クロディーヌ……!」
化粧箱から取り出したネックレスを、クロディーヌは喜悦の表情で眺めた。
愛撫するように優しく宝石を人撫でし、また大事に化粧箱に入れて懐にしまう。
「つ、付けてくれないのかい?」
「だってもったいないもの。こんな綺麗なもの……大事にとっておかなきゃ」
「そ、それもそうだね!」
「でも……ごめんね、今日は大事な事を伝えに来たの」
「なんだい、突然……?」
「わたし、故郷に戻らなきゃいけないの」
「ええっ!?」
「ママが危篤で、すぐに戻ってこいって……。もう長くないみたいで」
「大変じゃないか!」
少年が血相を変えて声を上げた。
それを見たクロディーヌは嗚咽しているかのような声を出し、切々と語り出す。
「でも、凄く遠くて……乗り合い馬車で一ヶ月くらいかかるの。お金も大変で……。でも迷宮都市で冒険者になることを認めてくれたママには、どうしても恩返しがしたいの。こんなの辛すぎて辛すぎて……心がばらばらになりそうよ……!」
「ぼくにまかせ……んん?」
会話を聞いていて、なんかもう、ニックは駄目だった。
ガマンできなかった。
気付けば、純朴そうな少年の隣にどかりと座っていた。
「げっ、ニック……?」
「よう、クロディーヌ」
「な、な、なによ……あんたとはもう終わったでしょ……!」
クロディーヌは、冷や汗をかきながらもニックを睨み返す。
だがそんな視線などお構いなしに、ニックは暴露を始めた。
「お前、いつの間にママがそんなに遠くに引っ越しちまったんだ? オレが昔聞いたときは東に三日くらいの宿場町って言ってたよなぁ? つーか誕生日プレゼント? 誕生日って一年のうちに2回も来るものとは知らなかったなぁ?」