聖剣探索 11
1章は今回で終わりです。次は2章となります。
「フィッシャーメン」での報酬の受け取りや事務手続きの諸々が終わり、サバイバーの面々はティアーナのアパートに来た。
ニックが全員部屋に入ったのを確認して玄関の鍵をかけ、丁寧にカーテンを締め、屋根裏や隣の部屋に耳をそばだてるものが居ないかを確認したところで、
「あほかお前は!」
と、キズナを怒った。
「な、なんじゃ! 別に良いではないか!」
「お前の素性がバレたらどーすんだって言ってるんだ!」
「そ、そんなに怒ることないじゃろう」
「いやもっとマシな偽名あるだろう……そりゃオレだって人間に変身できる剣なんて見たこともねえが、怪しまれないような工夫ってものをだな……」
「あんまり関係ない名前になるのも都合が悪い。名前というのは大事じゃぞ」
「つってもなぁ」
「ま、そこは仕方ないわ」
と、ティアーナが肩をすくめつつ口を挟んだ。
「意志のある魔道具って、けっこう名前に縛られるのよ。あまり本質からかけ離れた名前をつけると、魔道具のもつ権能に影響が起きかねないの。たとえば剣なのにモップって名付けたら、権能もモップに近づいちゃったり」
「……モップの聖剣って、それはそれで面白いな」
「ともかく、迂闊に変な名前は付けられないのよ。許してあげなさいな。計画通りに行ったわけだし」
「そういうことなら仕方ねえか……。いきなり怒鳴ってすまんな」
「構わん、そう思うのも無理からぬことじゃし」
ニック達が絆の剣を隠蔽するために取った行動は二つ。
一つ目は、機能制限版の「絆の剣」を納めること。
二つ目は、絆の剣の《並列》という権能を利用したものだった。
これは絆の剣が使い手の情報を読み取り、それを元にした人間体のボディを作り出すというものだった。正確には人間ではなくゴーレムの仲間にあたるそうだが、詳しく解析する魔法でもかけられない限りは露見しないらしい。今はニックが正式な所有者であるため、ニックとどことなく似た顔立ちの美少年、あるいは美少女の姿をしている。
「そういえばお前、男と女、どっちなんだ?」
「どちらでも無いぞ。外観はともかくとして別に子供を作れるわけでもないしの。自意識としてもどちらでも良いし……。あ、でも可愛い服は着てみたいからもう少し顔や外見をキュートな方向に寄せても……」
「ダメです」
そこに強く反対したのはゼムだ。
「ロリは、絶対反対です」
「う、うむ」
茫洋とした目で呟くゼムに、キズナは謎の圧力を感じて後ずさった。
「つーか、オレの体の複製じゃなかったのか?」
「ちょっとした造形を変える程度ならちょちょいのちょいじゃよ。少女の方が可愛いと思うんじゃがのう」
「完全に趣味かよ」
「可愛い方が良かろう?」
キズナはゼムをちらりと見る。
が、ゼムは手でバツの字を作った。
「トラウマがあるそうだ。配慮しろ」
ニックがそう言葉を付け加えて、キズナがやれやれと嘆息する。
「仕方がないのう」
「ともかくだ、依頼成功おめでとう。みんなおつかれさん……と言いたいところだが、キズナの扱いについて相談がある」
「相談じゃと?」
「誰がお前の面倒を見るかだよ。寝床なり食料なり居るんじゃないのか?」
「うむ。人間体となったからにはエネルギーも消費するのじゃ。睡眠も補給も必要になる。娑婆に出たのじゃから楽しみたいところでもあるし」
「けどお前、手持ちの現金も何も無いだろう。だからひとまず、世話をする奴を決める必要があるわけだが……」
「拾った犬みたいに扱われるのはちょっと不満じゃぞ。というかそもそもの疑問なのじゃが……なんで同じパーティーなのに別々の場所に住んでるのじゃ?」
キズナが、きょとんとした顔で言った。
「なんで……って言われてもな。その発想が無かった」
「時代が変われば冒険者の生活スタイルも変わるのかのう。我が聞いた話では、同じ飯を食べて、同じ屋根の下に寝る家族のようなものと聞いたが」
「いや、そういう連中がほとんどだぞ。オレ達は違うってだけで」
そこでティアーナが、不満げに溜息をついた。
「というか秘密の相談とかで私の部屋を使う流れになるのって、ちょっと困るわ。流石に5人も入ると狭いし。誰かもっと広いところ住んでる人いないの?」
「つってもなー。オレ住んでるところ、1日1500ディナの安宿だぜ」
「うわっ」
「うわってなんだよ、うわって」
あからさまに引いてるティアーナに、ニックが不満げに言葉を返す。
「いや、だって……安すぎない?」
「狭いが便利だぞ。魔導具とかは無いが井戸水はタダだし。つーか他はどうなんだ?」
「僕のところは2000ディナですね。とはいえ酒場で寝てしまったり逢引宿に泊まることも多いのですが」
と、ゼムが淡々と語った。
「そ、そうか、凄いな」
「お、お金大丈夫なの?」
ニックとティアーナがドン引きしながら相槌を打つ。
「時間制では無いですし、常連になると色々と融通効かせてくれる店も多いんですよ。男の店員と朝ご飯一緒に食べに行ったりしますし」
「へ、へえ……」
「でも朝ごはんを一緒に食べていて、「お前、こんな生活続けてるとヤバいぞ」、「辛いことでもあったのか」と懇々と慰められたときはちょっと心苦しくなりましたね」
「オレもここで何て言ったら良いかわからねえよ……」
尊敬とドン引きの混ざった視線でゼムを見た後、ニックはカランに話を向けた。
「カランはどんな部屋に住んでるんだ?」
「1日500ディナだゾ」
「「「 なんだそれ!? 」」」
全員が驚いた。
500ディナという金額は相場からして安すぎるのだ。
「や、安くて良いゾ……?」
「コーヒー1杯か2杯飲んでおしまいって金額じゃねえか……ちなみに場所はどこだ?」
「イーストブランチ」
「おま、あそこに住んでるのかよ!?」
「なに、イーストブランチって?」
ニックが驚きの声を上げると、ティアーナが尋ねてきた。
「……あのへんは荷馬車の待機所とか魔物を防ぐための街の外壁のすぐ近くてな。そこで働く人間のための宿場……だった」
「だった?」
「外壁が完成して仕事が減ったり荷馬車の待機所が移動したせいで日雇いの仕事が全然無くなってな、今じゃ完全なスラム街だ。冒険者くずれのおっさんとか、借金取りに追われてるおっさんとか、怪しいハーブ売ってるおっさんとか、怪しいハーブキメてるおっさんがたくさんいる」
「ああ、そういえば昼間から裸で踊ってるおっさん居たゾ」
カランがあっけらかんとした調子で言うものだから、三人は血相を変えた。
「今すぐ引っ越しなさい馬鹿!」
「やめとけやめとけ! お前みたいな若い娘が住むところじゃねえ!」
「カランさん、僕が言えた義理ではないですが、もう少し身の安全に気をつけた方が……」
「だ、だって安くて便利ダ! それにおっさんとか大体ワタシより弱いし!」
「そういう問題じゃねえよ!」
「ぷ、プライバシーに干渉しないルールだロ!」
「そうだな。なので決を取る! カランの住環境改善に賛成の奴、挙手!」
「賛成よ」「ぼくも賛成ですね」
「ずっ、ズルいぞー!?」
わーわーきゃーきゃーと騒ぐ横で、
「えーと、我の問題は……?」
「後回しだ! とりあえずここで寝泊まりしとけ!」
「まったく、てきとうじゃのう」
キズナがやれやれと肩をすくめた。
そして、慌ただしさゆえにキズナの内心を推し量るものは居なかった。
(まあ……ひとまず迷宮から出られただけでもよしとするかの)
キズナは、ニック達の説明において嘘は付いていない。
冒険者ギルドに騙されて閉じ込められ、剣士に握られることがなく辛い思いをしたことは紛れもない事実だ。
だが、本当のことも言っていない。
(どうも魔の気配が強くなってきおったし……。ともすれば、魔神の封印が解けかかっておるのかもしれぬ。ここで身動きの取れない身分に安住してしまっては父上に申し訳が立たぬわ)
魔神というものは千年周期……短いときは数百年周期で人の世に現れる。
その周期があまりにも長きに渡るために、どれだけ伝承を後世に伝えようとも、人は危機を忘れ、侮り、内輪もめが起きる。
特に、前回の戦争は文明が崩壊しかねない程に激しいものだった。戦争を生き残った絆の剣に与えられた使命は、できる限り自由な身分を維持して在野の立場から人間の世を見守ることだ。迷宮のセキュリティに干渉して冒険者達を誘導し、無理にでも外に出してもらったことも、その使命があったからこそだった。
(魔神の気配が気のせいであれば良いが……。もしもの場合は、こやつらに勇者になってもらわねばならんかもしれんのう……)
絆の剣はそんなことを思いながら、何気ないことで騒ぐ冒険者4人を眺めた。
「ともかく! せめて一日1500ディナくらいのところに移動してくれ!」
「ヤダ!」
「なんか美味い物買ってやるから!」
「ワタシの方が美味い物知ってル!」
宿代の話で大騒ぎする4人を見て、絆の剣の頭に「こいつら大丈夫かな」という思いが過ぎる。だが決して、不愉快ではなかった。目の色を変えて聖剣を求めるような貪欲さも無く、絆の剣の境遇に同情するような甘さのある彼らを「見守ってやらねばなぁ」などとちょっと上から目線の保護者感覚で見ていた。実際としては絆の剣こそが面倒を見てもらっている立場なのだが。
(ま、これも賑やかで良いじゃろう)
長い人生……もとい、剣生だ。
こんな冒険者パーティーに拾われたことも、悪くないかもしれない。
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