聖剣探索 8
彼、あるいは彼女が、目にも留まらぬ速さで剣を振るった。
アマルガムゴーレムは避けることもできず、ひたすらに剣を食らった。
『グアアアアアッ!!!???』
アマルガムゴーレムが、初めて悲鳴を上げた。
ただ斬っているのではない。
激しい斬撃を繰り返すことで、ゴーレムの皮膚を削り取っているのだ。
彼?の速度に対応しきれず、ゴーレムはただ攻撃を食らい続けた。
反撃に転じる隙が無いのだ。
「いや……まだよ!」
「「 むっ……? 」」
アマルガムゴーレムは自分の体をスライムのように変形させて、崩れ落ちた自分の破片を吸収し始めた。そして自分の体の復元を試み始めた。
『グオオオォ……ォアアア!!!!!』
「うん……? 元通りになった……だけじゃない? あれは……?」
アマルガムゴーレムが絶叫すると同時に、体表に変化が起きたのをティアーナの目が捉えた。
針のような突起が体全体にびっしりと伸び始めた。
まるでそれは、ハリネズミを彷彿とさせる姿だった。
「「 ティアーナ、ゼムと一緒に防御しろ! 」」
彼?は叫んで指示を出した。
言われるのとほぼ同時にティアーナは急いで氷の盾を張り直す。
ゼムもすかさず盾の後ろに隠れた。
そして、アマルガムゴーレムの体表の突起が弾丸のように全周に打ち出された。
「うわわっ!? なによこれ!?」
氷の盾ががりがりと音を立てて削られていく。
だが、その攻撃は突然ぴたりと止んだ。
「「 喰らえ……っ! 」」
彼?は、体の周囲に炎を纏っていた。
そして弾丸のように打ち出されたアマルガムゴーレムの針をすべて溶かし、押し返した。
その凄まじい熱気に、アマルガムゴーレムは怯えたように一歩後ずさる。
あくまでその熱気は、余波にしか過ぎないことに気付いたのだ。
熱気は、剣に収束した。
カランの必殺技、火竜斬と同じ構えだ。
だが、炎よりも遥かに眩しい輝きを放っている。
もはや太陽のごとき煌めきとなり、暴力的なまでに周囲の光景を白く染め上げた。
『アマルガムゴーレムは、自分の体の動きを司るコアがある。液体金属の体内を自由自在に動き回るので的確に攻撃するのも難しい。じゃが……』
絆の剣が、すっとぼけた声で説明した。
だが、その説明が終わる前に、膨大な熱と共に剣が振り下ろされる。
『グアアアアアーッッッッッッッ!!!!????』
アマルガムゴーレムの全身に膨大な熱が暴れ狂った。
コアを隠すなど意味がないほどの凄まじい威力の一撃に、アマルガムゴーレムは悲鳴を上げ続けた。
『まあ、そんな超絶的な技巧を繰り出すよりも力技でなんとかした方が手っ取り早いというところかのう』
そして、気付けばそこにゴーレムの姿は無かった。
流体金属の体は徹底的に破壊され、壁や床にこびりついた痕跡が僅かに残るだけだ。
そしてゴーレムが立っていたはずの場所に、こぶし大の不格好な球が転がっている。
おそらくこれがゴーレムの核なのだろう。
ティアーナは、ああ、これで倒したんだな……と呆然と様子を見ていたが、すぐに自分のやるべきことに気付いて立ち上がった。
「ちょ、ちょっとあなた……! ニックなの……? それとも、カラン……?」
ティアーナが彼?の元へ駆け寄る。
だが彼?は、ティアーナに微笑みを返した。
「「 ティアーナ、ゼム。もう大丈夫だ……《分離》 」」
彼?がそう呟いた瞬間、再び閃光が走った。
そして彼?の姿がかき消える。
「ニックと、カラン……?」
そして彼?が居たはずの場所には、ニックとカランの二人がへたりこんでいた。
◆
「クソ疲れた……」
「うん……腹減っタ……」
ニックとカランが、息も絶え絶えに絆の迷宮の床に寝転がっていた。
『そうじゃろう、そうじゃろう。初めて我が権能《合体》を体験したのじゃ。意識があるだけ上等と言うものよ』
「《合体》って、こういう意味かよ……。いや、確かにこれは足並みが揃わねえと無理だな。体がバラバラになりそうだった」
《合体》とは、伝説にのみ伝わる魔法の一つだ。
絆の剣が言うには、神、魔神、人の区別が曖昧であった頃……古代文明よりも更に昔の時代に存在した魔法なのだそうだ。精神と肉体を合一させて高次元存在に相転移してうんたらかんたら……と、専門的な説明になってきたあたりでティアーナ以外が理解することを放棄した。
「ともかく、俺とカランが合体してすげー力が出た。それで良いんだな?」
『大雑把過ぎるわ……とはいえ、その通りじゃ。ニックの技量や敏捷さ、カランの力や火竜の加護。どれも底上げされたであろう?』
「ああ、確かにその通りだ。想像以上だったぜ……」
『どうじゃ、我の力は役に立つであろう?』
絆の剣がにたりと笑うような気配を醸し出した。
「ったく、ご満悦だな」
『当たり前じゃ! ま、そなたらもそこそこやるではないか。我の力は操者の力量次第でもあるからのう。それに一度で《合体》を成功させた者などそうは居らんぞ。誇りに思うが良い』
「へいへい、ありがとよ」
はぁ、とニックは溜息を漏らしながら体を起こした。
ようやく体を動かす程度には体力が回復してきた。
「それじゃ、決を採ろう。この絆の剣だが、約束した通りオレ達が持って帰る。冒険者ギルドには売らない。それでも良いか?」
「まあ……これだけ強いなら頼りになル」
「ですね。いざというときの保険にもなりますし」
カランとゼムは乗り気のようだった。
だがティアーナが渋った。
「でも……大丈夫かしら?」
「何がだ?」
ニックが尋ね返す。
「これを探すことがこの迷宮探索の目的でしょう? 冒険者ギルドに黙って私達が所有するとなると、契約違反とか何とか言われたりしないの?」
「言われるだろうな。少なくとも黙ってガメたことがバレたら契約違反だ。しかもこいつ、冒険者ギルドにとってはけっこう大事なブツだろう。降格程度で済むかどうか……」
と、ニックが渋い顔で呟いた。
「どうするのよ」
「それをこれから考える。つーわけで、意見ある奴、挙手」
「はぁ……ニックってたまに行き当たりばったりよね」
ティアーナがやれやれと肩をすくめた。




