聖剣探索 7
「くっ、一度離れろ!」
ニックが絆の剣を確保しながら指示を飛ばした。
全員がすぐに散らばる。
一瞬遅れて、ニック達のいる場所に大きな拳が振り下ろされた。
耳障りな轟音が響く。
堅牢なはずの床に、放射状のひび割れが入った。
「食らいなさい! 《氷柱舞》!」
「火竜斬ッ!」
ティアーナが氷の呪文を唱えた。
氷柱がゴーレムの体を串刺しにする。
そして、カランが飛び込んで必殺の斬撃を放った。
『む、いかん! 竜人族の娘! やめよ!』
「悠長にしてられるカ!」
カランの斬撃はゴーレムを袈裟斬りした……かに見えた。
確かに巨大な竜骨剣はゴーレムの体を溶断した。
カランの必勝のパターンだ。
斬撃そのものの威力で鋼鉄さえも切り裂き、残った傷口には灼熱によって再生不可能のダメージを残す。
……そのはずが、その切断面は何事も無かったように閉じられていく。
まるで時計を巻き戻したかのように、何事もなく修復された。
ダメージを負った様子さえ無い。
「ナニッ!?」
そしてアマルガムゴーレムは、氷柱が刺さったままうなり声を上げた。
「ウオオオオオ!!!!」
「カラン、変だぞ! 離れろ!」
だが、ニックの注意は一歩遅かった。
アマルガムゴーレムの体に刺さった何本もの氷柱が弾き飛ばされた。
「ガアアッ!!!???」
「カラン!?」
『アマルガムゴーレムの体は、清めた水銀や非鉄金属の合金でできておる。魔力への耐性が強く、生半可な魔法は反射するぞ。また肉体を自由自在に操作することで斬られようが潰されようが、すぐに体を治してしまう……ゴーレムというより人造のスライムに近いじゃろうな』
「水銀って……毒じゃねえか!?」
『ああ、そこは安心するが良い。あの体はナノマシン……目にも見えぬほどの小粒の魔道具の集合体となっていて人体には吸収されない仕組みになっておる。研究所内資格保有者……から直接指導を受けた臨時職員による安全確認テストも実施済みじゃ。直ちに問題はない』
「解説ありがとよ、先に言って欲しかったがな……!」
「くっ、僕がカランさんを治癒します、ニックさん、ティアーナさん、援護を!」
「わかった! ゼム、回復は頼んだぞ!」
「《氷盾》!」
ティアーナが氷の壁を作り出し、カランとゼムを守る。
その間、ニックがアマルガムゴーレムの前に躍り出てナイフを振るった。
アマルガムゴーレムはナイフで切りつけられても全くダメージが無い。
それでもアマルガムゴーレムは、ニックを敵と捉えた。
それでニックは十分だった。
器用にアマルガムゴーレムの攻撃を避けつつ、仲間に指示を飛ばす。
「カランが治ったら撤退だ!」
『いや無理じゃ。これは試験のようなものじゃから、扉が施錠されておる』
「なんだと!? 嫌がらせか!」
『嫌がらせじゃないわい、試験じゃ! くっ……稼働中の施錠はハッキングでは破れぬな、安全対策でがっちり鍵が掛けられておる……』
アマルガムゴーレムがニックを振り払おうとする。
まるで蚊を追い払うがごとき手振りだ。
完全に遊ばれている。
「どうすりゃ勝てる!?」
『……ふむ。そうじゃのう』
「もったいぶってんじゃねえよ!」
『だってそなたら、我を売る気じゃろう? 助けてやりたいのは山々じゃが……』
ぬふふ、と嫌らしい笑いが聞こえてきそうな、そんな口調だった。
ニックはカッとなりそうなところを抑えつつ、尋ねた。
「わかったわかった! 売らなきゃ良いんだな!?」
『だめじゃ、ちゃんと武器として我を使うのだぞ?』
「やかましい!!! お前だってピンチだろうが! てめえをあのアマルガムゴーレムにぶん投げたって良いんだぞ!?」
『そっ、それは自殺行為じゃぞ! 落ち着かぬか!?』
「ならお前も協力しろ! 一蓮托生だ!」
『ええい、わかったわかった! ニックとやら、我を握るがよい!』
「おう!」
ニックがアマルガムゴーレムの攻撃を避けつつ絆の剣を握って構えた。
その瞬間、刀身のないただの柄から光が迸った。
「こ、これがお前の本当の姿か……!?」
そこにあったのは、輝く剣であった。
魔力によって生み出された光が、剣の形を保っている。
魔法のセンスのないニックでさえ、膨大な魔力が放たれているのを感じた。
だが、
『馬鹿者、この程度で驚くでないわ。ここからが本番じゃ』
「なんだと?」
『ふむ、味方は竜戦士、魔術師、神官か。よし、竜戦士の娘よ。生きておるな?』
「し、死んでないゾ……何の用ダ……?」
ゼムから治癒を受けて、カランは意識を取り戻していた。
だが、額から血が流れている。
傷痕もある。
ダメージは残ったままだろう。
『娘よ、この男を信じることができるか?』
「どういう意味、ダ……?」
「おい、忙しいんだぞ、何ちんたら話してんだ!」
ニックの罵声に、絆の剣はものともせずに反論した。
『大事な話じゃ! 答えろ娘よ!』
「わっ、ワタシは……!」
カランは、言葉に詰まった。
信じるという言葉を、おいそれと使うことはできない。
それが、このサバイバーというパーティーなのだ。
こっちの事情も知らないで、とカランは絆の剣を恨めしく思う。
その隣で、ゼムが回復魔法をかけ続けている。
ティアーナが「なんでも良いからさっさとして!」と怒る。
『本音を言え! でなければ、成功せんぞ!』
「ほ、本音……?」
『なんかあるじゃろう! 好きだとか嫌いだとか、こういうところは良いとか悪いとか! 何でも良い、この儀式には必要なんじゃ!』
「なんなんだその儀式ってのは!?」
『じゃから、このゴーレムを倒すためだと言っておろうが!』
カランには、難しいことはわからない。
だがこの窮地を脱するためならば嫌も応もないことはわかっていた。
こんなところで手をこまねいているわけにもいかない。
なにより、ニックに言いたいことは山ほどあった。
「ニック!」
「なんだ! カラン!」
「お前の言うことは難しイ!」
「はぁ!?」
「世話してくれるのに、助けてくれるのに……信じるなとか考えろとか勉強しろとか言うの、ずるイ……逆らえないだロ!」
「うっ、うるせえな!」
「大体、自分のこと疑えって言ってたけどサ! 疑って疑って、疑うところがなくなったら信じろってことだロ! 普通に「信じろ」って言われるより面倒くさいじゃないカ!」
「ああそうだよ! オレぁ面倒くさい野郎だよ!」
そんな悪態をつきながらも、ニックはアマルガムゴーレムの猛攻をひらりひらりと避ける。
だがその余波でニックは擦り傷だらけだ。
ほんの少しリズムが狂えば、負ける。
「そうだ、面倒くさい奴だ! だから……面倒くさいニックに付き合えるなんて、ワタシ達だけなんだゾ! 感謝しロ!」
「感謝してるよ! ありがたくって涙が出てくらぁ!」
「だから、遠慮なく何でも言エ! お前が望むなら、なんだって……やってみせるから!」
カランがそう言って、よろめきながらも立ち上がった。
その瞬間、絆の剣から膨大な魔力が溢れ始めた。
『そうだ、それで良いぞ……人と人が手を取り合うそのときこそ、我が権能を示そう! ≪合体≫!』
そして絆の剣が謎めいた言葉を言った瞬間、ニックとカランの体が光った。
凄まじい閃光が放たれ、爆発したかのような轟音が響いた。
全員が、ゴーレムさえもが、目をつぶり衝撃に耐えた。
そして光が収まった場所には……
「だ、誰、ですか……?」
ゼムが呟いた。
ニックが居たはずの場所には、謎の剣士がそこに立っていた。
そこにいたのは、竜人族らしき人間だ。
だが、カランではない。
カランと同じ赤い髪。
男とも女ともつかない、不思議な美貌。
だがその顔立ちは、どこかニックの面影があった。
そしてうっすらと白く輝く、神秘的な鎧を纏っている。
手に握っているのは、紛れもなく絆の剣だった。
だが柄から伸びた刀身は先ほどまでニックが出していたものとは違い、カランの竜骨剣の如く巨大な姿となっている。
「「 行くぞ!!! 」」
男とも女ともつかない、しかし勇壮な声が響き渡った。