悪癖の栄え 1
書き溜め減ってきたので朝6時に1回の更新にしていきます。
冒険者ギルド【フィッシャーメン】はG級を脱した、初級以上中堅以下の冒険者達が出入りするギルドだ。
ニュービーズほどの素人はいないが、人の皮を被った化物のようなベテランも居ない。ある意味で、一番冒険者らしい冒険者が集う場所である。人数だけで言えばここが迷宮都市内でもっとも活気がある。採集依頼や賞金の付いた魔物の張り紙。助っ人の冒険者の依頼や応募などなど、朝から夜までひっきりなしに騒がしい。百人以上が詰めかけても問題無いほどの広間が狭く感じるほどだった。
そしてここに、立ち話をしている二人の冒険者の男がいる。上手い儲け話や仕事は無いか掲示板を眺めながら、世間話に話を咲かせていた。
「んでよぉ、マーカス。最近、妙なF級パーティーが来たんだってよ」
「なんだよウィリー。妙って、どういう風に妙なんだ?」
「なんつーかなぁ……。例えばお前、迷宮探索に成功したらどうする?」
「どうするって、どうもしねえよ。普通に素材とか魔石を換金して、飲んで食って、次の冒険に備えるとか」
「飲んだり食ったりするよなぁ。パーティーの仲間と」
「まあ、そうだな。冒険が終わった後は一緒にメシ食って酒呑んで成功を祝うのが、冒険者の常識って奴だな」
二人の冒険者の言葉は事実だ。
冒険者パーティーは「絆」や「和」が美徳とされる。
家族のように支え合うのが冒険者パーティーの理想だ。
また、チームワークの良さをアピールするために冒険者ギルドに併設された酒場で一緒に飯を食い、酒を飲むことは常識のひとつだ。不和ばかりのパーティーは他の冒険者からもギルドの職員からも侮られる。
「悪いな、ちょっと通してくれ」
「ん? ああ……」
マーカスが背後から声を掛けられて、反射的に道を譲る。
だが、後ろを通り抜けた四人を見てマーカスは驚いた。
先頭の男の背嚢には、素材らしきものがぎっしり詰まっていた。
「ヒュウ! ずいぶん儲かってるじゃねえか。何処行ってきたんだ?」
背嚢の隙間をちらりとのぞくと、そこには鬼系の角や狼系の牙といった素材が山ほどある。フィッシャーメンに来る冒険者が獲物にするには難しい相手だが、そこそこの魔力を保有しているために冒険者ギルドの買取額も悪くない。大成功と言って良い戦果だろう。
「羅刹氷穴だよ」
「マジか、たった四人で? やるなぁお前ら」
「サンキュー。換金があるんでまたな」
そして、四人はギルドの受付へとまっすぐ去って行った。
「あんなパーティーが居たんだな、知らなかったぜ。ウィリーは知ってたか?」
「マーカス、あいつらだよ。俺が言った妙なパーティーって言うのは」
「え、そんなに変か? 別に普通だったと思うが」
マーカスが、いぶかしみながらウィリーに言葉を返した。
だがウィリーは、「見てみろ」とばかりに通りすがったパーティーの方へ顎をしゃくった。
◆
「はい、ホブゴブリンの角が83ヶ、羅刹の角が3本、ブリザードウルフの犬歯が36本ですね。それでは……」
冒険者ギルドの職員の女は、ニックの言葉に頷いて硬貨を数える。
そして几帳面に十枚ずつ重ねて並べられた金貨や銀貨が、ずずいっとニック達の方に差し出された。
「48万2450ディナですね、お納めください」
「ああ」
ニックは、頬が緩みそうになるのを堪えながら受け取る。
「よし。それじゃあ打ち合わせ通り、8万2450ディナは薬草や消耗品の代金、それと共用の財布に貯金しておくぞ。帳簿も書いておく。あとで現金との突き合わせもやるから付き合えよ」
「わかったわ」
「了解です、ニックさん」
「ウン」
「それじゃ、10万ずつ分配だ」
ニックがその場で三人に金を渡す。
皆、ほくほくした顔で受け取る。
「冒険に役立つ装備を買うときは相談しろよ。共用の財布から金出すかどうか打ち合わせしよう」
「大丈夫よ、ニック。みんなそのへんケチだからすぐにお願いするから」
「それもそうだな。それじゃあ……」
「「「「 おつかれさまでした! 」」」」
◆
「え? あいつら帰るの? まだ夜にもなってねえのに?」
マーカスが、去って行く四人を見て驚きの声を上げた。
ここは酒場が併設されているので、普通の冒険者は飯と酒をすませて帰るものだ。
冒険に失敗した者でも、それが悟られないように格好つけて一杯だけ飲んだりする。
速攻で帰る人間などそうそう居ない。
「そうだな」
と、ウィリーが頷く。
「酒とか飯とか、頼まねえの?」
「みたいだな」
「一人飯のフィフスかよ……」
「竜戦士の女は、フィフスみたいに一人で食べ歩きしてるってよ」
「流行ってんのかねえ、それ。つーか仲悪いのか?」
「いや、そうも見えねえんだよな。むしろ迷宮で見かけると、チームワークもばっちりなんだってよ。すぐにE級D級に昇級するんじゃねえかってウワサだぜ」
「よくわかんねえなぁ……」
普通の冒険者にとって、ニック達の行動は奇妙に映った。
一人飯のフィフスほどに突き抜けた実力があれば「そういうものだ」と納得する。
たった一人でどんな魔物さえも打ちのめす人外は、普通の物差しで測れない。
だがニック達は、そこまで異常とは呼べない。
実力は確かであり上級に食い込めるポテンシャルはある、しかし化物と呼ぶほどではない。
役割分担して互いの欠点を補い合う、常識的なパーティーだ。
「なあウィリー。なんであいつら、アレで上手く回ってるんだ?」
「わかんねーから妙だって言ったんだよ」
サバイバー達は、周囲の冒険者達から「なんか変な連中だな」と思われながらも、一歩ずつ成果を上げていくのだった。
そして、
◆
「みなさーん! 今日はアゲートの演奏に来てくれてありがとうございまーす!!!」
「「「「「「「「アゲートちゃーんー!!!!」」」」」」」」
迷宮都市の西公園は500人以上を集められる広場がある。
そこにぎっしりと人だかりができている。
誰もが、公園に据え付けられた壇上にいる吟遊詩人に夢中になっていた。
「この日のために新曲を用意しました。聞いて下さい。「蒼のマリオネット」!」
「「「「「「「「おおおー!!!!」」」」」」」」
会場は熱狂に包まれた。
アゲートは、今時人気の吟遊詩人の流行からは若干外れている。
背が小さく、躍動的な演奏をする吟遊詩人が人気だった。
だがアゲートは背が高くすらりとしたパッと見の格好良さと、たおやかな歌声や仕草による可愛らしさが両立した吟遊詩人だ。
そして派手な振り付けや演出にはあまり頼らない。
自分の歌声に絶対の自信があるタイプだ。
むしろ、吟遊詩人というよりも、本来の吟遊詩人に近い。
迷宮都市の吟遊詩人の番付では上位に食い込めるかどうかだが、そのストイックな姿勢に共感する者は少なくない。ニックもその一人だった。ニックは様々な演奏を見るようになった結果、彼女を最も推して応援するようになった。
「生きてて良かった……!」
ニックは、アゲートのトレードカラーである青い色のライトを一心不乱に振り回した。
以前のように、未来を考えずに刹那的な楽しみに浸っているのでは無い。
あくまで、自分の生活費を確保した上で趣味に没頭していた。
前列の席を取るだけでなく、グッズを買う余裕さえもあった。
ニックは、今、生きていた。
そして、同時に他の三人もまた、自分の至高の悦楽を味わっていた。




