小鬼林の冒険 5
ティアーナの杖から打ち出された細い氷柱は、弾丸のようにホブゴブリン達に降り注ぐ。
「グギャアアッ!!!???」
「ナッ、ナンダッ!?」
「にんげんダ!」
片言の言葉でホブゴブリンやオーガが怒りを露わにする。
「へっ、一丁前に喋れるくらいに進化してやがんのか!」
そこに一直線で飛び込んだのが、ニックだった。
たった一人で。
「ちょ、ちょっとニックさん!? なんで足並み揃えないんですか!?」
カランが、出遅れた。
逡巡して、飛び込む前に後ろを振り返ってしまった。
また見捨てられやしないか。
その恐怖を振り払うことができず。
だが振り返った後ろにニックはいなかった。
ニックは前に居た。
カランの逡巡に気付きつつも、飛び込んでいった。
「クッ……!」
出遅れたカランが走り出す。
それを邪魔しようとホブゴブリンがカランの前に立ちはだかる。
切り払った。
その分、遅れた。
「グハハ!!! タッタよにんダケデキタノカ!? バカメ!!!」
「その馬鹿にやられるのが手前だ」
「フン! クラエ!!」
オーガがその大きな棍棒を振り下ろした。
「ニック!!!」
カランが、纏わり付こうとするホブゴブリンを切り払う。
ホブゴブリンが多い。ティアーナだけでは倒しきれない。
割って入ろうとしても、届かない。
そして、悪夢のように凄まじい音が聞こえた。
「ヌウッ?!」
それは、オーガの棍棒が地面を叩く音だった。
ニックはひらりとかわした、だけではない。
棍棒を踏み台にして跳ね、短剣でオーガの二の腕を切りつけた。
「へっ、どうした鬼さんよ!!!」
オーガが怒りで手を振り回す。
ただそれだけで驚異的な威力を誇った一撃となる。
だがそれもニックは難なく避けた。
大振りの腕をかいくぐってオーガの背後に回り込み、がら空きの背中を短剣で突く。
怒りと痛みにもだえたオーガが暴れ回る。
ニックは踊るように、オーガを翻弄した。まるで子供扱いだ。
その意外すぎる光景にサバイバーの仲間達も、ホブゴブリンも、呆気にとられていた。
「ナ、ナンダきさま……? さるヨリモハヤイゾ……?」
「褒め言葉だな、師匠にはノロマって怒られてたからな」
「な、ナニぃ……?」
「オレの師匠のアルガスはあらゆる武器を極めた天才でな。自分の流派は二つ名と同じ【ウェポンマスター】。オレはそれを学んだ」
「うぇぽんますたーダト? たんけんヲツカウダケノこぞうゴトキ!」
「そうだよ。オレは筋肉が付きにくくて、長剣も斧も長弓も、魔物退治に使えそうなもんは物にならなかった。それでも習得した武芸が幾つかある。その一つが……」
後ろに回ったニックを蹴倒そうとオーガが踵でニックを狙う。
だが、待ってましたとばかりにニックはオーガの軸足を全力で蹴った。
鉄板の仕込まれた靴による一撃は大きなダメージを与えられずとも、バランスを崩すには十分だった。
「ガアッ!?」
オーガがニックの目論見通りに転倒した。
重量級の体は足にかかる力も常人の倍はある。
ニックは的確にそこを狙ったのだ。
「ウェポンマスター師範アルガス直伝、短剣術。そして近接格闘術だ」
◆
ニックの獅子奮迅の活躍を見たティアーナが、ぽつりと呟いた。
「……ね、ねえ、ゼム」
「なんでしょう、ティアーナさん」
「ニックって……自分じゃオーガを倒せないとか言ってなかった?」
「言ってましたね」
「その割に、強くない?」
「ですね……」
ティアーナ達はホブゴブリンを倒しながら、そんな立ち話をしていた。
それを見たニックが怒って叫ぶ。
「見てないで手伝えよ! 短剣じゃ限界なんだよ!」
「がんばれば倒せそうじゃない? 格闘ができるなら……骨折るとか首しめるとか」
ティアーナのすっとぼけたツッコミが届く。
「ガタイが良いだけの人間なら骨折るなり首絞めるなりできるが、オーガは体のつくりが違うんだよ! つーか、カラン!」
「お、オウ!」
「オレを助けろ!」
ニックの言葉がカランの耳に届いた瞬間、カランは弾けるように動いた。
竜骨剣がますます軽やかに振るわれる。
今も数体のホブゴブリンが一瞬で倒れ伏した。
「グッ、ガッ!!!??? 人間ゴトキガ……!!!!!」
「あーそうだよ、人間ごときだよ! そろそろやべーっつの!」
ニックは余裕でオーガを翻弄していたわけではない。
全神経を集中して回避と挑発をしていた。
ほんの少し疲労がたまっただけでオーガの一撃を食らいかねない。
そして、一撃でももらえばニックは瀕死だ。
当たり所が悪ければ瀕死どころか「死」もありえる。
だから、
「もう大丈夫ダ……食らエッ……!」
カランの竜骨剣の刀身が真っ赤に燃え上がった。
その余波だけで皮膚が焦げ付くような、凄まじい熱波が広がる。
ホブゴブリン達が怯え、すくみ、動きが止まった。
その隙を逃すティアーナではなかった。
氷の杭が無情にも突き刺さっていく。
気付けば敵は、オーガ一人だ。
「ナッ、ナンダ、ソノちからハ……? ヒッ!?」
そしてオーガが起き上がろうとした瞬間、ニックがすぐさまその場から逃げ出した。
そしてオーガが自分自身の絶対的な不利に気付いたときは、
「火竜斬!!!」
肩から腰にかけて、真っ二つに切り裂かれていた。