軽戦士/追放冒険者/吟遊詩人狂のニック 2
その後は、情けない有様だった。
「ってわけでさ、クロディーヌ。お前のパーティーに入れないかな?」
「……ふーん」
「なんでもやるよ、役立つぜ」
迷宮都市の喫茶店「フロマージュ」は、ニックとクロディーヌの行きつけの場所だった。
クロディーヌは、ニックと同い年の女の冒険者だ。
ニックと同じ軽戦士で、たまたま同じ武器屋や道具屋で買い物をするうちに距離が近づき、恋人となった。ふわりとしながらもきらめくブロンドの髪と優しそうな目に惚れ込んでニックの方が口説いた。
ニックは、クロディーヌの願いをたくさん叶えてきた。デートは基本的にニックが奢ってきたし、金に困ったときは貸してあげた。
二人の絆はパーティーよりも固い。
はずだった。
「はぁー……」
「な、頼むよ」
「悪いんだけど無理。だってあたしの仕事なくなるじゃん?」
「ひ、一人くらい何とかならないか? オレ、斥候役だけじゃなくて前衛で戦うのだってけっこうイケるし……」
「別れよっか」
「え……?」
「だって武芸百般にいないキミなんてただのひょろい軽戦士じゃん」
「えっ……!?」
「実力だけはA級って言われたパーティーに居るんだから凄いんだろうって思ってたけどぉ……追い出されるってことは寄生してたんじゃないの? 今まではちょっとくらい貧乏でもガマンしてあげてたけど、ほんとガッカリだわー」
「ち、違う! そんなこと絶対に……!」
そのとき、ニックとクロディーヌの座るテーブルに、体格の良い男がどかりと座った。
「ニックとか言ったっけ。わかんねーかな」
隈取りのような顔の模様、ネコ科動物の耳。獰猛な金色の目。
強く勇猛と名高い虎人族だ。
「……誰だよ」
ニックは尻込みもせずに睨む。
それを見て、虎人がつまらなそうにフンと息を吐いただけだ。
ニックの質問に答えたのは虎人族の男ではなく、クロディーヌだった。
「うち、【鉄虎隊】のリーダーのレオン。けっこう強いんだよ?」
「レオンだ。それでよぉ……ウチの可愛い斥候役が困ってんじゃねえかよ。どういう了見だテメェ?」
「困らせて……って、そうじゃねえよ。彼女にちょっとお願いをしてるだけで」
「カノジョ? やめてよねそういうの。ねえレオン助けてよ。この人しつこいの」
「はぁ!?」
クロディーヌの言葉に、ニックは驚きと怒りの声を上げた。
「なんだテメエ、オレ様の女に手を出したのか?」
「なんだと! クロディーヌは……!」
だが、ニックはそこで気付いた。
レオンとか言う男に下げられたタリスマンの輝きに。
これはただのアクセサリではない。
呪いや属性攻撃に対する防御を強める、れっきとした防具だ。
そして、
「……なんで、テメエがそれを付けてやがる」
「ああ、これか? 彼女からの贈り物だぜ」
レオンがせせら笑いながら答えた。
だがそれは、ニックがクロディーヌにプレゼントしたはずのものだった。
「てめぇ……!」
「おう、ケンカするか? 良いぜ、かかって来いよ。だがわかってんだろうな、こんなところで殴り合いしてタダで済むと思うか?」
ニックが立ち上がったのと同時に、後ろから数人が立ち上がった。
殺気がニックの背中に突き刺さる。
「あー、そういうことかよ……」
既にニックは、男達に囲まれていた。
革鎧を着て剣を腰に差した、見るからに冒険者風情の男達だ。
既にそこにいたということは、最初からニックを脅すつもりだったのだろう。
おそらくニックが【武芸百般】から追い出されたことを知り、別れさせるために。
つまるところ、クロディーヌはニックから搾り取れるだけ絞るために付き合っていた。
だが今ついに、捨て時が来た。
ニックはそれを理解してしまった。
「ニックって、アクセサリの鑑定は便利だったからね、意外とプロにやらせると高いし。このタリスマンも値段は安かったみたいだけど効果はばっちりだからさぁ、ありがとうね。……でも、もう良いや」
クロディーヌの嘲笑で、ニックは自分の全身から力が抜けるように感じた。
オレは、騙された上に、騙す側からも不要になったのだ。
「つーわけだからよ。帰れよ。今なら見逃してやっから」
「バイバーイ」
そのあからさまな態度に、ニックは殴ろうという気力さえ失われた。
こいつらに何を言っても通じはしないだろう。
無力感、徒労感、絶望。
そんな負の感情がニックを支配していた。
◆
その後は、ますます情けない有様だった。
ニックにはあまり趣味らしい趣味が無い。
一人のときも訓練や武器の手入ればかりだ。
下戸で、酒もあまり飲めない。
キレイどころのいる酒場に通う趣味も無い。
相手をしてくれる女に同情して逆に堅苦しさを感じる性格だったし、そもそも彼女が居た。ついさっきまでは。
彼女……クロディーヌとのデートも基本的に彼女の要望を叶えるばかりだった。
ニックが振り返って考えてみると、体の良い金づる扱いされていただけだった。
借金もどさくさで踏み倒されたとニックは今更気付いた。
そんな鬱々した気持ちを晴らす方法が、ニックには少なかった。
だが唯一、童心に帰って楽しめるものがあった。
「ああー♪ 旗をきらめかせー♪ 聖女は闇を振り払いー♪」
「キャー!!!」
「うおおおー!!!」
吟遊詩人の演奏だった。
高名な吟遊詩人は、酒場ではなく公園や広場を貸し切って活動する。
拡声の魔道具を使い美声を披露するので、野外からでも聞こえるときがある。
だが、目で見えるほどに近付くためには高額なチケットが必要だった。
今までニックは金を惜しみ、会場外から漏れ聞こえる音だけで満足していた。
だが今は、やけっぱちになっていた。
ニックは立派な吟遊詩人狂になっていた。
「いえーい♪ みんなノってる―!?」
「ラピスちゃーん! サイコー!」
ニックは手元に残った金を惜しげも無く使い、我を忘れて吟遊詩人の声に聞き入り、応援の声を上げていた。
今日のライブの主役は、王都で名を馳せた旅の吟遊詩人ラピスラズリだ。
謎めいた瑠璃色の髪。
しなやかな体。
それを包むきらびやかな衣装。
普段は朴訥とした振る舞いだが、一度歌を始めると印象が一変する。
幼く舌ったらずな声、格好良い声、可愛い声。
千変万化する歌声に誰もが驚き、聞き惚れる。
そして、惜しげも無く投げ銭を出した。
吟遊詩人ラピスラズリが去ったら、今度は別の吟遊詩人の演奏に顔を出した。力の限り応援し、投げ銭を出した。
しかし、そんな自堕落な生活が続くはずもない。
ニックがようやく冷静になった頃には今まで貯めた金をほぼ使いつくしていた。
もとよりそこまで遊ぶ余裕などは無かったのだ。
残りの金額から計算すれば、底辺ランクの宿屋で食事して寝泊まりして終わり……という有様だ。
「くそっ……そろそろ、働くか」
◆
ニックはようやく、動き出した。
だが働くと言っても、ニックができる仕事は冒険者くらいだ。
色んなスキルを持ち合わせてはいても、確実に稼ぐとなると今までやってきた仕事が一番だ。
そこでニックが足を運んだのは、冒険者ギルドの中でも駆け出しが集う支部『ニュービーズ』だった。
この街での迷宮探索は、一人では許可されていない。
二人でも相当の実力者でないと許可がおりない。
基本は、4人以上のパーティーだ。
この『ニュービーズ』は、パーティーを結成できていない新人冒険者をスカウトしたり、あるいはどこかにスカウトされたりする出会いの場としての機能もあった。
ニックはそこで誰かに声を掛けようと思った。
古巣のパーティー【武芸百般】は強豪として知られていた。
その経歴を明かせば、きっと受け入れてくれるパーティーはあるはず。
それでも、誰かに声をかけようとした瞬間、声が出なかった。
怖かったのだ。
「お前はもう要らない」という言葉の棘が、心に突き刺さったままだった。
結局ニックは、誰にも声を掛けることができないまま冒険者ギルドをうろうろし、営業時間が終わってギルドから締め出された。
「はぁ……」
ニックは溜め息をつきながら、隣の酒場へと入った。
ここは最低限の飯と酒だけを出す、新人冒険者向けの店だ。
近くのテーブルでは、結成したばかりの若い冒険者がはしゃいでいた。
「あんた一人? その空いてるテーブル座りな」
店員に面倒くさそうに案内されたテーブルに座り、一人分の飯を頼む。
野菜くずの入った大麦の粥と、水で薄めに薄めたエールだ。
塩すら大して入っておらず、美味くもなんともない。
だが駆け出し冒険者達はそれをさも最高のごちそうであるかのように食べていた。
「パーティー結成に、かんぱーい!」
「よろしくな! 前衛は俺に任せてくれ!」
「頼んだよー! わたしは神官見習いだけど、回復魔法は得意だから!」
そんな風にはしゃぐ冒険者が、ニックには眩しすぎた。
何も考えずにひたすら飯と酒が来るのを待つ。
すると、店員がニックの方に近づいてきた。
ようやく来たか……とニックは安堵したが、店員は手ぶらだった。
「お客さん、相席で良いかい? カウンターが埋まっててな」
「ん? ああ」
ニックが座るテーブルは、あぶれた一人客を押し込めるためのテーブルだったようだ。
他にも一人客が流れ作業のように押し込まれていく。
4人がけのテーブルはあっという間に埋まった。
(話しかけられたら面倒くさいな……。
こんな店で一人だなんて、訳ありだろうし……俺もだが)
ニックは、同じテーブルに新たに案内された3人をこっそり横目で眺めた。
どいつもこいつも変な奴だとニックは思った。
一人目は、栗色の髪の上品そうな女だ。
魔術師のローブを着ているが、袖から覗かせる腕は細く全体的に小柄だ。
ローブも杖も高級そうで、おそらくは貴族か高級商人の娘あたりだろう。
一方で、その気品や麗しさを帳消しにするものがあった。
とんでもなく目つきが悪いのだ。
笑顔になれば絶世の美女であろうと思われる。
だが今は、突然ナイフで誰かを刺し殺しそうな凄みがあった。
周囲の酒場の客もその危うい空気を察してか、誰も声をかけようとしなかった。
二人目は、赤い髪の竜人族の女だ。
二本の角と尻尾、そして腕を覆うウロコはまさに竜人族の特徴だ。
傷だらけの革のジャケットの下には、ちらりと革鎧が見える。
前衛の戦士なのだろう。
彼女の外見は、野卑さと女性的な美しさが両立していた。
胸は大きく、腹筋は美しく、見るものを魅了する美しさがある。
強く美しい竜人族も引く手数多のはずだが、誰も声をかけない。
女と同様、ひどい目つきをしていた。
今にでも誰かをぶん殴りそうな、そんな凶相を浮かべていた。
三人目は、神官らしいのっぽの美男子だ。
が、この男もどこかおかしかった。
神官は普通、回復魔法を唱えるための聖典を持ち、カソックという長袖の黒服を着ている。
だが、肝心のメダルを首に提げていなかった。
これは細かい形状の違いでどの宗派に属しているかを示す、大事なものだ。
これが無いということは、おそらくは破戒僧。
破門されてメダルを没収されたのだろうとニックは推測した。
それを裏付けるように、男からはどこか化粧臭さが漂っている。
おそらくは女の居る酒場か娼館からの帰り。
少なくともニックの知る限り、娼館通いを許す神殿など無い。
周囲の客もおかしさに気付いたのか、人気職の神官だと言うに誰も声をかけようとしない。
ニックは自嘲気味に口元に笑みを浮かべた。
自分もこいつらに負けず劣らずひどい顔をしているのだろう、と。
そして誰もしゃべらないテーブルに、ようやく店員が酒と飯を持ってきた。
店員の「どうぞごゆっくり」という嘘くさい声に、誰も返事をしない。
ニックは、ぬるいエールを一息に飲み干した。
そして、今までたまりにたまった苛々した気分が思わず声に出てしまった。
「「「「人間なんて信用できるか!!!!」」」」
……ん?
なんか今、ハモったぞ?




