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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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白仮面再び 4

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 ニックたちが密談を交わしている間にも、危機が訪れていた。


 カランの挑発に激昂したガロッソが加減を止め、カランは体が宙に浮くほど蹴り飛ばされる。それを見た瞬間、スイセンは我を失った。義妹は死んだと思った。ニックも怒りに我を失いかけた。そこをキズナが二人の手を取り、繋ぎ止めた。


「その怒りを目の前の相手に向けよ……行くぞ!」

「あの男……生かして帰さないわよ……!」

「当たり前だ!」

「《合体ユニオン》!」


 そして二人の怒りと竜王宝珠の力が、さして深い繋がりのないニックとスイセンの《合体ユニオン》を可能とした。


「「ぐうっ……!」」


 そこに現れたのは、青い髪をした精悍な竜人族だった。


 カランとニックが《合体ユニオン》したときと同様に、白く煌めく鎧を纏い、肘から先は鋭利な鱗に覆われている。だが鱗の色は濃紺であり、スイセンと同じ色をしていた。


『長くは持たぬ、一瞬で決めよ!』

「「わかってらぁ……!」」


 だが、もっとも大きな違いは絆の剣の形状だ。


 剣というよりも、長大な槍であった。


 刃の長さは普段より若干短い。

 そのかわりに柄がまっすぐに伸びている。


 それをニック/スイセンは担いだ。

 左手をまっすぐに伸ばして狙いを付ける。

 右手は渾身の力を込めながら柄を握りながら後ろに引く。


 視線の先にあるのは、ガロッソだ。

 怒りと力を一点に集中する。


 その視線の先にある邪悪なるものを完膚なきまでに殺せますように。


 純粋な殺意は祈りに似ている。

 祈りは時間を引き伸ばすかのような集中をもたらす。

 瞬きよりも僅かな時間に渾身の力を込める。

 何百キロ離れていようが当たるという確信が、ニック/スイセンの全身に漲る。


 そして槍は見事に、ガロッソの体の中心を貫いていた。







 そしてようやく、すべてが終わった。


 ガロッソの聖衣は再生することはなく半壊したままだ。

 白い仮面は3分の2ほどが崩れ落ち、くたびれた顔と無精髭をのぞかせている。

 そして、それらよりも雄弁に結末を告げるものがあった。


 ガロッソの体の中心に空いた、拳よりやや大きい程度の風穴だ。


「聖衣の核は完全に破壊された。自爆の心配も無い。……あと数分で生命維持機能は停止し、そのときおぬしは完全に死ぬであろう」


 キズナの言葉は、端的で簡潔だった。

 嘘の介在する余地のない冷徹なまでの事実に、ガロッソは皮肉げな微笑みを浮かべた。


「だそうだ。何か言い残すことはあるか」


 ニックの声には、重苦しい気配が立ちこめていた。

 すでに《合体ユニオン》は解除されている。

 槍となった絆の剣を投擲した瞬間に、《合体ユニオン》を維持できなくなっていた。


 体力は当然ごっそりと失われ、スイセンは気を失って倒れている。ニックが立っているのも残り僅かな意地と根性を振り絞っているからで、これ以上の戦闘などできそうもなかった。


「……へっ、なんでえそのつらは」

「馬鹿野郎。元パーティーメンバーを殺したんだ。気持ち良いはずがねえだろう」

「こっちはお前のメンバーを殺した……あれ、死んだっけ?」

「誰も死んでねえよ。カランも生きてる」


 カランは今、治癒を受けていた。

 ゼムが治癒魔術を使い、太陽騎士アリスが包帯や薬を準備している。

 外傷は激しいが、それでもカランの命に別状はなかった。


 またベロッキオも無茶をして魔術を放ったせいで倒れてはいるが、危機は脱した。

 完全に、ニックたちの勝利であった。


「どんだけタフなんだよあいつ……しかし暗殺家も廃業だな」

「……なんでだ」

「なんでって、なんだよ」

「なんでそんなクソみてえなおべべ着てやがるって言ってんだよ」

「格好良いじゃねえかよ」

「クソだせえ。似合わねえ。なんだそののっぺらぼうみてえな仮面は。……つーか、そういう話じゃねえよ。なんでお前、アルガスに相談しなかったんだ。何か事情があるんだろう」


 そのニックの詰問を受けて、ガロッソは黙った。


 それは、気まずさや罪悪感による沈黙ではなかった。

 ガロッソの目に浮かんでいたのは、哀れみだ。


「ああ……そうだよな。お前は知らなかったよな」

「何をだ」

「俺は何も、昨日今日、暗殺家業を始めたわけじゃない。元々だ」

「……なんだと?」

「暗殺者としての腕を見込んで俺はアルガスに拾われた。ここ数年はずっと休業中だっただけだ。いや、足を洗うのに失敗したって感じだな……。俺も、お前以外のメンバーも、アルガスも」

「嘘を吐くな!」

「嘘じゃねえ。この鎧をもらったのだって、単に魔神崇拝者がお得意様だからだよ。ま、俺の場合はたまたま先祖代々の借金があるから着ざるを得なかったってところも大きいんだが」


 ニックは、驚きのあまり黙った。


 ガロッソの首をつかもうとしたが、あまりの体力の消耗に手が空を切り、体勢を崩して転びかけ、膝を地に着けた。それをガロッソが笑おうとして、げほげほと咳き込む。


「あー、苦しい……。つーか大体おめえよぉ。気付かなかったのかよ。おめー魔物と戦う冒険者なんだぜ。人を殺すための短剣や格闘が上手くってどういう意味があんだよ」

「そっ、それはオレの体に……」

「お前の体に合ってた? 確かにその通りだな。人間、適正っつーもんがある。……じゃあアルガスみてえに強いやつが格闘を極めてる意味はなんだ?」

「そういう流派だからだろうが」

「なんでそういう流派だと思う? 素手で魔物はブッ殺せねえが人間はブッ殺せる。そういう意味だぞ」


 ニックがガロッソを睨む。

 だが、死を目前にしたガロッソは淡々とした調子だ。

 ガロッソが嘘をついてるとは、今のニックでさえも思えなかった。


「良いか。アルガスには二度と会おうとするな。もし会ったら全力で逃げろ。俺たちは、お前以外は、そういう人間だ。俺から言えるのはそれだけだ」

「意味がわからねえ」

「いい加減気付けよ。【武芸百般】は、そういうヤクザ者だったんだよ」


 ニックは、舌打ちをして睨み付ける。

 だが、それ以上の質問はできなかった。

 情報を受け止め切れずにいた。


「……後は、なんかあるか」

「なんか?」

「女に伝えたいとか、なんかねえのかよ」

「女はもう懲り懲りだ。酒ももう良いわ。借金増えるばっかでよ」

「なんでそれをもっと早くに気付かねえ」

「うるせえな……ああ、そうだ……二つ思いついた」

「なんだ?」

「お前……奇門遁甲ステッピングを覚えたな?」

「ああ」

「それは【武芸百般】の中伝にゃ必須の技術だ。アルガスはいねえから、代わりに言ってやるよ。合格だ」


 中伝とは、流派・武芸百般における位階だ。

 初伝、中伝、奥伝の三つによって構成されている。

 ニックは初伝という一番下の位をアルガスから貰っていた。


「知らねえよ。もう破門されてる」

「落第生かよ……ああ、そうだよな……。俺が嵌めたようなもんだったか」

「ああ、お前のせいだよ。で、他に言い残すことは。あと一つあるんだろう」


 ニックの催促に、ガロッソが息を吐いた。

 煙草でも吸っているかのように、大仰な息だ。

 苛つきを抑えてニックは待った。

 これが最後の言葉だろう、静かに聞いてやろうと、心を落ち着ける。


「……あんとき、財布から金取ったのは俺だ。悪かった」

「それをもっと早く言えよ馬鹿野郎が!」


 だが、予想外の言葉にニックは激昂した。


「アルガスにとっちゃ……都合が良かったんだよ、お前を追い出すのに。ただ……お前が聖剣所有者になって狙われることになったのだけが……誤算だった……。まあ……そういうこった」


 妙に、ガロッソの言葉が間延びしていく。

 まるでバネ仕掛けの人形が止まるかのように、力を失っていく。


「おいガロッソ!」

「ニック……」


 ガロッソに掴みかかろうとするニックを、キズナが止めた。


 そこには、うつろな目の男の死体があるだけだった。




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[良い点] ここまでの武芸百般の存在はニックの追放をした悪いイメージを持ちながらも、ニック自身は心から憎む気になれず、さらに実力は認めているという絶妙な関係が好きでしたが、今回の話でよりその思いが強く…
[良い点]  各章のタイトル名が絶妙過ぎる! 今回もいい意味で予想を裏切られました。  ストーリー作りの巧さも、なろうではトップクラスだと思います。 [一言]  アルガスがニックを追放した本当の理由が…
[良い点] アルガスの台詞とか諸々意味変わってくるなこれ [一言] 単位を得る落第生ってのはそういうことだったのか……
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