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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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恥知らずの剣 2




「ニックさん!!!」


 ゼムが叫んだ。

 全員、あまりの状況の変化に混乱していた。

 ベロッキオが斬られ、ニックが突き落とされた。

 どちらのパーティーも一瞬にしてリーダーを失った。


「やってくれたナ……!」


 一番先に立ち直り、行動に出たのはカランだった。

 《合体ユニオン》による疲労が抜けきらない体に鞭を打ち、ガロッソまでの最短距離を駆ける。

 オーガでさえも真っ二つにできそうなほどの斬撃を放つ。


「ああ、くそっ! ニックの野郎……なんてパーティー組んでやがる……!」


 ガロッソが避ける。

 だが、カランは猛攻を続けた。

 カランの一撃一撃はどれも必殺の威力で、ガロッソも打ち合いを避けた格好だ。


「マーカス、行くぞ!」

「応!」


 そこにマーカスにウィリーが援護に入った。

 カランを援護し、ガロッソの退路を塞いでいく。


「儂はニックのところに行く! 誰か着いてくるのじゃ!」


 キズナの言葉に、ゼムが周囲を見渡し、どうすべきかを考える。

 状況は一刻を争う。

 結論はすぐに出た。


「ティアーナさん、警戒をしてください! 一人ではないかもしれません! スイセンさんは……ニックさんを頼みます!」

「か、彼……大丈夫かしら……」

「この下は崖になってます、どこかに引っかかってる可能性は……ニックさんならあるはずです!」


 ゼムが倒れたベロッキオに駆け寄りつつ指示を飛ばした。

 スイセンは逡巡し、不安げに倒れたベロッキオを見る。

 だが、迷ってる暇は無いとすぐに気付いた。


「そこな竜人族の娘! 行くぞ!」

「わかったわよ、ベロッキオさんのこと頼むわよ!」

「そっちこそニックをお願い!」


 ティアーナが魔導弓を構え、周囲を警戒する。

 ゼムがベロッキオに駆け寄り、意識や呼吸、そして傷の具合を確かめる。


「ぐっ……だ、大丈夫です、死んではいません」

「喋らないでください! 深傷ふかでですよ!」


 青い顔をしたベロッキオを黙らせる。

 一瞬さえも無駄にできない。

 ゼムは全神経を集中して治癒魔術に取りかかった。







 カランには悪い癖がある。


 いまいちわかっていないのに「わかっタ!」と言ってしまうことだ。カランは子供の頃から親に「返事は大きく」と言われてきた。威勢の良さや元気の良さは何よりも勝る正義だった。だからつい、反射的に言ってしまう。


 なんとなくニックもそれを察していて「わかんねえときはちゃんと聞け」と、事ある毎に言っていた。そして素直に質問したときや、ちゃんと理解できたときは、ニックは褒めた。からかうこともあったが、不出来であることを侮辱したりはしなかった。ゼムもティアーナもニックの教育方針を尊重し、合わせていた。


 カランは、深く考えることを覚え始めた。本当の理解と納得が得られたとき。自分なりの答えを自分の中で導き出せたとき。普段の威勢の良さは鳴りを潜め、カランの心に静寂が生まれる。


「へっ、お前のリーダーを助けなくて良いのか? 復讐の方が大事か? 竜人族ってやつぁ獣と変わんねえな。ニックの奴も可哀想に」


 ガロッソが、向かってくるカランをせせら笑った。

 だがカランは、怒鳴り返すことなくガロッソの目の奥を静かに見つめた。


「助けようとしたら斬り付けてくるだロ。ニックとベロッキオだけを殺したかっただけなら、下手くそな狩りダ。一人になったときを狙わなかったのはなんでダ?」

「……へぇ」


 ガロッソは逃げる素振りを見せてはいるものの、殺気を抑え切れていない。

 こちらの隙を窺い、殺す機を狙っている。

 ニックを突き落としたことさえも利用しようとしている。

 挑発も、目的あってのことだ。

 単純な悪意ではない。


 だが、挑発が効いていないわけではなかった。

 むしろ怒りに燃えている。


 その怒りをどういう方向に向けるか。何のために使うか。


 カランにとっての最優先事項はニックを助けることだ。

 だからこそ、目の前の男を殺さなければならない。

 救助に向かっている仲間に危害が及ばないように、最速かつ確実に仕留める。


 怒りをそのために使おうとカランは決めた。


『感情をコントロールするっていうのは我慢することじゃねえ。感情をどういう方向で吐き出すかを考えるってことだぜ』


 カランの頭の中で、何かが噛み合った。


 これまでカランは魔物や敵と戦うとき、父に習ったことを繰り返しているだけだった。

 父から習ったように剣を振り、魔物を倒す。

 火竜斬など必殺技にしても、忠実に放った。


 それは、最初のパーティー『ホワイトヘラン』に裏切られた後も変わらなかった。

 人の悪意、人の恐ろしさを知って、人への疑り深さを覚えた。

 そしてニックたちと出会い、疑り深さを用心深さへと昇華することができた。


 それでも流儀スタイルは一切変わらなかった。


 だが、【サバイバー】の一員として冒険し、様々な仕事をこなし、ニックが死んだかもしれないという状況に陥り、変化がもたさられた。


「しゃッ!」


 カランが猛攻を仕掛けた。


 だが、今までのような力技や大振りの一撃必殺ではなかった。コンパクトかつ静かに狙いを定めて剣撃を繰り出している。そして相手の繰り出した斬撃は受け止めず、するりと避ける。


「へっ、怖気づいたか?」

「剣は振らなきゃ何も斬れなイ」

「そりゃそうだ」

「お前は背中を斬っタ。斬るためには『近付いて振り下ろす』ってことをしなきゃいけなイ。だからお前のやったことは風の魔術で真空の刃を飛ばすようなものじゃなイ」

「……!」

「ベロッキオは、受け止めたから背中から斬られタ?」


 カランの言葉に、ガロッソが反応した。

 距離を取り、にやついた微笑みを止める。

 演技の仮面が外れた。


「御名答だ。秘剣『恥知らず』。剣と剣が打ち合って鍔迫り合いになった瞬間、敵の背後に『斬撃の続き』を発生させる暗殺技さ。いや……ひでえ剣だ。卑怯もここに極まれりってやつだな」

「お前が言うナ」

「だがひでえ剣ってこたぁ強い剣ってことだ。種明かしされても十分に使いようはある。例えば」


 ガロッソはそう言い、カタナを鞘に納めた。

 その瞬間、カランは全力で横に飛んだ。


 カランが立っていた場所に鋭い風が吹いた。

 烈火のようなカランの髪が、ほんの少しだけ切断されて地に落ちた。

 ガロッソが、斬撃を飛ばしたのだ。


「ニックから聞いてやがったか……だが!」


 斬撃による遠距離攻撃。

 ガロッソの特技の一つだ。

 カランはニックからそんなことを言われたような気がしたが、ほぼ忘れていた。

 相手が自分をどうしたいか想像して、それに身を任せただけだった。

 距離を取って避けるのではなく、動かざるを得ない状況を作りたいはずだ。

 そして次の攻撃こそ本命だ。


「ぬるいッ!」

「なっ……!?」


 ガロッソがカランの移動した先で待受け、袈裟懸けに斬り付けようとしていた。


 だがカランはそれを予測して正面から打ち破った。

 ガロッソよりも速く、鋭く、そして重い一撃を放ち、ガロッソを弾き飛ばした。


「がっ……ばっ、馬鹿力かよ……!」


 鍔迫り合いになるよりカランが一瞬速く振り下ろしたために、ガロッソの斬撃は中途半端な状態で終わった。背中側のジャケットと皮一枚には届き、カランの背中から鮮血が流れる。だがその下の、肉と骨に到達することはなかった。


「振り切れなけりゃ、こうなル」

「いや……それがわかっても、やるか普通……?」


 秘剣『恥知らず』。

 斬撃の「続き」を発生させる暗殺剣だ。

 これを知らない敵は背中を斬られる。

 知っている敵も回避による防戦を強いられ、やがて斬られる。

 どんな状況でもイニシアチブを取れる強力な技だ。


 だが、「背中を斬られても構わない」という覚悟を決めて迷わぬ一撃を撃てる者には通用しない剣でもあった。




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[気になる点] ニックは斬撃避けてるよ?
[気になる点] カロンが 「ベロッキオとニックは、受け止めたから背中から斬られタ?」 とガロッソに聞いていましたが、139話では斬撃は躱して蹴りを食らっていました。 これって、秘剣の理を蹴りにも応用し…
[気になる点] もしかしてこれ、金の管理を全部ニックがやってたからパーティーの財布破綻したとか?金をきっちり締める奴が消えて浪費癖だけが残って、いつの間にかC級が適正ですらなくなっていて、非合法な仕事…
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