恥知らずの剣 1
ウシワカがニック/カランを完全に仕留めた。
そのはずだった。
「「悪いな」」
気付いたときには、絆の剣がウシワカの体を腰から脇にかけてするりと斬り払った後だった。荒ぶる炎が逆巻く剣からは想像もつかないほど、静かで残酷で、決定的な一閃であった。
真っ二つにされた胸から頭にかけての部分が、どうと地面に落ちた。
「……なぜだ」
もはやすぐに息を引き取るであろうウシワカが、ぽつりと呟く。
「「言って良いのか?」」
「うむ、聞かせよ」
「「純粋に力負けだ。どんなに変幻自在に動いても、速さの底が見えたならあんまり意味はない。むしろ体に振り回されてる分こっちはやりやすい」」
「では、どうすれば良かったと思う?」
「「そうだな……お前は、進化したばかりで自分に何ができるのかを知りたがっていた。あのまま逃げ続けるのが正しいってわかったのに、欲を出したな?」」
「仕方ないであろう」
「「まあ……仕方ないな。もう少し年季の入った魔物なら、我慢が利くとは思うが」」
「儂は若造か」
「「魔物としてはな」」
「しかし……出し惜しみできる状況だったと思うか?」
「「まさか」」
「結局戯れ言ではないか……。ははっ。結局魔物らしいことは少ししかできなかったな」
愉快げにウシワカが笑った。
ひとしきり笑った後、うつろな顔になった。
もはや目はニック/カランを見ず、空をぼうっと眺めている。
「最後にもう一つ頼みがある」
「「なんだ」」
「それはな……」
そのとき、後ろから動くものがあった。
はっとしたときには、ニック/カランは出遅れていた。
「「なにっ!?」」
「魔物相手に油断する貴様も若造よ……! お互い慢心が過ぎたな!」
ウシワカの下半分の体……腹から足にかけてが動き、ニック/カランの体に蛸のように絡みつく。
「者共、今じゃ!」
その瞬間、グレートオーガたちが猛烈な勢いで襲いかかってきた。
だが、それさえも結果が見えていた。
「ガッ!?」
「グウッ!」
後ろで見物していたはずのベロッキオが、すでに何本も槍や剣に魔力を込めていた。
それを速射砲のごとくスイレンが投げ飛ばし、次々とグレートオーガを倒している。
ティアーナもまた魔導弓に戦輪をセットし撃ち出す。
そして他の面子もまた、最後の猛攻を止めるべく動き出していた。
「おお……おお……。これが、負けいくさか」
ウシワカが呟き、そして今度こそ力なく息途絶えた。
◆
「……不思議な奴だったな」
ニックとカラン、そしてキズナは変身を解いて三人に戻った。
そして全員、祈りを捧げて採取作業をする。残留する魔力がずいぶんと強い。これはB級やA級の迷宮のボスにも劣らないだろう。賞金とは別に討伐部位の換金がなされるため、大金になる。
普段の冒険の成果であれば、ライブチケットもグッズも買えるとニックは喜んだところだ。だが今のニックは妙に感傷的な気分だった。
通常の獣退治や魔物退治ではない。純粋に武術家と手合わせした後のような爽やかさと寂しさを覚えていた。
「そういえば《合体》って自然と使えたよな。あれって魔術の範疇じゃないのか?」
「普通の魔剣ならいざしらず、我のような聖剣を抑え込むほどの結界ではないぞ。そういう小賢しい結界やらを吹き飛ばせるレベルに高めることが我らのコンセプトの一つじゃからして」
「あー、そういえばそんなこと言ってたな」
「聖剣ですか。なるほど、それならば納得です」
ニックとキズナの会話に、ベロッキオが混ざった。
「ま、色々あってな。聞きたいか?」
「それはもちろん。ですが……ひとまず街に戻りませんか? 流石に腹も減りました」
ベロッキオの言葉に、ニックは笑って頷いた。
「本当に疲れたぜ、ったく」
「これで200万の仕事では割に合いませんな。討伐部位はそれなりの金額になるにしても、もう少し交渉して釣り上げませんか?」
「よし、搾り取れるだけ搾り取るか」
全員がまったくだと笑い、下山を始めた。
ボスを倒したために魔物の動きが大人しい。魔物に襲われたら足を滑らせる危険のある山道も、帰り道に限れば安全だ。仮に現れたとしても、ソードマンティスのいたすり鉢状の地形から下に現れる魔物は小物だ。転倒したり、体を冷やして風邪を引く方が危険とも言える。
ニックたち【サバイバー】五人、そしてベロッキオ率いる【ワンダラー】四人。
揃いも揃ってベテラン冒険者ばかりだ。
だというのに全員、この瞬間、油断していた。
その油断を、静かに狙う人間がいた。
「お命頂戴!」
鬼、ではない。
明らかに人間の男だ。
恐らくどこかの岩場に潜んでいたのだろう、男は驚くほど近い距離にいた。
ノゾミ国の和装とズボンを合わせた珍しい出で立ちをしている。面長な顔立ちで、ニックとは少し髪質の違う黒髪。そして得物はカタナだ。すでに鞘から抜き払っている。ニックがその男に気付いたときには、驚くほどの近さにいた。
「……ガロッソ!?」
【武芸百般】の一人であり、元はニックの仲間。
アルガスの弟子にしてカタナ使い、ガロッソだ。
そして今は、騎士殺しの容疑者でもある。
こんなところを一人で挙動不審な行動を取ってるのは何故だ。
そんなのは決まっている。
怪しく後ろ暗い仕事をしているからだ。
ニックは一瞬で様々なことを悟った。
ああこいつ、やっぱり暗殺稼業に手を出していたのかと。
そして更に「こいつバカじゃねえの?」とニックは思った。
狙いが見えすえている。ベロッキオだ。いくら魔術が使えない環境だとしても、大振りの上段が決まるほどベロッキオは甘くはない。近接の攻撃をいなす程度のことはできるし、味方もいる。今もスイセンが迷いのない動きでベロッキオを守ろうとガロッソの進路を塞いだ。ここまで近付いたならば、せめて背中側から襲いかかれば良いものを。
だがガロッソは、立ちはだかったスイセンを奇妙なステップを踏んで抜いた。
重力を無視したような歩法。
奇門遁甲。
それもニックより数段上の技量だ。
ガロッソはまるで霞のように捉えどころのない動きでベロッキオの正面に立った。
「何者ですか!」
ベロッキオが、ガロッソの斬撃を防いだ。
用心深く、懐に一本の剣を隠し持っていたようだ。
金属と金属のぶつかり合う、甲高い悲鳴のような音が響いた。
響いたはずだ。確かに全員、それを耳にしていた。
肉が断ち切られる音ではなかった。
「ぐっ……!?」
「一丁上がりっと」
だが、ベロッキオは斬られていた。
正面から斬撃を受け止めていながらも、何故かベロッキオは背中から血を流し倒れた。
「……ふぅ。この爺さんが一番厄介だったがこれで良し。後は本命の仕事と行くか」
「手前、ガロッソ! 何してやがる……!」
ニックが短剣を抜いてガロッソへと距離を詰めた。
「何しやがる? お前、襲いかかる奴に問答しろってアルガスに教わったか?」
「うるせえ!」
ガロッソがカタナをニックに向けた。
ニックに、動物的な勘が走った。打ち合ってはいけない。ガロッソは今、何をやった? ベロッキオは確かに剣撃を防いでいた。からくりがあるはずだ。剣に触れずにガロッソを制するしかない――そこでニックが選んだのは徒手空拳での制圧だった。
「格闘自体はお前の方が強い。だが奇門遁甲は俺のほうが上だな」
「なっ……!」
ニックが蛇のような動きでガロッソを絡め取ろうとした。
だがガロッソの体に触れた瞬間、ぱぁんと弾かれた。
この衝撃をニックは味わったことがある。
それはあのときだ。
「……悪いな、ニック」
ガロッソの必殺の斬撃を、ニックはかろうじて避ける。
だがその後に繰り出された蹴りは、静かでありながら大きな威力を伴っていた。
「うあああああああー!?」
弾き飛ばされたニックの体は山道から滑り落ち、遥か下の地面へと落下していった。