千剣峰 6
※お待たせしてすみません。
※3/23コミックス発売、3/25書籍2巻発売です。
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「地」の道はごつごつとした岩肌が続く、なんとも寂しい景色の場所だ。植物もまばらだ。その代わりに、まるで墓標のように剣や槍が地面に突き刺さっている。天の道も似たような有様で、古典に造詣の深い人間は「まるで修羅道だ」と呼ぶ。修羅とは伝承上にのみ現れる魔族だ。常に戦いを求め、戦いに取り憑かれた人や魔族が戦いの果てに修羅に変じ、死後も悠久の時を争いの連鎖に囚われると言う。
が、それはあくまで風景の寂しさゆえに出た言葉であり、魔物の恐ろしさをなぞらえたものではない。この道に現れるオーガは、以前ニックたちが小鬼林で遭遇したオーガほどの強さはなかった。肉体の違いではなく、会話するほどの知能がないために行動が単調だったためだ。
「そりゃっ!」
ティアーナの射出した高速のチャクラムをオーガが食らい、他のオーガはそれに怯えて総崩れとなった。肉体に自信がある魔物は、その自慢の肉体が通用しない敵と遭遇すると途端に狼狽する。これは、鬼などの魔物に顕著に表れる傾向だ。知恵が回るというのは驚異ではあるが、その分つけいる隙もある。
「行きなさい!」
「わかってる!」
ニックが短剣を、カランが幅広な両手剣を、そしてキズナが片手剣を手にしてオーガたちに襲いかかる。三人で戦うときのコンビネーションもほぼ完成しており、以前は苦戦したオーガだがニックの攪乱とカラン、キズナの猛攻によって難なく蹴散らしていく。
「うーん、こんなに簡単だったカ?」
カランはどこか肩透かしに感じたようだった。
「千剣峰の武器自体が千剣峰の魔物の弱点だからな。普通に遭遇するよりも倒しやすいってのはあるだろうよ」
「なるほど」
ニックの答えに納得したカランが生き残ったオーガに襲いかかる。
だがカランの動きは冴え渡っている。
軽やかにオーガがばたりばたりと倒れていく。
気付けば周囲のすべてのオーガは倒れ伏し、あたりに静寂が訪れていた。
「よし、次行くゾ!」
「待て、落ち着け。無理に急ぎすぎるな」
「デモ……」
カランが逡巡している。
確かに、勝負内容を考えるとここからの速度は非常に大事だ。だが、標高が高い。無茶な速度を出すことは逆効果だ……とニックが説明する前に、カランは自分の両手で自分の頬を叩いた。
「……えいッ!」
ぱぁんと甲高い音が響いた。
「ど、どうした?」
「ウン。ごめん、焦っタ」
「そっか……まあ、水でも飲め。みんなもちょっと休め」
ニックの言葉を皮切りに、少し開けた岩場に移動して全員が腰を下ろした。
「そろそろ近いですね」
ゼムが山頂の方角を見て呟く。
火焔鳥峰とはまた違った光景に、全員が何かしら感じる物があったようだ。幽玄で人を寄せ付けない、異界とも言うべき世界の光景だ。
「ここの風景も懐かしいな」
「懐かしいの? ここが?」
ニックの言葉に、ティアーナが呆れたとばかりに肩をすくめる。
「なんだよ悪いかよ」
「別に悪いわけじゃないわ、物好きだなとは思うけど」
「修行目的で連れてかれてな。オーガを相手にさせられてたっけ。オレだけは倒せなくってな。転ばせたり攪乱したりはできたんだが」
「ああ……」
ティアーナが納得するように頷く。ニックは初めてこの【サバイバー】で冒険へ繰り出したとき、オーガを単身で相手していた。とどめはカランが与えたものの、そのお膳立てはすべてニックが整えたようなものだ。それをティアーナ、ゼム、カランは思い出していた。
「立場が変わって、連れていかれる側から連れていく側になったわけね。どっちが楽?」
「別にどっちも楽ってこたぁないけどよ。それにパーティー構成も全然違うし」
「どんなメンバーだったんだっけ?」
「五人だな。リーダーでウェポンマスターのアルガス。剣士のガロッソ。狩人のディーン。重戦士のベリク。それとオレだ」
「……よくもまあ、魔術なしでやるものね」
「今考えるとちょっとおかしかったな……雇おうとは言ったんだが」
「断られたの?」
「そういうパーティーじゃねえって言われてな」
「頑固ねぇ」
「まあ冒険者パーティーっていうより武芸百般っていう流派を教える、みたいなところがあったからな。全員アルガスの弟子みたいな扱いだったし……全員、強かった。強くはあった」
どこか誇らしげな言葉でありながら、ニックの顔は渋かった。それを見たティアーナが苦笑いを浮かべる。
「含みのある言い方ねぇ。まあわかるけど」
「なんかイヤなこと思い出してきたな……素材回収もあいつら真面目にやらなかったし、換金だの人任せのくせに金遣いは荒いし……。特にガロッソって奴が酷くってよ。女遊びするのはともかくヘタクソなんだよ」
「ヘタクソとは?」
ゼムが尋ねた。女遊びと聞いて興味が浮かんだようだった。
「騙されて貢がされて、それでも三日経ったら忘れちまう。女を身請けするんだとかいって貯めた金を持って行かれたこともあったっけな……ま、貯めたって言っても大した金額じゃなかったみてえだが」
「あー……僕が言うのもなんですが、真に受けてはいけない言葉というものはありますからね」
ゼムが苦笑を浮かべつつ答えた。
「あなたもよく我慢してたものね。良いとこあるのそいつ?」
「あんまりねえな……あ、いや、一つあったな」
「あら。どういうところ?」
「修行には真面目だった。ガロッソの奴も自分の剣だけは禁欲的ってところはあったな」
「禁欲的ねぇ」
ティアーナは、どこか歯に物が挟まったような口ぶりだ。
「いや本当だぜ。そうでもなきゃ流石に魔術師抜きでCランクにはなれねえよ」
「イアイだかなんだかの達人だったっけ?」
「ああ」
ニックはそう言って、過去のガロッソとのやりとりを思い出した。
基本的には悪い遊びに付き合わされそうになったり金をせびられたりと悪い意味で冒険者らしい言動ばかりだ。だが時々気まぐれに、先輩らしく教えを諭してくれることもあった。
『なあニック。お前も女遊びくらい経験しねえか? いやだ? なんだよガキだなテメーはいつまでも』
『頼むよ! なあ、ちょっとくらい報酬を前借りするだけだって! 帳尻は合うだろ、なあ?』
『おめー、短剣の研ぎ方がなってねえな。貸してみろ。こうやるんだ、こう』
『仕方ねえなニック。教えてやるよ。虫みたいに硬い外殻に守られてる魔物ってのは、絶対に斬れねえってわけじゃあねえんだ。正しい刃の入れ方を考えりゃ斬れねえものはねえ』
そのとき、ニックに閃くものがあった。
言葉が詰まり、表情が固まる。
「あら、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない……考えすぎだな。それより、そろそろ休憩も終わるか。みんな息苦しさとかはないな?」
ニックの言葉に、全員が問題ないと頷く。
勝負の終りが近い。
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