千剣峰 5
※お待たせしてすみません。
昼の仕事と作家業が共に多忙なものでご迷惑おかけします。
※コミカライズ7話掲載されています! よろしくお願いします!
次の合流ポイントは六合目に存在している。
十分な標高があり、見晴らしが良い。そして見晴らしが良いということは、一歩でも道を違えて足を滑らせれば恐ろしいことになるということだ。合流ポイントは広々としたすり鉢状の地形をしているため普通に歩いている分には落ちることは無いが、戦闘に没頭するあまり落下する事例も存在している。ここでは、常に冷静さを保つことが求められる。
そんな場所に控える魔物は、ソードマンティスだ。人間よりも背丈の大きいカマキリの姿をしているが、腕が鎌ではなく鋭利な剣になっている。また通常のカマキリとは違って腕の可動域が広く、左右二本の剣を自由自在に操って襲いかかる。
しかも、ただ近距離を攻撃するだけではない。腕に生えた剣を自切して投げ飛ばす。更には地面に生えている剣を腕に取り付けて補充することもできる。
そんな厄介な魔物が、雄と雌のつがいで現れる。
「ギャギャギャギャ!」
「うおおりゃああああッ!」
カランが、合流ポイントに落ちている長剣を使って一匹のソードマンティスの猛攻を防いでいる。腕力はレッサーオーガやオーガよりも数段上だ。しかも動きが鬼系の魔物とは違い、非常に読みにくい。ゴーレムのように鈍重であれば対処のしようもあるが、昆虫系の魔物はたとえ図体が大きくとも機敏だ。
「カラン!」
「だいじょう……ぶッ……!」
ソードマンティスが上段に振りかぶり、両手の剣を同時に振り下ろした。カランはそれに対し、渾身の力を込めて斬り上げる。耳障りな金属音が響き渡り、ソードマンティスの腕の剣が弾き飛ばされた。カランは自分の攻撃が競り勝ったことに喜び、しかしそこにニックの声が響いた。
「危ねえ、カラン!」
気付けば、ニックが身をかがめながらカランとソードマンティスの間に割って入っていた。金属音が鳴り、驚いてカランは下を見るとそこには起用にも足を使って小ぶりの剣を握り、カランの体を突き刺そうとしていた。それをニックが防いでいる。
「ごっ、ごめ……」
「それよりも、今だ!」
おそらくはソードマンティスにとって必勝の策だったのだろう。
両手の剣に意識を集中させておいての下段攻撃。
昆虫は人間や鬼系の魔物とは目の構造が違い、眼球が動かない。そこから意図や意志を見抜くのは難しい。だがそれでも、ニックの野生の勘がフェイントを封じた。すべての攻撃を封殺されて完全に無防備になったソードマンティスの首に、カランの横薙ぎが襲いかかった。
「うりゃ! せりゃッ!」
カランの剣は首をはねただけに留まらず、残る手足を分断していく。
昆虫系の魔物は首を斬った程度では安心できない。手足が動く限り人に襲いかかるため、物理的にどうやっても動くことは不可能と思えるまでダメージを与えることが必要だった。
「そっちは大丈夫カ!?」
「きっついのー! そろそろ助けてくれい!」
カランの大声に、キズナが言葉を返した。
キズナ、ティアーナ、ゼムの三人が残る一匹のソードマンティスを相手にしている。
「ああんもう!」
ティアーナが味方に守られつつ、がちゃがちゃとクロスボウをいじっている。
「あーもう! こんなときに……! あと3分持たせて! それだけあれば直るから!」
肝心なタイミングで故障が発生していた。
最初の数発は調子が良かったが、ソードマンティスがお返しとばかりに投げつけた長剣をボウガンでうっかり受けてしまった。本体そのものが破壊されるということはなかったものの、内部の部品が曲がってしまい分解修理が必要になってしまっていた。結果として、ゼムがサポートに回りつつキズナがほぼ一人でソードマンティスの相手をしている。
「ちょやっ!」
キズナの剣の腕は熟練だ。
だが、万能ではない。あくまで過去にキズナを手にした人間の技術の模倣に過ぎず、体格、剣、戦場での状況などの違いがあるために、実際に発揮できる力は模倣した元の人間の実力の何割かといったところだろう。ソードマンティスの猛攻を防ぐことはできても、圧倒することはできなかった。
膠着が続く。
カランとニックが加勢しようとしたそのとき、後方から声が響き渡った。
「さて皆さん、少々離れて頂けますかな!」
キズナが何かの気配に気付いて飛び退いた。
どういうことだとニックが声の方をむこうとした瞬間、鮮烈な一筋の光が残りのソードマンティスへと襲いかかった。
「……えっ?」
気付けば、ソードマンティスの体に、こぶし大の穴が空いている。
ソードマンティスはしばし体を微動だにせず停止し、数秒立ってよろよろと弱々しい動きで一歩後ろに下がった。
「な、なんだ……?」
ニックの疑問に、ティアーナが答えた。
「ただの投げ槍よ」
「ただの、って……」
「魔導剣を使って槍の威力を底上げして、それを竜人族の力で投げつけた。ただそれだけよ。原理は単純……バカみたいに強いってだけね」
ティアーナが呆れた顔で、ベロッキオたちを眺めた。
そこには、槍を何本も持ち歩いている【ワンダラー】の姿があった。
「《魔導剣:雷光刃》」
ベロッキオが呪文を呟くと、手にした槍の穂先から光が零れだした。
それをベロッキオは隣に控えるスイセンに渡す。
スイセンは呼吸を整え、力を集中させている。スイセンの体から青い輝きが放たれ、今にも爆発しそうな気配に満ちていた。
「二射目……いくわよ……!」
スイセンが槍を担いだ。
腕を引き、目と穂先は弱々しい動きを見せているソードマンティスを真っ直ぐに狙っている。引き絞る弓のような空気から、槍が放たれた。
「ガッ……」
凄まじい速さで飛ばされた槍が、ソードマンティスを穿った。
それは胴体の中心を寸分違わず打ち抜き、残った外郭ではソードマンディスの上半身を支えることができなかった。どぉんという音を立てて上半身は地面に落ち、下半身はそのまま地面に腰を下ろすようにへたり込む。
「よっし!」
快哉を上げるスイセンを、【サバイバー】は呆然と眺めた。
そしてベロッキオがティアーナの前に立つ。
「飛び道具は何もあなたの専売特許ではないということです」
「師匠、それは……」
「それは?」
ティアーナが、わなわなとスイセンを指さす。
「流石にずるくないですか?」
「ずるいですか?」
ティアーナの悔しそうな顔とは対照的に、ベロッキオは嬉しそうな顔をしていた。嘲笑ではない。とっておきを披露した子供のような無邪気な笑みだった。
「この方、スイセンさんの力がないと無理なのでは」
「ええ、無理ですね。ですが」
ベロッキオが、懐から奇妙なものを取り出した。
それは、細い竹筒やパイプを縦に割ったような形状をしている。
「このような投槍器を使えばそれなりの飛距離や速度が出ます」
ベロッキオは道中で拾ったと思しき槍の石突き、つまりは穂先の反対側を、その投槍器の溝にセットする。そしてボールか何かを投げるような姿勢で、投槍器を通して槍を投げ飛ばした。ひゅるひゅるという快音を立てて槍が飛んでいく。ただ柄の部分を掴んで投げるよりも遥かに速く、そして遠くに飛んでいっていることは誰の目から見ても明らかだった。
「……なんであなたは使わなかったの?」
ティアーナに話を向けられたスイセンは肩をすくめた。
「このくらいの距離なら要らなかったからよ。普通の扱いの方が慣れてるからね。下手に使い慣れてないもの使って狙いが逸れるのもイヤだったし」
「慣れるとこちらの方が便利なんですけどね」
談笑するベロッキオにティアーナが面と向かう。
「師匠……ここでは負けを認めざるをえません」
「素直なのは良いことです」
ベロッキオがしみじみ頷く。
「ティアーナさん。あなたの道具にも多くの利点がある。私の場合は魔導剣を幾らでも使えるというこの環境でなければ使えませんが、あなたのクロスボウは他の環境でも利用できるでしょう」
「まあ、結局弾丸が必要にはなりますが……はい」
「そうですね。他にも機構が複雑な分、故障の心配もしなければいけません」
ティアーナはその言葉にどきりとするが、顔に出さずに頷いた。
「はい」
「とはいえ今回は道具の優劣を決めるものではありません」
そう言ってベロッキオは、先に続く二つの道の方を見る。
ここが最後の分かれ道であり、行き着く先はどちらも山頂となる。
一つは、「天」。
もう一つは「地」という道だ。
このルートにおいては、出現する武器は何も変わらない。これまでのルートで現れた武器全てを拾うことができる。ここで異なってくるのは敵だった。
「天」のルートにおいては天狗という魔物が現れる。鬼の上位種であり、飛行能力を有する魔物だ。他の鬼系の魔物と比べて頑健さに乏しいものの、身のこなしが素早く、頭上からの攻撃が非常に厄介だ。当然、ルート上で産まれる武器を投擲したりもする。
「地」のルートはオーガが現れる。駆け出し冒険者では一匹現れただけでも危機に陥るほどの強さを持つ魔物が、ここでは当たり前のごとく現れる。天狗よりも体も大きく数段頑健だ。とはいえ、決して倒せない相手ではない。魔術を使えない環境で空を飛ぶ魔物の厄介さと比べれば、相手をしやすいとさえ言えた。
「では我々は天の道を選びましょうか」
「だろうな」
天狗が厄介なのは、冒険者側に魔術のような遠距離攻撃の手段が使いにくいためだ。ソードマンティスにとどめを刺せるほどの投げ槍が使えるのであれば状況はまったく異なる。
「では、山頂で再びお会いしましょう」
そして余裕ある足取りで、【ワンダラー】はこの号中ポイントから立ち去っていった。
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