千剣峰 4
※お待たせしてすみません。
昼の仕事と作家業が共に多忙なものでご迷惑おかけします。
※コミカライズ6話掲載されています! よろしくお願いします!
「おまえ無駄に料理上手いよな……」
「普通、こんな風に温かいメシ食わねえぞ」
ウィリーとマーカスの賛辞に、ニックが少し自慢げに微笑む。
「そうか? 前のパーティーだと大食らいが多かったからな」
「ほら、そこの姉妹なんて二人とも夢中になって食ってるぞ」
マーカスが示す方を見ると、スイセンとカラン、姉妹ともども無言でニックの作った迷宮チキンを食べていた。
「……何よ」
「美味しいから良いだロ……。そういえばなんでトマトじゃないんダ?」
物言いたげにカランもスイセンもマーカスを見るが、食べる手は止めていなかった。
ちなみに今日の迷宮チキンのメイン具材は雉肉で、乾燥トマトではなく生姜とスパイスをベースにしたものだ。
「山の上に行けば行くほど寒くなるだろ。今はまだそんなに感じないが、体を冷やすものよりはこういう風に温まる食べ物の方が良いと思ってな」
へぇー、という感嘆の声を皆が漏らしつつ、全員でニックの料理に舌鼓を打った。
「あ、ちょっと! あんたたちなんで昼ご飯食べてるのよ!」
「昼ご飯じゃねえ。正午はまだ先だ。ブランチってやつだな」
「こら、ティアーナさん。あまり声を荒げるものではありませんよ」
そんな食事の輪に、ティアーナとベロッキオが混ざった。
「ブランチって朝昼兼用のご飯でしょ……朝ご飯はしっかり食べたじゃないの」
「山を登るときはこまめに休憩するのがコツだぞ。自分でも意識せずに消耗してたりするからな。お前も食え。ああ、ベロッキオの分もあるぞ」
「おや、すみません。それでは頂きます」
二人ともお腹を空かせていたようで、瞬く間にニックが差し出した器をぺろりと平らげた。ベロッキオは自分を老いぼれであるかのように自嘲するときがあるが、そんな素振りは微塵も感じさせない健啖ぶりだった。
「……で、改めて聞くが、終わったか?」
「ええ、ばっちりよ」
ティアーナが満面の笑みで頷く。
「すみませんね。どうも話が盛り上がると夢中になってしまって」
「まあこっちとしちゃ助かってはいるんだが」
「それでニックさん。どちらのルートを選ぶおつもりですか?」
「良いのか?」
ニックが驚いて聞き返した。
ティアーナがダガーウルフに止めを刺したのは確かだが、いきなり戦闘中に割って入っての出来事だ。文句が来てもおかしくはない。
「私は構いません。皆さんはどうです?」
「俺ぁ構いやしないぜ。こっちが遅れたのは事実だしな」
「しゃーないわな」
話を振られたウィリーとマーカスはこれといった頓着もなさそうだ。
「スイセンさんはいかがです?」
「ま、ベロッキオさんが言うなら構いませんけど」
やや棘のある視線を送りつつも、スイセンは頷いた。
「というわけで、どうぞ。もっともどこを選ぶのかは何となく察しが付きますが」
「ああ。オレ達は……」
ニックは立ち上がり、とある進路を指さした。
「戦輪のルートを選ぶ」
「でしょうね」
ベロッキオがにやりと微笑む。
「その魔導弓の弾となるものは戦輪をイメージしたものでしょう。こちらでできる限り矢を採集しつつ攻略を進める。良い案でしょう」
「そりゃどーも。そっちはどこを選ぶんだ?」
ニックが悪態混じりに賛辞に答える。
「長槍ですね」
「長剣じゃないのか……?」
「隠し玉があるのはあなたたちだけではないということですよ。では、そろそろ私たちも本気を出すとしましょうか。次のルートまでは休ませて頂くつもりでしたが、私も手を抜いていられる状況ではなくなってきたようです」
ベロッキオの言葉に、【ワンダラー】の全員が笑みを浮かべた。
ティアーナは以前、ベロッキオから直接「ここは庭だった」という言葉を耳にしている。その意味、ベロッキオの本領がようやく発揮されると知り、【サバイバー】の全員に緊張が走った。
「本格的に勝負と行きましょうか」
◆
相変わらず、意味不明な光景が続いている。
今【サバイバー】が進んでいるのは、馬車がすれ違っても問題ない程度の広さの山道だ。その左右は木々に囲まれている。そして木の根元に、銀色に輝く刃物が野草やキノコのように生えていた。
「うふふ……!」
「おまえのその笑顔こえーよ」
「何よ失礼ね!」
ティアーナはその一つをもぎとり、自慢の魔導弓にセットした。がしゃりがしゃりと複雑な機構の鳴らす無機質な音は、威力の象徴だ。
ボウガンやクロスボウは滑車の仕組みなどを利用して、力が弱い人間でも強力な矢や弾丸を放つことができる。魔術以外の油や火薬を武器とすることは国から硬く禁じられているため、魔術が使えない人間にとって貴重な遠距離武器だ。ただ使うだけであれば弓矢よりも覚えやすい。
「この大陸では銃は使えぬからのう。心強いものじゃ」
「銃? ああ、大昔の武器だっけ」
「うむ。魔力の火ではなく火薬による爆発を起こして鉛の弾を撃ち出す武器じゃ」
「おっかねーな」
「自然の火は消しにくいからの。魔術で作った火ならば魔力が失われれば消えるし、魔術で作った水で消しやすくもあるが、天然の火は燃え移りやすいし厄介じゃからの」
魔力がまったく通わない火は、天然火や自然火と呼ばれる。少しばかり火をつけて暖を取る程度ならともかく、24時間フル稼働で薪を燃やし続けるような使い方はあまり推奨されていない。貴族の邸宅や城において、調理場や冬期の暖房などを使用する際は魔道具の使用が推奨されていた。
「雑談してないで、来たわよ!」
奥の方の茂みから、レッサーオーガたちが現れて【サバイバー】の元へと殺到している。手には戦輪を持っていた。まだ距離は遠く、投げつけてくるつもりはないようだ。だがそれは手での投擲が届かない距離でしかない。ティアーナにとっては十分に射程内だ。
「おう! 撃ってくれ!」
ニックの声とともに、ティアーナが前に出て引き金を引いた。
そして高速回転する戦輪が打ち出され、不気味な風切り音を立ててレッサーオーガに襲いかかる。
「グアッ……!」
「ガッ!?」
撃ち出されてしばらくは直進するが、ある程度の距離に到達するとカーブがかかる。回転が影響するためだ。それ故に微妙にどういう軌道を進むのかが読みにくい。またそもそも弾速が速い。防御する間もなくまともに戦輪の攻撃を食らったレッサーオーガはその場にばたりと倒れ、跳弾によって二匹も傷を負った。だがそれ以上にレッサーオーガに不利をもたらしたのは、怯懦だった。
「いくぞカラン! キズナ!」
「オウ!」
「任せるのじゃ!」
そこにニックたちが殺到し、怯んだレッサーオーガたちに斬り掛かる。もはや初手で形成が完全に決まっていた。ニックが戦輪をナイフのように軽やかに操ってレッサーオーガを切り裂く。そしてカランがもはや殴りつけるかの勢いで戦輪で叩き斬り、さらにキズナが確実に止めを刺していった。
「あら、次の弾を撃つ間もなかったわね」
「それが課題だな。次弾がどうしても時間かかっちまう」
「せめて二台あれば僕が装填を手伝ったりできるのですが」
ゼムが全員に怪我が無いか確認しながら呟く。
そのゼムの言葉に、ティアーナが肩をすくめた。
「突貫工事で作ったからね……流石に二台は無理よ」
「だが遠距離攻撃があるだけでかなり状況は変わるな。ペースも速い方だ」
ニックが顔をほころばせるが、ティアーナの方はどこか思案げな顔だった。
「だと良いんだけど」
「何かあるのか?」
「師匠が何をしてくるかわからないってところね……もっと急ぎたいわ」
「それはそうだが……向こうが何をするかはまだ考えてもしかたねえ。つーかそろそろ山の中腹だ。休憩を多めに取らないとマズい」
「うむ。標高を考えると休憩を入れんとまずいのう」
ニックの言葉に、キズナが同意するように頷いた。
いつも読んでくれてありがとうございます!
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