千剣峰 3
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※12/27 コミカライズ5話、更新されてます!
ベロッキオは合流ポイントに辿り着いたとき、少々落胆していた。
そこまで道を急いだつもりもなかったからだ。
とはいえ、十分に対策は練っていた。ここはベロッキオにとって庭のようなものだ。
魔術師であるベロッキオにとっては本来不利な場所のはずである。だが千剣峰は魔術が使えない環境だ……というのは、正確な言い回しではない。空気中に魔力の塊を放出することができない環境と言うのが正しい。逆に言えば手で触れて発動する回復魔術や強化魔術は使用できる。だが攻撃魔術は基本的に何かを放ち、離れた敵に当てるものだ。
従って、手で触れてそこから直接魔物にダメージを与えられるならば理論上は千剣峰でも使用できる。もっともその瞬間に手が自分の魔術でずたずたになる。魔術師が杖を使い、神官などの治癒術士が杖を使わない理由がそれだ。自分の体を傷つけかねない魔術を使うか否かの違いだった。
ベロッキオは若い時分にここを探索して、初めは非常に苦戦していた。ただ苦戦しただけではなく、前衛の戦士たちに任せきりだという状況が大きなストレスだった。それなりに訓練を積んでいる魔術師である自分が役立たずであることが苦痛であった。
だがその一方で後衛主体の魔術師ばかりのパーティーが悠々と攻略していることを見かけることがあった。何かがあるはずだと悩み、一つの答えを掴んだ。それが魔導剣であった。
本来、魔導剣という技術には様々なハードルが付き纏う。杖のように先端の宝玉を利用して魔術を放つのではなく、刀身に魔術を行き渡らせて斬撃に効果を上乗せするのが魔導剣だが、それに耐えうる武器がなかなか無いのだ。
通常の数打ちの剣であれば数回使っただけで魔術に耐えきれず自壊してしまう。壊れない程度の威力に抑えるなら武器の寿命は伸びるが、今度は効果が半減する。魔導剣に耐えうる特殊な魔剣が手に入るならば相当な力を手に入れられるが、大金を出すか迷宮や遺跡で見つける幸運が必要だ。
そんなものを用意するために費やす時間と労力を考えれば、剣術の技量を上げるほうがまだ効率が良い。好事家の金持ちや潤沢な費用のあるA級S級の冒険者ならともかく、中堅どころにはあまり縁のない技術が魔導剣だった。
だが、ベロッキオは研究熱心な変人だった。
ベロッキオは色々と模索する内に、「千剣峰ならばどれだけ武器を駄目にしたところで何の問題ない」と気付いた。これを利用すれば今までできなかった魔術の練習ができるのだと。ベロッキオは一見常識的に見えて、少々ネジが吹っ飛んでいるところがあった。魔術師の鬼門とでも言うべき場所を、好奇心を満たす遊び場のごとく捉えた。
その結果としてベロッキオが得たのが、魔導剣のノウハウであった。しかもその過程で、千剣峰の武具にとある特徴があることに気付いた。これは微弱な力を持つ魔剣の一種だと。これ自体に特殊な能力は無い。ただし、魔力を乗せやすい。魔導剣を習得し、実戦的に使えるようになるまでそう時間はかからなかった。遊び場として捉えた千剣峰は、今度は狩り場となった。
ベロッキオは、この発見をあまり口外することはない。同じ冒険者パーティーの仲間にさえ話すべきか慎重に判断する。この環境を狩り場として利用するためにはそれなりの地力が必要だからだ。生半可な腕前で裏技のような攻略法を覚えても長期的には必ずしもメリットにはならない。少なくとも正攻法でクリアしたことが教えるための最低条件とベロッキオは考え、他の上級パーティーで千剣峰の攻略法に気付いた魔術師も実は似たようなことを考えていた。
それ故にウィリーに教え、ティアーナには教えなかった。特にティアーナは、自分で調べるという大事なことを見失いかけていた。発破を掛けるつもりで挑発的な物言いをした。だが、それもどうやら失敗に終わってしまったかも知れない。
そう思いかけていたときだった。
「ギャワッ!?」
「な、なんだ……? ダガーウルフの首が……!」
「一撃で落とされた……?」
何か鋭利な物が後方から飛んできたかと思うと、この合流ポイントの主であるダガーウルフの首が一撃で跳ね飛ばされていた。ベロッキオは驚きと若干の期待を込めて、何かが飛んできた方向に振り向く。
「……ティアーナ。待っていましたよ」
「お待たせしました、師匠」
そこには、奇怪な盾を構えたティアーナの姿があった。
◆
「戦ってる最中に割り込んで倒すとはマナーがなってないんじゃないか?」
剣士のマーカスがにやにやと笑みを浮かべながら、【サバイバー】たちのところへ近付く。そしてマーカスの言葉に、ニックが一歩進み出て答えた。
「実際その通りだが、今回ばかりは話が違うじゃねえか。そこは許せよ」
「仕方ねえなぁ、貸しだぜ」
「勝負が終わってからの話だなそれは」
マーカスもからかうだけのつもりだったようで、軽く微笑んでニックの憎まれ口を流した。何より、本題は別のところにあった。
「……で、お嬢ちゃん。ええと、その……なにそれ?」
マーカスは、ティアーナの持つものを指さした。
それを「盾」とは呼ばなかった。
形状は確かに盾だ。だが用途は明らかに異なっている。
盾を水平に構え、まるで杖や弓矢を敵に狙うかのような姿勢をしていた。
「もしかしてそれで……短剣を飛ばしたのか? 一体どうなってんだ?」
「簡単に教えると思うかしら?」
ティアーナの不敵な微笑みに、マーカスは本気で悔しそうな顔をする。
だが、そこにベロッキオが進み出た。
「まず確認ですが……その円盤の内部で短剣が高速で回転している。そして回転を維持したまま射出してダガーウルフの首を刎ねた。そういうことですね?」
「はい」
ベロッキオが厳しい目でティアーナの装備をじろじろと眺める。
珍奇な道具を至極真面目な顔で観察するベロッキオと、それを無言で受け入れるティアーナの二人は、なんとも立ち入りがたい空気があった。
「ティアーナさん」
「はい」
「危ない」
「はい?」
「《磁気》と《雷光》の応用で、円盤内部にセットされた短剣を回転させているわけですね。刃物の中心軸はどうやって固定しているのですか」
「そこは錬金系の魔道具を利用して一時的に軸受けを作っています」
「で、それを解除すると同時に、高速で回転する短剣が投げ出されると……名前は?」
「とりあえず、魔導弓と」
「ふむ……その魔導弓ですが」
「はい」
「危ないじゃないですか」
「はい……」
ベロッキオの真面目くさった言葉に、ティアーナは心なしか居心地悪そうに頷いた。
「あらぬ方向へ飛んで自分や味方を傷つけたらどうするのです。ここまで回転が速いと加減もろくにできないでしょう。あるいは高速回転しているときにふらついたり転んだり、そういうときのことはちゃんと考えているのですか」
「いえ、その、正式な手順を踏まないと回転が止まるようにしてます」
「すぐに止まるわけじゃないでしょう。回転を止めるブレーキなどはあるのですか?」
「ありません」
「そこはちゃんと考えなさい。使用者側に盾やカバーを取り付けるとか、もうすこし安全性を高める工夫をしないと」
「で、でも余計な部品を付けると上手く目標の方向に飛ばせるか怪しくなってしまいます。それはそれで危ないんです」
「回転させずに風の魔術だけで刃を飛ばせば良かったのではないですか? あるいは、板バネを使うとかボウガンのような機構にするとか」
「出力が全然足りなくて武器の用途にさえなりません。魔術封じの結界があるので、自分の手のひらから少しでも離れれば魔術の効力が切れてしまいます。前に進む力と方向性を定める補助だけに使用してはいますが……」
二人の白熱した議論に周囲の人間追いつけたのはそのあたりまでだった。専門的な用語を飛ばしながらあーでもないこーでもないと言い合い、しまいにはケンカと変わらないまでの声量での言い合いとなった。「違います!」「あ、それは取り入れます!」「ですが!」「そうです!」「それはそれで問題があって!」など、肯定と否定の言葉が目まぐるしく打ち出される。
「よし、手前側に窓のついた盾を付けましょう。そうすれば暴発時に自分を防ぎつつ照準を合わせやすくなります」
「わかりました」
周囲の人間が完全に飽きてきたあたりで、ようやく結論が出たらしい。
「あー……話、終わったか?」
「待って。小一時間くらいで改造が終わるから」
「あくまで応急処置するだけですから、終わったら改めて改造するんですよ、ティアーナさん」
「はい、わかりました」
ニックの「早くしないか?」という意図を込めた問いかけを、ティアーナもベロッキオも字面通りにしか受け取らなかった。
いつも読んでくれてありがとうございます!
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