千剣峰 2
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鬼系の魔物は総じて知能が高い。
それなりに言葉を理解できる個体も多いが、それだけではない。集団戦の機微を理解したり、武器の利点を理解して活用したり、姿や形だけではなく知能おいて人間と似通っている魔物だ。十匹近いホブゴブリンの群れはニックたちを目で捕らえると、囲むような円の動きを取り始めた。退路を塞ぎ、確実に仕留めていくつもりなのだろう。
「数が多いな、面倒くせえ……ゼム!」
「いきますよ……《剛力》!」
ゼムから強化魔術を受けたニックは、ホブゴブリンとホブゴブリンの間にするりと紛れ込んだ。
「ガギャッ!?」
まるで霞のように捉えどころのない動きでニックは包囲網の中へと潜り込んでいた。うろたえたホブゴブリンのへっぴり腰の短剣を手でさばいたと思うと、ホブゴブリンの体がくるりと上下反対の姿をさらしていた。ニックが滑らかな体捌きと強化された腕力で足首を掴んで持ち上げていた。そしてその光景に驚く他のホブゴブリンは、ニックに投げつけられたゴブリンの下敷きになった。
「よそ見するナッ!」
群れ全体に行き渡る動揺を、カランは見逃さなかった。
怒涛の勢いでホブゴブリンを瞬く間に蹴散らしていく。
多勢が相手であろうとまったく問題なかった。
「よし、進むぞ……ティアーナ! ここを抜けたら合流ポイントだ、諦めて進むぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……!」
「ダメだ! 次のルートで試せ!」
ニックは問答無用とばかりにティアーナの手を引いて先へと進む。
その足取りは決して遅くはなかったが、速くもなかった。ニックの体感として【武芸百般】に居た頃の五割増しくらいの時間は掛かっていた。
「しかしニックさん。合流ポイントの中ボスを倒すのはいっそ相手チームにやってもらってこちらは消耗を防ぐ手もあるのでは?」
「いや……オレたちくらいのランクじゃダガーウルフは大した脅威じゃない。次のルートを選択できないことの方がマズいと思う。あそこには明らかにアタリのルートがあるからな」
「アタリ?」
「『長剣』ね」
三合目から六合目までのルートは3つに別れる。
一つは『長剣』。
ここは道が開けているが3ルートの内でもっともオーソドックスだ。
レッサーオーガという、オーガより一回り小さい魔物が長剣を手にして襲いかかってくる。だがそれ以上の特徴はなく、奇抜な攻撃を仕掛けてくることもない。道のりも比較的平坦で、事故もまずありえないルートだった。ほとんどの冒険者はこのルートを選ぶ。
次に『長槍』。
ここは少々厄介なルートだ。槍を持ったレッサーオーガがいるが、その数は少ないため大した脅威ではない。だがそれ以外に特殊な魔物がいる。魔弾陸貝という名のカタツムリだ。自生している槍を捕食し、自分の殻を生成するという特徴を持つ。そのため非常に外殻が硬い。
だがそれはあくまで副次的な脅威に過ぎない。もっとも恐ろしいのは不純物を殻の中に溜め込み、それを鏃のような形にして外敵に発射することだった。接近して殻をほじくればすぐに倒すことができるが、遠距離から倒すのは至難の業だ。そして近付くためにはその弾丸を掻い潜らなければならない。
「ああ。まず『長槍』は選ばないだろうし……『戦輪』を選ぶのはまずありえねえからな」
そして最後のルートが、『戦輪』だ。
チャクラムとも呼ばれるリング状の投擲武器である。
これを上手く扱える人間はそうそう居ない。ここに生まれる魔物も基本的に武器を扱う本能もあるはずなのだが、レッサーオーガでさえ熟練してるとは言えない。投擲して使用するよりも、内側についている取っ手を握って近距離武器として使うレッサーオーガの方が多いくらいだ。それ以外にこれといった特徴はなく、長剣や長槍のルートよりは脅威度が低い。
だがここに足を踏み入れる人間も戦輪を使わざるを得ず、結局は戦輪の習熟度がそのままこのルートの攻略難易度となる。マニア向けのルートだと言うものさえいる。
「チャクラム、使おうと思うとけっこう楽しいんだけどな」
「それはニックだけよ……って思ってたけど」
ティアーナが不敵に微笑む。
「私もちょっとやってみたいわ」
「まずはお前の必殺技を使えるようにしてくれ。それができなけりゃ安全なルートを選ぶしかないし」
「わかってるわよ!」
などと会話している内に【サバイバー】は合流ポイントへ辿り着いた。
剣撃の音が響いてくる。
どうやらまだ【ワンダラー】は中ボスであるダガーウルフを仕留めてはいなかったようだ。ニックもティアーナも安堵の息を漏らそうとして……。
「……舐められてるなこりゃ」
「あーもう!」
余裕綽々の彼らの姿を見て怒りを覚えた。
「ウィリーさん、あなたは元々前衛ではないのです、慎重に! マーカスさんはフォローを!」
「おう!」
「任せろよ! 今だ!」
【ワンダラー】はダガーウルフと戦っていた。虎のように大きな狼が口に大振りのダガーを咥え、俊敏な動きで【ワンダラー】に襲いかかっている。だがベロッキオが指示を飛ばし、ウィリーとマーカスが手足のように従い、ダガーウルフの攻撃を完璧にはねのけていた。
マーカスは熟練の立ち回りをしている。ダガーウルフの速さに翻弄されることなく、最小限の動きで攻撃を避け、途中で拾ったと思しき斧で牽制していた。
奇妙なのは魔術師のウィリーだ。戦士のマーカスのような手慣れた立ち回りはしていないが、斧の一撃が異様だった。
「行くぜ……《風圧剣》!」
ウィリーの斧の一撃がダガーウルフに当たった瞬間、圧力とでも言うべきものがダガーウルフの体に走った。ウィリーの方があからさまに軽いはずなのに、巨体のダガーウルフが弾き飛ばされている。
「火竜斬に似てル」
「確かにそうだな。なんだありゃ……?」
カランの訝しげな声に、ニックが同意するように呟く。
「あいつ……《魔導剣》を教わったの……?」
「魔導剣?」
ニックの疑問に答えたのはティアーナだった。
「武器を杖みたいに魔術の発動器具にするテクニックよ……。先端から魔術を飛ばすんじゃなくて、攻撃の瞬間に魔術の効果を発揮させるの。威力が高い代わりに難しくて、かなりの高等技術のはずなんだけど……」
ティアーナが首をひねる。
だが現実問題として、ウィリーはその技術を駆使していた。
「よし、今です!」
ベロッキオの声と共に、その後ろで控えていたスイセンが飛び出した。
奇妙な青いもやのようなものを体に纏わせている。
それはただ見た目だけの問題ではない。
恐らくは凄まじい俊敏さと膂力をもたらしている。
「しゃあッ!」
「ギャウッ!」
小さな手斧でさえも、ダガーウルフの前足を跳ね飛ばせるのだから。
ダガーウルフが苦しげに咆吼する。
もはや【ワンダラー】の勝利は疑いようがなかった。
「ベロッキオは完全に指揮だけに徹してるな。単純に体力を温存してるとかじゃない。トレーニングを兼ねてダガーウルフを倒させてたのと……」
「こっちを待ってタ。そういうことだナ?」
カランが不満そうに呟き、ニックが頷く。ここで勝負を決めるつもりはないという意思表示なのかもしれないが、ずいぶんと余裕であることは確かだ。しゃらくせえ、とニックが思っていたとき、ティアーナが出し抜けに明るい声を出した。
「……なるほど、わかったわ!」
「ティアーナ、あれが何なのかわかったのか?」
「わからないわ」
「おい」
ニックがぼやくように声をかけるが、ティアーナはそれを無視して拾った短剣を手で弄び始めた。
「わかったのはそれじゃないわ。この迷宮で魔術を使うための方法よ」
いつも読んでくれてありがとうございます!
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