冒険者パーティー【サバイバー】の誕生 2
そして今、ティアーナの住むアパートに4人の男女が転がり込んでいた。
他の人間はその日暮らしの宿暮らしだったため、ティアーナの家しか無かった。
ティアーナも二日酔いの頭痛をこらえつつ起き出して、ニックと共に記憶を探っていた。
「私も思い出してきたわ……。あの後、酒場の閉店時間になって追い出されて……酒を買い込んでウチに来たのね」
ティアーナがちらりと部屋の片隅を見ると、そこには酒の空き瓶や食べ残った酒の肴が転がっていた。迷宮探索用の保存食、干し肉や乾パンさえも食べていたようだ。
「いや、本当に申し訳ございません。片付けをしたらすぐにお暇します」
「ウン」
起き出したゼムとカランは恥ずかしそうに詫びた。
おそらくこういう経験が無いのだろうと、ニックは当たりを付けた。
「それじゃあ、僕らはそろそろおいとまを……」
「ちょっと待て」
ゼムが言いかけたところを、ニックが止めた。
「な、なんでしょう? ニックさん?」
「このままで良いのか?」
「え?」
「このまま解散して、オレ達は、生活が成り立つのか?」
ニックの言葉に、全員が押し黙った。
苦労を分かち合うことはできても、目先の問題は何にも解決していないと全員気付いた。
「なあティアーナ。お前、ここのアパートの家賃の支払いが近くて金に困ってたんだろ?」
「なんで知ってるのよ!」
「お前が酔っ払ってるうちに話したんだよ! それにカランもゼムも、もちろんオレも、似たような状況だ。みんな切羽詰まってる、そうだろ!?」
ニックがゼムとカランを見る。
カランは、悔しそうな顔をしているが反論する気配はない。
ゼムは「その通りです」と言わんばかりに頷いている。
「だから、提案だ」
「提案って……」
ニックはティアーナのいぶかしげな声をあえて無視した。
「オレ達で、冒険者パーティーを作らないか?」
ニックの放った言葉に3人は希望に目を輝かせ……すぐにその輝きは消えた。
ティアーナのアパートに、またも重い沈黙が降りる。
「……いや、申し出はありがたいと思うわ。思うのだけれど」
「簡単に、信用はできなイ」
「僕も、人に背中を預けて戦うというのは……抵抗がありますね」
三人は逡巡を見せた。
だがニックは、
「わかってるよそんなこたぁ」
と、意に介さずに話を続ける。
「けどニュービーズに戻っても普通にパーティー組めるか? オレ達全員、ダメだっただろ」
「そ、それはそうだけど!」
「オレだって裏切られたくねえから、あそこでパーティー組もうとしても疑いの目で見ちまう。お前達も同じだ。結局、ここにいる4人でやるのが一番効率的だ」
「わかってるわよ、だから……!」
だから躊躇っているんじゃないの、とティアーナが言いかけたところでニックが言った。
「ああ。だから、こんなオレ達でもやっていけるルールを決めようと思う」
「ルール……? どういうつもり?」
「オレ達は冒険者としてやっていくしかねえ。でも仲間に裏切られるのはごめんだ。……だったら裏切りを防ぐ仕組みを作るしかねえ」
「それは、まあ、そうだろうけど……」
「裏切りの原因になるのは、二つだ。金と、好き嫌い」
「それはまたシンプルな理解ですね……まあ、たしかにそうかもしれませんが」
ニックの言葉にゼムが頷きながら呟く。
カランとティアーナも同じように頷いた。
異論が無さそうだと見たニックは、話を続けた。
「カネは、お互いが監視できる。パーティーの予算とか、使い道とか、そういうものは商人が帳簿をつけるみたいに紙に書いてまとめられる。現金を持つ奴を順繰りに交代しても良い」
「……そういうの、ニガテだ」
カランがぼそっと呟く。
だがニックは気にも留めなかった。
「教えるから覚えろ」
カランは驚いてニックの顔を見た。この都市に来て、「あれをやれ」「これをするな」と言われたことはあっても、明確に「教える」と言われたことは少なかった。少なくとも、見て盗むしかなかった。
「それともカランは苦手じゃなくて嫌なのか」
「い、イヤじゃないゾ」
「じゃあ話を進めるぞ。好き嫌いに関しては、互いのプライベートに干渉しないことにしよう」
「……プライベートに干渉って、具体的にどういうわけよ?」
「例えば、そうだな……迷宮探索が終わって報酬の分配が終わったら、そこで解散。メシだの酒だのは個々人が勝手にやるとか。他人の趣味を否定しないとか」
「あー……」
ティアーナは、何か思い当たるところがあったのだろう。
事実、彼女は賭博狂いだった。
それを大っぴらに明かしたら、普通の人間は苦言を呈する。
「だいたいなんで冒険者は飲み会が好きなんだろうな。酒が苦手な奴が肩身狭い思いをして、馬鹿みたいに酒飲める奴が褒め称えられるってちょっとどうかと思うんだよオレは。仕事ぶりで評価するべきだろう」
「ニックさん、なんだか私怨が混ざってませんか」
「ま、まあ、ちょっとな」
ニックが恥ずかしそうに誤魔化すが、ティアーナは興味深そうに耳を傾けていた。
「それ、良いわね……。特に、他人の趣味を否定しないってところ」
ティアーナの言葉に、カランもゼムも、しみじみ頷いている。
「だろ? オレも、オレの趣味に干渉して欲しくねえ。パーティーは家族だなんて理想論もきらいだ。……だからオレは、パーティーメンバーだからって信頼はしねえし、信頼してもらっちゃ困る。オレが裏切ってないか、仲間が裏切ってないか、遠慮無く疑ってほしい。
つーか、何も言わずに任せるのが信用じゃない。ちゃんと互いに潔白を認め合うのが信用だってオレは思う」
一息に、ニックは言い切った。
三人がニックを見つめていた。
「……す、すまんな、熱くなった」
「いや、それで良いと思うわ」
「ウン」
「素晴らしい」
だが、ティアーナ、カラン、ゼムは皆、ニックを尊敬の目で見つめていた。
ここにいる全員、嘘や方便で騙されてきた人間達だった。
ニックの思考や主張が、乾いた砂にしたたる水のように行き渡った。
「だから、その……なんだ」
ニックは、恥ずかしげに頭をかいた。
「……組まないか、オレ達で」