千剣峰 1
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※11/22コミカライズ3話、更新されてます!
五輪連山の山頂の一つ、千剣峰。
それは五輪連山の中でも特に美しく、そして奇怪であった。見上げた先の山頂部はまるで冬の朝の雪山のごとく麗しく輝いている。だがそれは雪のような優しげなものでは決してない。すべて白刃の輝きだ。木の幹は槍や剣の柄のように手に取りやすい形状をしており、果実や葉の代わりに、刃が生えている。麓に近い場所では「落ちている」という程度だが、上に行けば行くほど刃の密度が増していく。山頂はまさに、戦いに明け暮れる修羅の世界の如くである。
そして今、夜が明けるかどうかという時間帯から山の麓に十二人の人間が集まっていた。
【サバイバー】の五人、【ワンダラー】の四人。
そして審判役を買って出たヴィルマとその配下の三人だ。
「珍しいな、わざわざ勝負のために迷宮まで来るなんて」
ニックの皮肉げな言葉にヴィルマがふんと鼻を鳴らす。
「ただ勝負するってだけなら来ないさ。だが今回はウシワカが倒されたか確認しなきゃいけないからね。おおざっぱな勝負とはいえ、助っ人の禁止やパーティー同士での戦闘は禁止してるんだ。気をつけるんだよ」
「わかってるよ」
「ええ、もちろんですとも」
互いのリーダー、ニックとベロッキオがそれぞれに頷いた。
それを見てヴィルマは生真面目な顔をして頷き返す。
「すぐにスタートと行きたいところだが……とりあえず最初だけルート分けをしておこうかね」
千剣峰は複数の登山道に分かれている。
麓から三合目までは2ルート。
三合目には魔物「ダガーウルフ」の住処ととなっており、ここでルートが合流している。
どちらのルートを辿ろうともダガーウルフの群れを倒さなければならない。
そして三合目から六合目までに3ルート別れ、再び合流ポイントを経て2ルートに別れて山頂へとたどり着く。そして山頂には本来、グレートオーガという鬼系の魔物の最上位種が控えている。
しかし、今回ばかりは状況が異なっていた。
「基本的な難易度は変わらないけれど、ルートとメンバー構成によって有利不利も出てくるだろう。公平に決めようじゃないか」
そう言ってヴィルマは懐からコインを取り出した。
そして親指でまっすぐに上に弾く。
「表」
ニックの言葉を聞いたベロッキオは、落ち着いた声で「それでは裏で」と言った。
そして再びヴィルマの手元に戻ったコインは、表を指し示していた。
「【サバイバー】、道を選びな」
「それじゃあ……」
「短剣を選んで頂戴」
ニックが返事を仕掛けたところで、ティアーナが言葉をかぶせた。
「……良いんだな?」
「大丈夫よ」
千剣峰の最初の2ルートは「短剣」と「斧」という名前で呼ばれている。その名前の通り、「短剣」ルートでは短剣を得ることができ、またそこに巣食う魔物も短剣を使用する。そして斧もまた同様だ。
この2つのルート、難易度において差はない。
ただし違いはある。「斧」のルートは若干遠回りな上にホブゴブリンが力任せで斧を振るうため脅威度は短剣より高いが、道は平坦で開けており、火力があれば踏破は簡単だ。
「短剣」の方が距離は短いが、狭く曲がりくねっている。ロープやクサビが必要なほどではないが、山歩きに慣れていないと時間が掛かる。
両パーティーとも今更ホブゴブリンに苦戦するレベルではないことを考えれば、「短剣」を選ぶのはやや不利な選択に見えた。だがニックとティアーナの顔には、自信が満ち溢れている。
「よし、それじゃあ最初のルートは決まりだ。で……三合目から六合目までのルートは、先に合流ポイントの魔物を倒した方に決定権がある。六合目から七合目も同様。これでどうだい?」
「わかった」
「わかりました」
ヴィルマの言葉に、ニックとベロッキオが頷いた。
「……さて、見せてもらいますよティアーナさん。あなたの成果を」
そう言ってベロッキオは、ティアーナの姿を眺めた。
普段とは違い、襟元から足のあたりまでしっかりとローブの前の部分を閉めている。また、普段使っている杖はなく、そのかわりに黒い布で覆った何かを手にしていた。どうやら盾のように平べったい形状のようだが、それが実際なんなのかは予想がつかなかった。ティアーナはそれが何なのか説明するつもりがないようで、ふふっと微笑みだけを返した。
「それが何なのか、教えるつもりはなさそうですね」
「師匠。ここに至っては今、私もあなたも同じランクの同じ魔術師です。競い合う相手であることをお忘れなく」
ティアーナの言葉に、ベロッキオは面白そうに相好を崩した。
「それじゃあ……はじめっ!」
そしてヴィルマが手を上げると、全員が一斉に動き出した。
◆
日差しが遮られるほどの鬱蒼とした森だが、決して暗くはなかった。道から少し逸れると、茂みや地面に輝く何かが周囲を不気味に照らしていた。
「そりゃ!」
「グアァーッ!」
ニックとカランが、短剣を持ったホブゴブリンを蹴散らした。
二人とも手にしているのは、ホブゴブリンの持っているものとほぼ同じ短剣だ。当然、事前に用意したものではない。これこそが千剣峰の名産であり森の中の銀の輝きの正体だ。自然に生えている短剣である。
「ちゃんと柄も鍔もあル……。へんなの」
「と言われても、そういう場所なんだよ。持った感じどうだ?」
「フツー」
「だよな」
カランが何の感慨も無く答え、ニックが苦笑する。
「ちょっと研ぎが甘いけど、武具店で安売りされてるのよりはマシ。今のところ問題ないけド……」
「けど?」
「斬り合いしてて刃物踏んづけたりしないのカ?」
「道になっているところを歩く限りは問題ない。草むらや木々の中に入るとやべーから気をつけろ。ここは迷宮の用意した道をそのまま進むのが一番確実で安全だ」
「わかっタ。なら問題なイ」
「なら良かった。他は……」
ニックが振り向くと、キズナが短剣を何本も持ってジャグリングしていた。
「よっ、ほっ」
「遊ぶな」
「遊んでおらぬ……そりゃっ!」
キズナが手で弄んでいる短剣の何本かを流麗な動きで投げつけた。
それはまるで吸い込まれるようにホブゴブリンの額に命中する。
「おお、やるじゃないカ」
「流石ですね」
カランとゼムの称賛に、キズナが胸を張ってえへんと応じる。
「キズナも問題ないな。ゼムも」
「ええ。このくらいの短剣を扱うならば問題ありません。とりあえず戦闘が追いつかなくなったら加勢しますが、それまでは魔力体力を温存しています」
「頼む。それで……」
ニックがティアーナの方へ振り返った。
「……行けそうか?」
「ちょっと待って……予想よりも魔力封じが強くて……!」
ティアーナは今日、本格的に登山ルートに入った瞬間にローブを脱いだ。その下にはタイトな革の服があり、更にアームガードなどで要所要所を守っていた。だが一番の特徴は、大きな盾だろう。無骨で円い盾だけがスマートな装いの中で異彩を放っていた。これこそがティアーナが数日の内に編み出した、秘密兵器のからくりだ。
「魔力が全然外に出ない分、出力が上がりすぎるのよ……回転が速くなりすぎてコントロールが難しいわ」
が、その秘密兵器はまだ本領発揮できていなかった。
「難しいのはわかった。だが時間がねえ。戦闘には参加しなくて良いから立ち止まったタイミングで練習してくれ」
「わかったわ……!」
ティアーナの顔に焦りが浮かぶ。だが、決してそれで判断を間違えたり、自暴自棄になったりはしなかった。ティアーナはニックの提案を受け入れ、表情を引き締める。
「よし、先に進もう」
いつも読んでくれてありがとうございます!
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