新兵器
※コミックウォーカーにてコミカライズ開始しました! ぜひご覧ください!
※すみません、ちょっと仕事が忙しく不定期更新になります。
「私の旦那……アインも変な奴だったわ。あなたのところのリーダーほどじゃないけど」
「どんな人だっタ?」
スイセンと共に旅立った男のことを、カランはよく覚えていない。
わざわざ辺境まで旅する人間にしては物静かな男だったという印象だけだ。
「何にでも首を突っ込む、厄介な奴よ。困ってる人は放っておけないし、弱いくせに曲がったことは嫌いだし。騙されたわ。最初は優しくて静かなところが好きだったのに、いざ付き合うと本当に頑固でね」
「ふぅん……」
「旅をしたり冒険したり……子供が出来て、最終的にここに落ち着いたわ」
スイセンはそう言って、ふふっと微笑んだ。
寂しげな微笑みだとカランは思った。
だが、それでも消えてしまいそうな儚さはない。
「……スイセン姉ちゃんは、帰りたいのカ?」
「そうね」
「ここが嫌イ?」
「嫌いよ。人は多いし、ごみごみしてるし、悪い奴は多いし。与えてくれたものも多いけど、無くしたものも多い」
「じゃあ」
後悔してル?
その言葉を投げかけようとして、やめた。
スイセンの顔は、敗者の顔ではない。
負けておめおめと背を向ける人間の顔ではない。
それでも帰ると言うのならば、きっと、凱旋なのだ。
「じゃあ、なに?」
「なんでもなイ」
カランはそう言って、自分の分の饅頭を一口に頬張った。
「あなた、もうちょっと落ち着いて食べなさいな……見直したのに」
「別にいいだロ……で、どうすル?」
「どうするって?」
「納得してもらったなら、別に勝負とかいらないと思うけド」
「それとこれとは話が別。ベロッキオさんにはお世話になってるし。何より、私たちに勝てないようじゃ上のランクじゃ通用しないわよ」
「ええー……」
「だから勝負は勝負よ。本気でかかってきなさい」
「……本当に、集落に帰る気なのカ?」
「少なくとも私はね。それにベロッキオさんの言ったことも間違ってないわ」
「言ったことっテ?」
「冒険者は刹那的な仕事だってこと。あなたのところのリーダーは怒ったけれど、いつ死ぬかもわからないのよ。剣を振るうにしたってもっとマシな仕事はたくさんある。どうしてもやらざるをえないならともかく、余裕があるなら他の選択肢を選ぶべき。そもそもあなた……」
「なに?」
「竜王宝珠、無くしてるじゃないの」
「うっ」
カランの口から、まるでナイフでも突き刺されたかのような苦悶の声が漏れた。
「そ、それは……その……取り返そうと頑張ってテ……」
弱々しい反論に、スイセンは溜め息交じりに肩をすくめる。
「盗品がそう簡単に出てくるわけないでしょ。せめて謝りに行く必要くらいあるんじゃないの」
「それは……そうだけド……」
「だから、あたしに勝ってみなさい。勝ったならば何も言わずに、あなたが宝珠を取り戻すまで待ってあげる。もっとも……」
スイセンは野卑な笑みを顔に浮かべ、こきりと指を鳴らした。
「そう簡単に行くとは思わないことね」
◆
女の子が本の山に埋もれている。
まるで死体の如き有様に一瞬カランは警戒心を全開にしたが、よくよく耳をすませば静かな寝息が聞こえてくる。この部屋の主人、ティアーナがだらしなく寝ているだけだ。
「おう、おかえりカラン」
「ティアーナ、どうしたんダ?」
「ずっと徹夜で勉強してたみたいでな……。起こそうとしてもうんともすんとも言わねえし、鍵あけっぱのまま出ていくわけにもいかねえし困ってたんだよ」
ニックの溜め息に、カランがくすくす笑った。
「ワタシいるから帰っても大丈夫だゾ」
「助かる」
「でも、何を勉強してたんダ?」
「……一応聞いてみたが、話が専門的過ぎてよくわからなかった」
ニックの曖昧な答えに、カランは頷くしかなかった。
ティアーナが早口で自分の専門分野について話すとき、キズナ以外誰もついていけないのだ。キズナはキズナで話に古代語が多すぎて今ひとつ全員に上手く説明できない。たまに二人だけでやたらマニアックな会話で盛り上がっているときがあり、残る三人はちょっとだけ羨ましいと思っていた。
「そっちはどうだった?」
「ン、問題ない」
「……そうか」
「ただ、手を抜く気もなさそうだナ」
「じゃあ頑張るしかないな」
カランはそれに、ふふんと自信ありげな微笑みを返した。
そんなとき、突然むくりとティアーナが起き上がった。
「……あら、おかえりなさいカラン。ニックはまだ居たの?」
「まだ居たの、じゃねえよ。ここの玄関の鍵もどこにあるかわからねえし帰るに帰れなかったんだよ。不用心だぞ」
「あら、悪かったわね。でも丁度良かったわ」
「どうした?」
「ちょっと実験台になってくれるかしら」
ティアーナの言葉に、ニックは無言で後ずさる。
「ああ、間違えだ。そうじゃなくて訓練の相手になってくれって意味よ」
「ビビらせるなよ」
「新しい魔術を考えたからそれを食らって欲しくて」
「それは実験台って言葉で何一つ間違っちゃいねえ」
「あ、その前に色々準備しないと。安物とか壊れてるので良いからとにかく短剣とか剣とか買って欲しいの。十本くらいあれば足りるかしら……」
「ん? 千剣峰を想定してってことか……? いやまあ、それくらいなら予算はあるが」
「あと護符みたいな使い切りの魔道具も買いたいわ。予算はそこそこ高く付くけど大丈夫、あの賞金首のウシなんとかってのを倒せば十分お釣りが来るわ」
「おい待て、話が見えないんだが……」
「他にも鍛冶職人あたりが持ってそうなものが必要で、あー、図面書いた方が手っ取り早いかしら。ともかく、やるから」
「お、おう」
ティアーナの妖しく輝く目に、ニックは頷かざるをえなかった。
◆
ニック達は、迷宮都市の外に出ていた。
当初ニックは酒場『海のアネモネ』の裏側に行こうと思ったが、ティアーナに「狭くて危ない」と言われて広い場所を選んだ。そこはG級迷宮『粘水関』の入り口の前だ。ここならば多少音が響こうが周囲に影響が出ようがあまり問題無い。
そんなわけで、ティアーナは、何の遠慮もしなかった。
「おまえ、これ……」
「すごっ……」
ニックとカランは、戦慄しながら周囲の光景を眺めた。
それは奇妙であり、同時に凄惨であった。粉々に砕かれた剣が何本も周囲に散らばっている。普通はこうはならない。剣とは折れるものだ。砕け散るものではない。
「お、お前……いったい何を作ったんだ?」
そう聞かれたティアーナは、うっとりとした目で自分の得物を撫でた。
それは、ぱっと見の形状としては巨大な円形の盾だ。だが、これは防具ではなく、れっきとした武器だ。何がどうなっているのかさっぱりニックにはわからない。理解できたのは、これが凄まじい破壊力を生み出し、あたり一面大惨事にしたということだけだ。これがティアーナの手腕かと、ニックは背筋にぞくぞくとしたものが走る。
「具体的に仕組みを説明しても良いけど。それよりもまず聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「これ、千剣峰の魔物に通じる?」
「そうだな」
ニックは言葉を切り、ティアーナの余波を食らって斬り倒された木や砕かれた剣そのものを眺める。
「……一番のネックは、これが千剣峰の中で使えるかどうかだ。魔術を使ってその仕組みとやらが動くわけだろう?」
「理論上はあなたの奇門遁甲とほぼ同じようなものだから大丈夫よ。魔術を弱める結界を張った中で使っても問題なく使えたもの。魔術封じの結界っていうのは、魔術を封じ込める作用が強いか弱いかの違いはあるけれど、根本的な種類や性質は変わらないわ」
事実、魔術封じの結界は正常に起動をして、そして時間経過によって燃え尽きた。
その結界を無理やり破ったような形跡はないし、逆に結界に押し込められて発動できなかったという形跡もない。
「ともかく、そういうわけで……勝負に出れるわ」
ティアーナの静かで、しかしぎらつきの隠れない声は、まるで雷の予兆であった。