スイセンの思い 1
※1巻好評発売中です! コミカライズもお楽しみに!
※次回更新は10/23の18時です
迷宮都市の南西側は、中産階級の多く住むエリアだ。
都市の南東側や東門付近は治安が悪いが、西側はうってかわって平和な住宅街や景気の良い商店があり、そして職人たちの働く工房や工場なども建ち並んでいる。酔っ払いが通りに寝転がっているということも、野良犬が暴れているということも少ない。
「スイセンさーん、お昼にしましょう」
「あ、はーい」
その一画に、鎧職人の工房があった。職人の腕は確かで、気難しい者の多いドワーフにしては気が利き愛想も良いため評判は良い。職人、職人の妻と子供、そして未亡人の竜人族という四人で工房を営んでいる。他に雇っている人間はいないために製品の数を揃えることはできないが、得意先は多い。
「そんなに根詰めなくてもいいじゃないか」
「いえ、最後のご奉公みたいなものですから」
手を止めたスイセンが立ち上がり、工房の奥へと引っ込んでいく。
その工房は主の自宅と兼用になっているため、食事も取れるのだろう。
「ああ、すみませんおかみさん。うちの子、良い子にしてましたか?」
「今日はおとなしく寝てたよ。やっぱりお母さんがいると安心するのかねぇ」
工房主の嫁のドワーフが、赤子を抱いていた。
ドワーフ族の赤子ではない。角はまだ生えかけでうっすらとしか見えないが、肘から先は青く透き通った鱗に覆われている。紛れもなく竜人族の赤子であった。
「スイセンさーん、お客さんだよー」
呼びかけてきたのは、ドワーフ夫妻の長男だった。
子供と少年の中間といった年齢で、父親とよく似た顔に煤がついている。
「ばか、あんたその顔でお客さんの前に出たのかい! とっとと顔洗ってきな!」
「なんだよ、仕事手伝ってたんだから良いだろ。それより客! あ、親父じゃなくてスイセン姉ちゃんにだよ」
「私……? ベロッキオさんかしら」
スイセンが怪訝な顔をしながら、工房の入り口へと歩いて行く。
「はーい、お待たせしま……」
「姉ちゃん」
そこには数日前に出会ったばかりの、スイセンの義妹の姿があった。
「……カラン」
◆
「……ったく、雇い主に迷惑かけちゃったじゃないの」
「お互い様だロ」
カランは、スイセンを伴って街を歩いていた。
迷宮都市西部の静かで平和な街並みは、普段カランがいる場所とはまったく雰囲気が違っている。カランは、混沌としていて騒がしい場所はあまり好きではないはずなのに、不思議と普段いる場所の方が懐かしく感じてしまっていた。
「よく、私の居場所がわかったわね」
「後をつけたとかじゃないゾ」
ヘクターによる調査はたった二日で終わり、今の住所も、街に来てからの経歴も、ほとんど把握できていた。調査が迅速に終わったのはスイセン自身がまっとうな市民として生活していたからだ。旅商人兼冒険者の男と、その嫁という格好で迷宮都市に入った。そこで夫の商いを手伝いつつ、竜人族の頑健さを活かして冒険者として活躍する。住居も、木賃宿などではなく保証人の必要な住宅を借りて住んでいた。
だが、あるとき夫が他界した。
一人で港町まで品物を運びに行ったときに流行病に罹り、迷宮都市に戻ったときはもはや半死半生だった。神官に診てもらったものの、治療もむなしく死んでしまった。
スイセンは未亡人となった。スイセンに残ったのは、生まれたばかりの我が子、夫の残した金、そして冒険者としての伝手であった。スイセンは竜人族であり、たしなみとして戦闘技能があるが、それ以外にもいくつか得意なものがあった。その一つが、鎧の仕立て直しだ。スイセンはよく夫の防具、特に鎧の下に着込むチェインメイルを直していた。竜人族の腕力の強さを持ちながらもドワーフのように手先が器用であり、それを見込んだ鎧職人のドワーフが、スイセンを雇うことにした。元は夫の取引相手であり同情心もあったのだろうが、今現在、評判になるほどの鎧を作っていることも事実だ。
カランが知りたかったことのほとんどが、ヘクターの調査でわかった。わからなかったことは、本人に問いたださなければいけないことだけだ。それを求めてカランはスイセンのところまでやってきた。
「私の居所、誰かに聞いたの?」
「聞いたっていうか、調べてもらっタ」
「それはあなたのリーダーの差し金?」
「違ウ。探偵を紹介してもらっただけで、どうするかは自分で決めタ」
「本当に?」
「ウン」
スイセンは、カランの言葉に戸惑いを覚えているようだった。
次に何を問うべきか迷ってるうちに、逆にカランから質問をされた。
「子供の名前ハ?」
「レイカよ。あなたの姪っ子になるわね」
「女の子なんダ」
「そうよ。後で見せてあげるわ」
「ウン」
会話を続ける二人は、通りのベンチに座った。
スイセンが通りかかった屋台から蒸した饅頭を持ってくる。
「食べなさい」
「ウン」
二人並んで食事など何年ぶりだろうかとカランは思う。
いや、二人きりの食事自体が初めてかも知れない。
「それで、わざわざ居所を突き止めてまで何の用よ」
「色々聞きたくテ」
「色々って何よ」
「うーんと……」
「あなたねぇ、昔から言ってるでしょう。話をするときは考えて……」
「なんで家を出てったんダ? 姉ちゃん、ウチって居辛かっタ?」
カランから率直に尋ねられたスイセンは、一瞬言葉が詰まった。
蒸し饅頭をかじり、咀嚼し、飲み込み、そうしてぽつりぽつりと話を始める。
「……別に、伯父さんや伯母さんのことが嫌いとか、あんたが嫌いとか、そういうことじゃないわ。昔から家族みたいなものだったし」
スイセンの両親もまた、他界していた。
そしてスイセンを父の兄夫婦……つまり伯父にあたる人物が引き取った。それこそがカランの父だ。カランとは義理の姉妹であると同時に、従姉妹同士の関係にもある。カラン自身は物心ついたときにスイセンが居たために、従姉妹という認識自体が薄かった。
「でも、自分だけの家が欲しかったっていうのは、あるかもしれない」
「自分だけの……」
「今にして思えば、面倒見てくれたり、お見合いしないかって言ってくれたり……本当にありがたかったわ。ただやっぱり、毎日毎日、誰かに感謝しないと生きていけないのって息が詰まるのよね。ちゃんと言いたいこと言えば家出みたいな真似せずに済んだんだろうけど」
「そっか」
「その後は槍を使って魔物を倒したり、夫の仕事を手伝ったりして……」
「今は、子供を育てながら鎧職人をしてル?」
「よく調べたわね」
「そっちだって、こっちのこと調べたんだロ」
「そうね」
スイセンはそう言って、カランに向き直った。
「むしろあなたこそ、なんで今も冒険者なんてやってるのよ。死ぬような目にあって、宝珠も奪われて」
「なんでって……」
「私はね、運が良かったわ」
「え?」
その言葉は、カランにとってあまりにも意外だった。
自分の両親を亡くし、夫を亡くし、子供一人残された人間の言葉とは思えなかった。
「夫は親切だったし、何にも知らない子供の私を騙そうとかもしなかった。色んなことを教わって迷宮都市に来たから、騙されそうになったり殺されそうになっても何とか切り抜けられた。子供も元気よ。……色々あったけど別に不幸ってわけじゃないのよ」
スイセンの目は、遠くを見ている。
強がりではない。
辛いことがあっても、それを受け止め、耐える強さがある。
記憶にある頃の彼女は、もっと無鉄砲で、そして繊細だった。
「だから自分のこと、そろそろ集落に帰ってちゃんと報告しようって思ったのよ。で、どうせならあなたが危ない橋を渡るのを止めようって思ったのよ」
「わかっタ」
「わかったって、何が? 勝負をやめて、大人しくついてくる?」
「そうじゃなイ」
カランは、ひどく落ち着いた声でスイセンに尋ねた。
「【サバイバー】のみんなを信用してなかったから、あんな風に喧嘩売ったのカ?」
「……そうよ」
「こき使われてるって思っタ?」
スイセンはその問いかけに、溜め息で肯定を示した。
「冒険者パーティーみたいな集団って、たとえ嫌な目にあったりしても、顎で使われる立場だったとしても、足抜けするのに罪悪感を感じたりするのよ」
「……」
「でもそれは恩があるからじゃないわ。恩があるように感じさせるのがべらぼうに上手い人間っているのよ。地頭が良くてずるいのね。難しい文章を読んだり複雑な計算ができなくても、なんとなく人間の弱いところや逆らいにくいところがわかる。そういう人間ってけっこういるわ。ガラの悪い人間が集まる場所は、特にそう。人間なんてそんなものよ」
このとき、以前のカランであれば、きっと怒って否定していた。
自分の恩人を悪人だと言うのかと。
そして、もっと傾倒していたことだろう。
カリオスという男に。
大事な物に固執して目を曇らせる人間をどうすれば良いのか。
その答えはカラン自身にもわからない。
「だから、無理矢理なやり方で勝負を仕掛けタ?」
スイセンは、奇妙なものを見るような目でカランを見た。
「……あなた、本当にカラン?」
「へ?」
スイセンの目が、驚きに満ちていた。
「何かおかしかっタ?」
「いや、その……あなた、もうちょっとその……愚かじゃなかった?」
「愚かって何!?」
「いや、その、ごめん言葉が悪かったわ。もうちょっと短慮っていうか……前しか見てないって言うか……」
「もう帰るゾ!」
「悪かったわよ……そうじゃなくて、成長したって言いたかったのよ。昔とは違って」
立ち上がりかけたカランをスイセンが押し止める。
スイセンの言葉に、はぁとカランが溜め息をつく。
「……ワタシが今のパーティーでもぼったくられたりしてるって思ってタ?」
「そうよ」
「ううん、違ウ」
カランは、静かに否定した。
「別に怒ってるとかそうじゃなイ。報酬の分配もちゃんとやってル。計算も、帳簿の読み方も、教えてもらっタ。わからないことは聞いてル……ニックも、みんなも、わからないことは教えてくれル。迂闊に信じるな、疑えっていってくれル」
「へえ」
スイセンが驚きの声を漏らすと、カランはしてやったりとばかりに笑った。
「変だロ」
「変なやつね」
いつも読んでくれてありがとうございます!
9/25に書籍1巻が発売しました。加筆改稿もかなり盛り込んだので
ぜひ書籍版もご覧下さい。
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