カランの疑問 3
※1巻好評発売中です! コミカライズもお楽しみに!
※すみません、ちょっと仕事が今週からバタバタしそうなもので
更新頻度4~5日くらいになります。
「そりゃ……金もらって書類だけ書いた奴じゃないのカ?」
ニックの疑問にカランが答えた。
それにヘクターも頷く。
「その通りだな、実際に騎士団に取り調べを受けてたぜ。金目当てで十万ディナで一筆書いてやったとさ」
「……本当にそれだけなのか?」
「なんだよニック。引っかかるところでもあるのか?」
「カネを出せば何枚でも書いてくれる貧乏貴族あたりは『フィッシャーメン』あたりの冒険者とつるんでいれば大体わかる。けど、証拠をできるだけ残さずパッと消える予定で、誰かと密接にやりとりしたくない奴が『推薦状を書いて、なおかつ余計な真似をしない貴族』をすぐに探し出せるとも思えねえ。そのへんは冒険者のことに詳しければ詳しいほど盲点になるんじゃないか」
「そうかぁ? 意外と食い詰めた次男坊三男坊ってのはいるもんだぜ」
「そこに『余計な真似をしねえ』って条件が付くだろう。カリオスみたいに危ない橋を渡る奴が、食い詰めてる初対面の人間を使おうとするか?」
その説明に、話半分だったヘクターの顔が真剣になる。
「……まあ、あんまり使いたくはねえわな。もっと報酬を寄越せって足下見たり、下手くそな脅迫したり、つまんねえ小銭稼ぎを目論む野郎は多いだろう。最初から詐欺そのものの協力者に頼るのが一番話が早い」
「なあヘクター。推薦状を出した奴のこと、もう少し調べてみる価値はあると思わないか?」
「まあ、話はわかった。だがなニック」
「なんだ?」
「全部、今お前が思いついた推測だろうが」
「それを確かめるのがお前の仕事だろ」
「仕事ってことは、依頼にして良いんだな?」
ヘクターはちらりとカランを見る。
「普通どれくらい金が掛かル?」
「なんとも言えねえが……いや、待てよ。何か面白いことがわかったらヴィルマのババアからも報酬を取れるな」
「お前、二重取りする気かよ」
露骨に嫌そうな顔をするニックをみて、ヘクターはこれまた嫌らしい笑みを浮かべる。
「安心しろ、二つからは取らねえよ。ただ先に受けた依頼はババアの方だ。良い結果が出たらまずそっちに教えて、ついでにお前らにも横流ししてやる。もしそこで報酬を渋られたら必要経費を援助してくれ。調査に金と時間が掛かりそうなときは前もって見積もりは出す。そんなところでどうだ?」
「ウン。助かル」
「交渉成立だな」
ヘクターがカランに握手を求めた。
カランもそれを握り返す。
奇妙な感慨を抱きながら、ニックはその光景を見ていた。
◆
すっかり日が落ちていた。
だがまだまだ人通りは多い。冬場はともかく、夏場は誰も彼もが働き盛りだ。自然と夜の盛り場にも人が集まってくる。ニックとカランは夜の屋台で買い食いをしながら帰途についていた。八本焼き、という料理だ。八本足という名の、甲殻を背負ったタコのような生物の足を具材として、水で溶いた小麦粉の中に閉じ込めて丸く焼き上げたものだ。八本足は近くの海で採れる特産品であり、生命力が強いため他の青魚のように冷凍せずとも生きたまま輸送ができる。迷宮都市においては貧乏人から貴族まで満遍なく楽しめる、身近な海の幸であった。
「スープでふやかして、チーズどっさり乗っけて食べるのも美味いな」
「良いだロ。最近、金槌横丁の屋台が始めたんダ」
「あちち……」
「やけどするなヨ」
ふふりとカランが微笑んだ。
「……なんかお前、いきなり大人っぽくなったな」
「へ!?」
ニックの突然の言葉に、カランがむせた。
「お、おい、大丈夫か」
「へ、変なこと言うからだロ! もー……」
カランは口の中に残った八本焼きを飲み込み、呼吸を整える。
そしておずおずとニックに尋ねた。
「……どこが大人っぽいんダ?」
「ヘクターみたいなうさんくさい相手に、落ち着いて話を取りまとめてただろう? それに、出会い頭で自分の素性を言われても怒ったりしなかった」
「ああ、なんダ……」
ニックの答えに、カランは少しがっかりしたような、安心したような溜め息を付いた。
「いや、嘘じゃないぜ。自分だとわかりにくいか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……うーんと……なんて言えば良いのかナ……」
カランが顎に手を当てて考え込む。
そして、言うべき言葉が思いついたあたりでぽつぽつと話し始めた。
「人間族って、尻尾が無いだロ」
「そうだな」
「耳もあんまり動かなイ」
「オレ、ちょっとだけ動くぞ」
「そうなんダ? ……いや、そうじゃなくテ」
呆れた顔のカランに、ニックが無邪気に笑いながら詫びる。
「悪い悪い。それで、話の続きは?」
「ちょっとズルいよナ」
「ずるいのかよ」
「だって嬉しいとか悲しいとか、誤魔化しやすいだロ」
「そりゃそうだが、耳が長くないと遠くの音は聞こえないし、尻尾が無い種族の方がバランス感覚が悪いんだぞ」
「ニックはそのへんの猫人族とかよりバランス感覚良いだロ。普通は指で逆立ちとかできなイ」
「それは訓練の賜物だな」
ニックが自慢げに微笑む。
だがカランはニックの自慢に、素直に頷いた。
「ウン、訓練したからダ。だからワタシも、ずるいって思うのやめて考え方を変えてみたんダ」
「考え方? どういうことだ?」
「もし目の前のこいつに、耳とか尻尾とかあったらどんな風に動くだろうって想像してみたんダ。そういうことを考えながら話してたら、怒るの忘れちゃってタ」
ニックはそのカランの言葉に、ひやりとしたものを感じた。
それは嫌悪感や忌避感ではない。
もっと別の、敬意を伴ったものだった。
「……ヘクターの耳と尻尾は、どんな風に動いてた?」
「狩りが失敗して凹んでるけど、それを誤魔化してる人の尻尾。ぴんと張ろうとしてるけど、先っぽがへにゃってル」
「なんだそれ、無駄に可愛いな」
「あいつ、ニックのこともワタシのことも知ってただロ。でもニックのことを助けたりもしなかったし、カリオスの調べ物も失敗してタ」
「確かにそれはそうだな」
「もしかして……ちょっとばつが悪い気分だったんじゃないのかナ。本当は何かしたかったけど、何も出来なかった、みたいナ」
カランが顎に手を当てて考え込む。
「あいつがそんな殊勝な奴かはわからねえが……」
だが、決して的外れな予測ではない。
ニックはそれを悟っていた。枝葉の部分で間違いはあるかもしれないが、ヘクターの無意識の部分でそういう罪悪感のようなものが働いているかと言えば、恐らくはイエスだとニックは思う。ニックはたまに【武芸百般】の愚痴をヘクターに呟いていた。そして文人気質のヘクターはニックの思うところに同意していた。パーティーから追い出されたニックのことを知れば、【武芸百般】の他のメンバーよりもニックに同情する。そしてニックに恩を売ろうと画策したかもしれない。そこに例外的な要素があるとすれば、ニックが思いも寄らぬ速さでパーティーを結成して再起したことだろう。
「……それなら、あいつには存分に働いてもらうさ」
「そうだナ」
「もう一つ聞きたいんだが……」
「なんダ?」
オレの尻尾はどんな風に動いている?
そんな言葉が口から出かかった。
だが、カランが楽しそうに夜の街を歩いているのを見て、引っ込めた。通りに並んでいる屋台に顔を突っ込んでは美味そうなものを探している。一瞬の大人びた表情はなりをひそめ、少女のような無邪気さがそこにあった。
「なんでもねえ」
あのときヘクターと話していたニックの心は、【武芸百般】に起きた出来事で動揺していた。そして動揺を隠した。ヘクターの心さえも見透かした今のカランには、自分の心などお見通しだったかもしれない。
「ン? 変なノ」
だが、こいつに見透かされたからといってどうだと言うのだろう。
カランはカランだ。
恥ずかしい過去をさらけ出しあった仲であり、今更というものだ。
知られているということを受け入れること、それは何か大事なことのようにニックは感じた。
「それより喉渇いたな。何か飲み物でも買おうぜ」
「ウン!」
そして二人は、夜の通りをゆっくりと歩いて行く。
夏の祭りが近く、夜の屋台もすでにどこか浮き足だった気配が見える。
どこか遠くて歌や踊りの練習する音が、ニック達の耳に響いた。