カランの疑問 2
※1巻好評発売中です! コミカライズもお楽しみに!
小鬼林から戻ったカランは、すぐにニックのいる「海のアネモネ」へと急いだ。
そして店内に入って夕飯を取っているニックの隣に腰掛ける。
「……ってわけなんダ。姉ちゃんの過去とか経歴、調べる方法って……あったりしないかナ?」
大体の経緯を聞いたニックは、顎に手を当てて考え込む。
「人間の過去を調べる方法か……」
「ウン」
カランが興味津々にニックの答えを待ち望んでいる。一緒に帰ってきたキズナはだらりとソファーに寝そべって本を読み始め、ゼムは店の女の洗い物を手伝い始めた。もはや勝手知ったる我が家の如くだった。
「……そいつが何をやっていたかに寄るだろうな。レオンみたいな冒険者くずれだったり、建設放棄区域にいるような人間だったら『マンハント』に行くのが一番手っ取り早いんだが」
「そういえばスイセン姉ちゃん、冒険者をやってたみたいダ。マーカスも何だか一目置いてタ。冒険者くずれじゃなくて、ちゃんとした生活はしてたと思ウ」
「へえ、冒険者だったのか……あ、いや、でも何年か前に凄腕の竜人族の冒険者がいるとか聞いたことがあるな。オレは見たことなかったが」
ニックはそこで言葉を切った。
次に出る言葉は、どこか自信なさげな様子だった。
「……冒険歴なんかはギルドに問い合わせればわかるが、オレが頼んでもすぐに教えてくれるかどうか怪しいんだよな」
「時間かかるのカ?」
「頼み慣れてないとどーしてもな。討伐部位の換金とか依頼の仲介とか金にならねえ仕事は後回しにされちまうんだよ。冒険者ギルドの職員とつるんでる奴に間に入ってもらうのが一番手っ取り早いと思う」
「……うさんくさそウ」
つるんでるとか、間に入るとか、そのあたりのフレーズが出たあたりでカランの表情が若干曇った。
「実際うさんくせえ連中ばっかりなんだが、その中じゃ割とマシな奴が一人いる。今の時間ならまだ居るかもしれねえな……。ゼム、キズナ、ちょっと席外しても良いか? カランと一緒に出かけたいんだが」
「うむ? 構わぬが」
「僕も特に用はないので構いませんが。あれ、そういえばティアーナさんはまだ戻ってないのですか?」
ゼムの問いに、ニックが何とも微妙な顔をして答えた。
「いや……戻ったんだが図書館に行くとか言ってすぐ出かけちまったよ」
「おや、勉強熱心ですね」
「なんか脇目も振らず出ていったんだよな。あいつ熱中すると行動力が凄いから呼び止める暇もねえ」
やれやれとニックが肩をすくめたところで、カランがちょいちょいと袖を引っ張った。
「ニック、それで結局どうすル?」
「おっと、肝心な本人に聞いてなかったな、すまん。カランは今から動けるか?」
「大丈夫。でも、どこに行くんダ?」
「探偵事務所だ」
◆
そこは、小汚い建物の一角にあった。
『海のアネモネ』のような猥雑な気配によるものではない。純粋に客をゆっくりもてなそうという意志があまりない、適当さゆえの小汚さだ。この空気に近い場所をあえて上げるならば、オリヴィアのいた出版社『ミステリアス・テラネ』あたりだろうか。そんな雰囲気の場所が、「ウッズ信用調査事務所」だった。
「久しぶりだなニック。元気だったか……っつーか、元気ってのはすげえな。色々と聞いてるぜ」
くたびれた鳥打ち帽に、くたびれたシャツを着た三十がらみの男がニックとカランを出迎えた。書類だらけの机のすみっこには、吸い殻が山盛り積まれた煙草の灰皿が大きな顔をして鎮座している。それがこの事務所の縮図のようにさえ見える。
「やっぱり知ってたか。本当に色々あったぜ。どれくらい知ってる?」
ニックはソファーの背もたれに体重を預け、大仰に溜め息をついた。
「とりあえず【武芸百般】から出て、【サバイバー】って冒険者パーティーを作ったのは聞いてる。ランクも順調に上がってるし良いこった。お前はリーダーやる方が合ってるだろうよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ。ところで、俺に頼るような事件でもあったか?」
男はそう言いながら、新たなタバコにマッチで火を付けた。
「ちょっとな。……紙巻き煙草ばっかじゃねえか。景気良いのか?」
「最近王都から安いのが入ってくるようになったんだよ。お前も吸うか?」
「いらねえよ。それより仕事の話だ」
「ああ」
といって男は、カランをちらりと見る。
「【サバイバー】のカランだな。その前は【ホワイトヘラン】の前衛だった」
一瞬、ニックはカランが激昂するんじゃないかと心配した。
だが、カランの表情には怒りも何も浮かんできていない。
「そうダ。お前ハ?」
「俺はヘクター=ウッズ。一応は冒険者だ」
「一応?」
「あんまり冒険者らしい仕事はしてねえからな。たまに『マンハント』に行ったり、迷宮攻略の数合わせで助っ人頼まれるこたぁあるが、本業はそっちじゃあない。探偵さ」
探偵、という言葉にカランがどこか面白がってる気配を醸し出した。
尻尾がほんのり揺れている。
「探偵ってどういう仕事するんダ?」
「浮気調査とか身辺調査とか……。あとは誰かが借金してるか、借金がどれくらいの額かってあたりもよく調査するぞ」
どうやらカランにとって期待外れだったのか、尻尾の揺れがぴたりと止まる。
「……それ、『マンハント』の冒険者とどう違うんダ?」
カランの疑問に、ニックが答えた。
「『マンハント』の連中が探したりしょっ引いたりするのは基本的に賞金首や犯罪者だ。こいつが得意なのは普通の市民とか貴族とかの調べ物だな」
「こう見えても元文官でな。紳士録や台帳の編纂が仕事だったんだ。昔はここじゃなくて王都の方にいてな……」
ヘクターという男、元々は王都に住む下級貴族だったが、とある事件を起こして追い出されてしまい迷宮都市に流れ着いた。カランは身の上話を聞いて一瞬共感を覚えたが、「人妻を口説いて不倫して追い出された」という具体的な経緯をヘクター自身の口から説明されて顔をしかめた。
「普通に市民生活を送ってる奴、特に金持ちや貴族なら尚のこと調べやすい。それと貴族からの推薦状とかもらったり、アパートの保証人になってほしいとか、そういうときは仲介したりもするぜ」
「……まあこんな奴だが、まあ約束は守るし腕は立つ」
ニックがやれやれと肩をすくめる。
あまりフォローになっていないのを自覚しているのか、ニックはどこか投げやりな口調だ。
「どの街でも、どういう風に住人を管理してるかはそう変わらんからな。書類に残ってる限りは調べられる。そうじゃねえ人間……賞金首や盗賊、表通りに出ない人間あたりを捕まえたいならお前らの方が得意だろうさ。おっと、茶は要るか? 砂糖とミルクは?」
「砂糖だけくれ」
「どっちもいらなイ……どこで知り合ったんダ?」
カランが若干冷ややかな目をしながら二人に尋ねた。
「昔、夜道で野盗に絡まれてたのをニックに助けられてな。俺は俺で【武芸百般】のトラブルを解決したり……ま、持ちつ持たれつって奴さ」
ヘクターは苦笑しながら茶の用意を始める。粗雑な外見や言葉遣いとは裏腹に茶器の扱いは綺麗なものだった。ヘクターは二人に琥珀色の茶を出し、足を組んで不敵に微笑む。
「お前らの来た理由はわかる。当ててやろうか」
「なんだと?」
「【ホワイトヘラン】のカリオスの居所は俺も知らねえ」
「え?」
「は?」
ニックとカランのぽかんとした表情を見て、ヘクターもまた困惑した。
「あれ? 冒険者ギルドのババアに聞いてないのか?」
今どきの冒険者がババアと呼ぶのは一人だけだ。
幹部職員のヴィルマのことだった。
「いや、初耳だ。お前のところにも依頼が行ってたのか」
「ああ。つっても流石にプロの盗賊を深く調べるのはちょっと無理だ。『冒険者としての』カリオスの経歴を調べるだけで終わっちまった。ありゃ騎士の仕事だぜ」
「そうか……」
「んじゃ、別の話か? 【武芸百般】の件か?」
「それでもない……っつーか、何かあったのか?」
「活動休止中らしいぞ」
「……ふーん」
ニックは、興味なさげに相槌だけを打った。
「ま、なんだかんだ言ってお前は大事な1ピースだったんだ。きっと慌ててお前の代わりを探してるんだろうさ」
「ま、そりゃ別に良い。もうオレには関係無い話だ。それより本題から逸れすぎだ。他に相談があるんだよ」
「相談?」
「竜人族の冒険者を調べてほしイ」
そこでカランが率直に切り出した。
「どっかのギルドに所属したりまっとうなところで働いてるなら調べやすいんだが……そこんところはどうなんだ?」
「昔、冒険者だったみたいダ。別の仕事をしてたみたいだけど、最近復帰して【ワンダラー】ってパーティーを組んでル。また最初からやりなおしてE級に昇格したらしイ」
「名前は? 年齢はどれくらいだ?」
「スイセン=ツバキ。確か二十八歳だったと思ウ。赤ちゃんがいル」
「この都市の中で結婚して産んだのか?」
「多分そうだと思ウ」
「OK、十分だ。で、いつまで、どれくらい知りたい?」
「五日以内に、できるだけ」
「ちっと期間が短いな……」
「赤ん坊がいるなら、夫がいるはずダ。そこがどうなったのかだけでも知りたイ」
よどみなくカランは条件を詰めていく。
ニックは内心驚きつつ話に耳を傾けていた。
「よし、わかった。情報が揃ったら連絡……っと、そういえばお前ら今どこに住んでるんだ?」
「『フィッシャーメン』の近くの宿だよ。ここだ」
ニックは自分の寝泊まりする宿の名前と住所をメモ書きしてヘクターに渡す。
「……お前らもっと良いところ住めるだろ。いや値段の割には悪くないがな」
「余計なお世話だ……って言いたいところだが、そろそろ手狭になってきたんだよな」
自分の私物やキズナの私物でニックの部屋は一杯一杯の状態だった。
「ニック、引っ越すのカ?」
「そろそろ考え時かもな。今よりも良い宿を探すとなるとアパートとか賃貸の方が割安になるし、じっくり腰を据えて探したほうが良いとは思うが」
「ティアーナの部屋みたいだと便利だナ」
「ただ貴族でもない平民で、しかも冒険者となると、保証人が居るんだよな……レッドあたりに頼むか。Dランクパーティーの推薦人も考えなきゃいけねえし、色々頼み事が増えそうだな」
「レッドさん良い人だけど、甘えすぎも良くないゾ」
「そうだな、こっちも色々やったって言っても、融通利かせてもらってばっかじゃ……」
そこまで言って、ニックは言葉をぴたりと止めた。
「……なあカラン。カリオス、というか【ホワイトへラン】はC級の冒険者パーティーだったんだよな?」
「ウン」
「じゃあ、D級昇格したときに推薦した誰かがいるはずだ。そいつは誰だ?」
ニックが何かを思いついたように、疑問を口にした。
いつも読んでくれてありがとうございます!
9/25に書籍1巻が発売しました。加筆改稿もかなり盛り込んだので
ぜひ書籍版もご覧下さい。
またウェブの方も面白かったならば、下の方の「ポイント評価」にて
評価して頂けるととても助かります。
何卒よろしくおねがいします。