師弟の語らい 3
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「さて、質問はそんなところですか?」
ベロッキオが尋ねるが、ティアーナは首を横に振った。
「我が儘ついでに、もう一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「したたかな口ぶりを覚えましたね。構いませんよ」
ベロッキオが苦笑しながら頷く。
「師匠はどんな冒険者だったんですか?」
「……若気の至りという言葉が似合う馬鹿者でしたよ」
目の前の壮年の男性の苦笑に、ティアーナが意外な顔をする。
「まさか、師匠がそんな」
「私は平民ではありませんでしたが、それでも冷や飯食らいの三男坊でしてね。学費も満足にもらえなくて、金に困って学校を中退して旅に出たんですよ。行き着いた先はこの街でした」
「え」
あまりに意外な言葉に、ティアーナは絶句した。
「かれこれ二十年近く前になりますかね。幸い攻撃魔術は幾つか使えましたので、【ニュービーズ】の門を叩いて冒険者になりました」
「それは、まあ……」
私とどっこいどっこいですね。と言うのをこらえる程度の礼節がティアーナにはあった。
だがそんなことはお見通しなのか、ベロッキオは不敵な笑みを浮かべる。
「私の場合は競竜よりもカジノに行きましたね。徹夜でカード勝負をしたこともありました」
「そ、そうでしたか」
「私も他人のことをとやかく言える身ではありませんが、ほどほどにしておきなさい」
「……は、はい」
前回会ったときもティアーナは怒られたが、そのときとはまた違って和やかな気配だった。お互いに悪癖は抑えましょうという、寄り添うような共感があった。師匠は師匠であるだけではなく、先輩の冒険者でもある。
そこでティアーナははたと疑問に気付いた。そして、うっかりそれを口にしてしまった。
「師匠はなぜ、冒険者を辞めたのですか?」
「それは……パーティーを維持できなくなったからですね。ま、さほど珍しい理由ではありません。仲間が怪我で引退をしたり、何か他に安定した職を見つけたり……気付けば私も第一線で戦えるほど頑健ではなくなっていました。十代や二十代のように無理が効く体はそう長くは保てませんから」
ベロッキオは微笑みを浮かべている。だが、ほんの少しだけ声に翳りがあった。パーティーの解散というのは綺麗な離別ばかりではない。むしろ何か苦さを残す離別のほうが多いだろう。その最たるものは、仲間の死だ。恐らくはベロッキオはそうした経験もしていることだろう。ティアーナはベロッキオの僅かな声色の変化に、それを察してしまった。またそれは、ティアーナにとっても決して他人事ではなかった。
「……そういえばミネルヴァさんも、冒険者だった頃の仲間だったのですか?」
「私と似たような境遇でしてね、彼女とも何度か一緒に冒険をしました。思えばあの子が私の初めての弟子だったのかもしれません。今は逆に彼女のほうが出世して私が面倒を見てもらってる側ですが……。ああ、そうだ、彼女は冒険者としての籍もまだ置いていたはずですよ。私はC級まで行きましたが彼女はA級のはずです」
「凄腕なのですね」
「あなたも研鑽を怠らなければその程度は行くでしょう」
「はい」
ティアーナは素直に頷く。
ここで遠慮や謙遜をする性格ではなく、ベロッキオもそれをよしとしていた。
「あれ? ……ということは、あの、師匠」
「なんです?」
「師匠がC級であったということは、千剣峰も攻略済のわけですね?」
そこでベロッキオは、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「良い狩り場でしたよ」
「……魔術師なのに?」
「それでは今日の宿題はそれにしておきましょうか」
「え?」
「私が……というより魔術師がどうやって千剣峰を攻略したか。解き明かしてみなさい。ああ、上級の冒険者に聞くのは止めておいた方が良い。知らない者もいるし、知っている者は聞かれてもそう簡単には教えてはくれません。そういう不文律がありますから」
困惑するティアーナを余所に、ベロッキオは話は終わりとばかりに立ち上がった。
「あ、あの、師匠……!」
「一つヒントを上げましょう。私が教えたものを一つ一つ思い出しなさい。そして、迷宮の特徴を調べなさい」
「教わったもの……?」
「良いですかティアーナさん。様々なことに興味を持つのです。自分の魔術だけではなく、冒険者が必要とする様々なものに。そうすれば自ずと答えは導かれるでしょう」
今日の話はここまで、とばかりにベロッキオは立ち上がった。
ティアーナは疑問を抱きつつも、部屋を出て行くベロッキオを礼儀正しく見送った。
◆
ティアーナが館から去った後、ベロッキオはここの主人ミネルヴァに私室に招かれた。
単にミネルヴァは、妹弟子のことが気になって話を聞きたがっただけだ。
ベロッキオは溜め息をつきつつも、弟子の我が儘に付き合うことにした。
「で、どうなんだい? あたしの妹弟子は」
「さて、それは蓋を開けてみるまではわかりません」
「あの子にはどれくらいまで教えたんだい?」
「貴族学校のカリキュラムでやることはすべて。それ以外にも実戦で役立つ魔術はそれなりに教えましたよ。水、風、そして雷属性の基礎はきっちり習得していますし、《魔力索敵》なども扱えます」
「……あんた、最初からあの子を冒険者にするつもりじゃなかったんだろうね?」
あきれ顔のミネルヴァに、ベロッキオは憮然として「そんなことはありません」と否定した。
「ちゃんと潰しの利く応用の魔術も教えましたよ。《凍気》で物を凍らせたり、あるいは《磁気》で磁気を放ったり……このあたりが使えるならばそれなりに安定した仕事に就けますから」
「はぁ……天才ってのはいるもんだね。あたしがそのくらいできるようになったのは二十代の半ばくらいだよ」
「しかしそれでもティアーナさんが冒険者になったところを見ると、近頃の就職の事情は厳しかったようですね」
ベロッキオの言葉に、ミネルヴァがばつが悪そうな顔をした。
「あー……悪いね。あの子、ウチに願書出したけど書類選考で落としてたみたいだ」
「……ミネルヴァさん」
「いや、ウチはそもそも紹介状のない人間はお断りしてるんだよ。それに丁度、魔導帝国がクーデターで潰れちまっただろ? 今は完全に新体制に移って治安も良くなったけど、あのときゃこっちにたくさんの魔術師が亡命してたからね。とにかく就職しようとフカした経歴書いて応募してくる連中も多くて、いちいち見てらんなかったんだよ」
「はぁ……。せめて二ヶ月か三ヶ月ズレていれば事情も変わっていたのでしょうね。なんともはや」
ベロッキオの複雑な顔を見たミネルヴァは、励ますような声を出した。
「なあに、元気でやってるようじゃないか。元々そういう気質があったんじゃないのかね」
「冒険者の気質ですか?」
「自由を愛する気質さ」
ベロッキオはその言葉に、何とも言えない納得を感じていた。
自由であること、それは得がたい資質だ。ティアーナはその自由を愛し、自由に愛されている。どこぞのぼんくら貴族の嫁で我慢できた性格かというとひどく怪しいとベロッキオは感じていた。だがそれゆえに、自由にどこまでも突き進みかねない危うさも臭わせている。師匠として見極める必要があると感じていた。
「それで、あの子は千剣峰は攻略できると思う?」
「攻略するだけなら彼らのパーティーで十分にできますよ。もしかしたら現状でもC級を超える強さはあるでしょうし、何か他に隠し球がある匂いがしますからね」
「そうじゃないさ。攻略するって言うのは……」
「あの迷宮の仕掛けに気付くかどうか、というところですね。彼女なら問題ないでしょう」
「じゃあ、《魔導剣》は教えたんだね?」
ミネルヴァの意味深な言葉に、ベロッキオは微笑みを浮かべながら首を横に振った。
「いいえ?」
「いいえって……それが使えるかどうかがあの迷宮の分かれ道じゃないのさ」
「違います。使えるかどうかではありません。大事なのは、魔力を外に漏らさずに魔術を使うテクニックがあるということに気付くかどうかです。そこで何ができるのか、そこで何を必要としているのか、その二つさえわかれば小手先の技術など問題ではありません」
「小手先って……これをちゃんと使えりゃB級くらいの冒険者パーティーでだって活躍できるよ? まったく、あの子も師匠に苦労させられてるね」
ミネルヴァがやれやれと肩をすくめる。
「ま、どうなるかは見てのお楽しみですよ。ですが私は、あの子がきっと何かに気付くと見ています」