師弟の語らい 2
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※活動報告に「ニック/カラン」、「キズナ」のキャラデザをアップしました
本当に冒険者として立志するつもりなのか。
ベロッキオの問いかけは、ティアーナにこれまでの激動の数ヶ月を思い出させた。
最初はただ金に困ったから冒険者ギルドの扉を叩いただけだった。
そこで、仲間との出会いを果たした。
それはまさに、ティアーナにとって運命だった。
「……正直、腰掛けと考えていることは否めません。最初はそのつもりでしたから」
「ほう」
「ですが今は……冒険者の自分が好きです。A級やS級……この街の英雄のようになりたいという仲間の目標を見届けるまでは辞めるつもりはありません。これが私の意志です。その光景を見てみたいんです」
ティアーナはそう言って、まっすぐにベロッキオの目を見る。
ベロッキオは、弟子の決断を常に尊重する人だ。たとえそこに間違いがあったとしても諭し、教え、導く。ティアーナはそのことを覚えていた。だから今の自分を恥じることなどなかった。賭博という悪癖はある。冒険者であるが故の苦難や偏見もある。ベロッキオたち教師陣が失脚する切っ掛けを作ったという後ろめたさはあれども、それに引きずられて後ろ向きに生きることなどしない。そんな意志を込めての答えだった。
「甘い」
が、ベロッキオの返答は予想外に厳しいものだった。
「……え?」
「正直に言いましょうか。あなたは本腰を入れているようには見えない」
その挑発的な言葉に、ティアーナはいきりたった。
「なっ……! 私は本気で冒険者に取り組んでいます! 義理立てという思いがないとは言いませんが、私は……」
「ではなぜ、そのように受け身でいるのです」
「う、受け身だなんて、そんなつもりは……!」
「ならば、積極的に冒険者を志して活動していたというのですね?」
ベロッキオの重々しい言葉に、ティアーナはこくりと頷く。
「……無礼かと思いましたが、あなたたち、【サバイバー】の活動は色々と調べさせて頂きました」
「それは聞いています」
「最初は、食わせ者の冒険者にあなたが酷使されていたり脅されていたりしないかを確認するためでしたが、どうやらそういうことはなさそうで安心しましたよ」
「はい」
「ですが今のあなたは冒険者としてはまだまだ甘い。実力の問題ではありません。覚悟が足りていないと言って良いでしょう」
「いったい何を見て覚悟が足りないと仰るんですか!」
「あなたは……というより【サバイバー】は、冒険者パーティーとしてめざましい実績を上げているようです。ですが、あなたはただ自分が使える魔術を使っているだけです。それが嘆かわしい」
魔術使い。
それは、魔術師にとっては愚か者と罵られたに等しい。
「そんなことはありません!」
「では何故、あなたは迷宮のことや魔物のことを調べないのですか」
「え?」
「あなたは魔術を使い魔物を倒したり、土壇場で危険を排除することについては積極的でしょう。その年齢でそれだけ魔術を使えるのは腕利きと言って申し分ありません。ですが、それ以外の知識や知恵を求められる場面ではあなたは決して勤勉には見えません。『フィッシャーメン』で見たあなたの振る舞いはそれを裏付けるものでした。迷宮がどういう場所で、何をすべきなのか。すべてリーダーが考えていてあなたはそれに従うだけでした。違いますか?」
「そ、それは……リーダーが詳しく知っていたので……」
「ニックくんと言いましたか。彼は経験則として知っているのでしょう。では、他人の経験談のみを頼りにするのは魔術師らしい態度と言えますか?」
ティアーナはその言葉に、頭が殴られたような衝撃を覚えた。
確かに、その通りだ。
ニックは知識がある。冒険の最中の判断力も確かだ。
だがそれは自分が迷宮を探索して得た経験によるものだ。
非常に有用であり、頼り甲斐はある。
だがその経験則を理論化したり、「何故そんなことが起きるのか」というところに答えを出すことは恐らくできない。そこから先は学問の領域だからだ。自分はただ知識を詰め込むためではなく、現実の世界に存在するものを解き明かす道としての魔術を学んでいたはずだったのに。
「迷宮も、魔物も、魔術には直接は関係ありません。ですがティアーナ。ここでは魔術とまったく関わりのないものもまた希有であるんですよ。魔力を芳醇に蓄えた迷宮、人間とは違う術理で魔力を扱う魔物。あなたが調べることであなたならではの知見が得られるはずでしょう。何故そこで仲間に頼り切りになっているのです」
「う……」
図星の言葉だった。
責め立ててくる師匠の視線が恐いとティアーナは感じた。
ベロッキオは冷静だ。冷静な態度は即ち自分が完全に間違っていることを冷徹に証明する。それはどんな罵声よりも堪えるものだった。
「……師匠」
「なんですか」
「確かに、私は怠惰でした。目先の仕事をこなし、金を稼ぐ。金を得られた瞬間、それで良いと思っていました。その先を見据えてはいませんでした」
ティアーナに言い分はある。まずは自分の生活を立て直すことこそが第一目標だった。【サバイバー】もそのために組んだパーティーであり、話を持ちかけたのはニックだ。話し合いにおいて意見を出し惜しみしたつもりはティアーナには無い。だが確かに、ニックが方針を決め、攻略法を指南するという構図そのものに異を唱えたことはなかった。
しかし冷静になって考えて見れば、ニックはあくまでC級冒険者としての経験があるだけの話だ。彼の知識が通用しない局面は、今後必ず出てくる。C級より上の領域は彼もまた知らないのだから。
ティアーナは、二つの過ちに気付いた。
一つはベロッキオの言う通り、怠惰であったことだ。
そしてもう一つは、約束を違えていたことだ。
仲間の口から出た「疑え」という言葉を、忘れかけていた。
なんてことだろうとティアーナは自分を恥じた。
「面目次第もありません」
「わかりましたか」
「……ですが師匠。質問をお許し下さい」
「どうぞ、遠慮なく」
「冒険者とは刹那的で退廃的な仕事だと、長く続ける仕事ではないと、そう断言していませんでしたか。何故冒険者としての在り方にこだわるんですか」
だが深く恥じ入る一方で、あれ、おかしいな? とティアーナは気付いた。
ティアーナが冒険者を辞めた方が、ベロッキオにとっては都合が良いはずだ。
なのにどうして冒険者として怠慢でいることを叱責されているのだろう。
その疑問が、反省と後悔の最中にあるティアーナに冷静さを思い出させた。
「ええ。冒険者とは刹那的で退廃的です。撤回するつもりはありませんよ。危険に身をさらして日銭を稼ぐ。長期的展望も無いとは言いませんが、かすかなものでしょう。これで身を立てるというのは非効率極まりない」
皮肉な言葉だ。
だが、ベロッキオの口調は決して皮肉を愉しむものではなかった。
どこまでも真摯に、ティアーナを見つめていた。
「ならばこそ、そうした環境で生きるためには覚悟がいる。やるべきことがある。良いですかティアーナ。あなたはパーティーの魔術師なのですよ。あなたは仲間に命を預け、仲間も命を預けている。あなたはただ魔術を唱えて満足してはいけない。あなただけができるものがあるはずです」
「わたしだけが、できるもの」
「魔術をどう捉えるかは自由です。その自由を、自由な力を、自由な知恵と発想を、仲間の生存のために全力で使うつもりがないのであれば、冒険者など早々に辞めなさい」
気付けばベロッキオは立ち上がって熱弁を振るっていた。
そして自分自身の振る舞いに気付き、咳払いして再び椅子に腰掛けた。
「……では、師匠。私が冒険者としての魔術師であると、覚悟があると認めて下さるならば、私は冒険者で居て良いというわけですか」
「そうです。覚悟がなければ叩き直します。適性がなければ、より相応しい道を模索するよう諭します。どちらでもないと言うのであれば、証明してみなさい。その魔術の腕をもって」
ティアーナは呆れた。
これが言いたくて、勝負などというまどろっこしい方法に出たのかと。
こんなに過保護な人であったのかと。
いや確かに、人嫌いと紙一重に偏屈な人であるというのに兄弟子や姉弟子から妙に慕われる人ではあった。この調子で卒業していった他の弟子たちの身も案じていたのかもしれない。それを思えば、ますます罪悪感が募る。きっと私を恨む人もいるだろう。ただ、いずれは権力構造から弾き出される性格なのだとも思う。そしてその薫陶を受けた私や私のような弟子は、どうすべきなのか。
「……わかりました。勝負の場にて、私の研鑽をご覧頂きたく存じます」
期待に応えるしかないのだ。