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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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師弟の語らい 1

※1巻好評発売中です。また、10月にコミカライズ連載予定です。

※明日の夜にまたキャラデザ公開します。




 迷宮都市の北部は主に富裕層が暮らしている。南部とは位置としても暮らし向きとしても反対と言って良いだろう。北西部は特に魔術師や研究者などの知識層が多い。学校も多く、新品のローブを着た若者たちが道路を行き交っている。ティアーナはその雑踏を馬車の窓から眺めていた。窓の外と中での隔たりを寂しく思いつつ、だが一方で今の自分も悪くないという自信もある。


「お嬢様、こちらがサンダーボルトカンパニーでさぁ」

「ありがと」


 ティアーナは辻馬車の御者に運賃を渡し、人気ひとけはないが広々とした通りに降りたった。その通りにあるのは年季の入った煉瓦造りの建物だ。外からちらりと見える庭も手入れが行き届いている。ティアーナはその荘厳な雰囲気に懐かしさを感じていた。


「学校みたいね」


 ぽつりと呟きながら、ティアーナは入り口の門番に尋ねた。


「よろしいかしら」

「はい、なんでございましょう」


 若い男の門番の所作も丁寧だ。教育が行き届いている。


「魔術師のベロッキオ師匠と面会の約束があるのだけれど、確認してもらえるかしら」

「ああ、ティアーナ様ですね、承っております。中へどうぞ」


 話は通っていたようで、詳しく誰何されることもなくすんなりと通された。


 ティアーナはそのまま客間に案内された。綿のつまった柔らかい座り心地の椅子。彫り物が施された艶やかな木のテーブル。部屋のランプは魔道具で、熱を出さず光だけを出す高級品だ。どれも趣味が良い。むしろ神経質なまでに趣味が行き届いていて若干、主人の人格が厳しそうだなとさえティアーナは感じた。


(先生もどうしてここに住んでるのかしら……昔のコネ?)


 ティアーナの内心の疑問は、すぐに明かされることとなった。

 部屋にどんどんというノックが響く。


「どうぞ」

「待たせてすまないな! ああ、良い、掛けたままで。ベロッキオには少しばかり仕事を手伝ってもらっていてな! まったく、色々と頼みたいことはあるのに年甲斐も無く冒険者など酔狂なことをしているものだから笑ってしまう。困ったものだろう!?」


 ローブなのかドレスなのか今ひとつわからない豪華な服を着た女性が、怒濤の勢いでティアーナに喋りかけてきた。静謐な師匠の声が聞こえてくるとばかり思っていたため、驚きのあまり言葉に詰まった。が、不覚を取られたような悔しさが逆にティアーナに冷静さをもたらした。咳払い一つして、口元に微笑を浮かべる。


「雷鳥流、ベロッキオ=シュルーズの弟子、ティアーナと申します。冒険者を生業としております。訪いも立てずに伺ったというのに過分なおもてなし、誠にありがとうございます」


 ほう、という感嘆の息が目の前の女性から漏れた。

 そして先程のがなり立てるような声は出さず、本人なりに抑えた声でティアーナに話しかける。


「失礼、私も名乗ってはいなかったね。私はサンダーボルトカンパニーの研究所の所長をしているミネルヴァ。ミネルヴァ=アーデだ。ベロッキオから詳しいことは聞いているよ。いやしかし、やるじゃあないか。若い頃を思い出すねぇ……。ベロッキオの奴も今じゃ落ち着いてるが、自分が冒険者だったことなどおくびにも出さないだろう?」


 ミネルヴァと名乗った女性の言葉に、ティアーナは素直に驚きの顔を出した。


「元、冒険者……?」

「ああ、やっぱり知らなかったね」

「人の居ないところで人の過去を話すものではありませんよ」


 呆気に取られたティアーナの耳に、聞き慣れた渋みのある声が届いた。


「遅かったじゃないか」


 部屋に入ってきたベロッキオが、にやにやしたミネルヴァを見てやれやれと溜め息をついた。

 一方でティアーナは内心で安堵の息を吐く。

 この女性の話し相手をし続けるのは気疲れだと思っていたところだった。


「あなたがいると若い子は萎縮するんですよ」

「なんだい、そりゃ昔の話だろう。別に怖くなかったよなぁ?」


 怖いかはともかくとして圧倒はされました、とは流石にティアーナも言えず、曖昧に微笑んだ。


「ま、師匠と弟子の再会だ。邪魔者は退散するかね」


 そう言ってばたんとミネルヴァが去り、部屋にはティアーナとベロッキオの二人が残された。騒がしい人間が去ったとき特有の、沈黙の寂しさが周囲を包んでいた。


「あれは昔なじみです」

「それは、過去に冒険者をしていたときの?」

「そこまで聞いていましたか」

「すみません」


 ティアーナの言葉に、ベロッキオは薄く笑いながら首を横に振った。


「いいえ、構いません。恥ずかしい過去ですのであまり口にしていませんでしたが、こうなっては説明もしておくべきでしょうね」

「それも聞きたいのですが……。まず、師匠はこちらの研究所で働いてらっしゃるので?」

「働くと言うほど働いてはいません。厄介になってるというところですね」

「それは冒険者稼業が忙しいからですか?」

「一度辞めてしまいましたからね。上級のランクに上がって功績を上げていれば記録も残っていたそうですが、そうはなりませんでした。F級からのやり直しというのは中々大変でしたよ」

「てっきり全くの徒手空拳で冒険者になったのかと」

「騙すつもりはなかった……わけでもないのですが。そのあたりの説明も踏まえて呼び立てたのです。話の筋を考えれば招くのではなく私があなたたちの元へ行くべきところかもしれませんが、中々身動きが取れなくて。それにスイセンさんも着いてきてますます話がややこしいことになりそうでしたので……」

「では先生があのパーティーでのブレーキ役と」


 ティアーナはなんとなくベロッキオ率いる【ワンダラー】というパーティーの空気が掴めてきた。そのように冒険者たちをとりまとめていることが面白く、笑いがこみ上げてくる。


「ご苦労なさっているようですね」

「ええ」


 ベロッキオもはにかんで頷く。ティアーナは、なんとなく今まで抱いていたわだかまりが晴れるのを感じた。昔とは立場が違えど、ようやく当たり前のように話をすることができる。


 そしてティアーナは居住まいを正し、自分の話を始めた。


「師匠、私は言わねばならないことがあります」

「なんでしょう、ティアーナさん?」

「私の油断が自分の窮地を招き、師匠たちを巻き込んでしまいました。私がしっかりしていれば職を辞することもなかったことでしょう。誠に申し訳ございません」

「それは違います」


 ベロッキオは、即座にティアーナの言葉を否定した。


「ですが」

「むしろ教師陣の隙があなたの苦境を招いたと言っても良い。詫びるのは私の方です。研究に明け暮れ、周囲のことが見えていなかった。政治的な騒動など学校では関係ないと高をくくっていました」

「そんなことは……」

「それに、学校を追われてからの身の振り方にかまけてあなたの身を案じる暇がなかった。こればかりは私の落ち度です。あなたのリーダーの言った言葉は正しい。しかし……」


 ベロッキオは一旦言葉を切り、ふうと溜め息をついた。


「私の想像以上にあなたはしぶとかった。こんなことを言うのは不謹慎ではありますが、冒険者となって迷宮を踏破し、賭博に興じている姿というのは想像の百倍くらい元気でしたから」


 そのあけすけな物言いにティアーナは思わず笑った。


「はい、存外に私はしぶとかったようです」


 客観的に考えて、誰のせいであるとか、何が悪かったとか、今更言ったところで仕方の無いことだ。ベロッキオは「その話は止めよう」という提案を冗談めかして持ち出し、ティアーナもするりとそれを受け入れた。それが師匠と弟子の距離感だった。


「ですが、師匠。二つほど聞きたいことがございます」

「なんです?」

「お互い、無事に生きていることが確認できたのです。職業は冒険者ですが、魔術師であることを辞めたつもりはありません。それでも私をスカウトする意味はありますか?」

「それが一つ目の疑問ですね。二つ目は?」

「先生は冒険者だったんですよね。ではなぜ私に、冒険者であることを辞めさせようとするのでしょうか」


 ふむ、とベロッキオは相槌を打つ。


「その答えはどちらも同じですね……ですがティアーナさん、あの場で聞けなかったことを聞きましょうか。仲間の居るところでは尋ねにくい話でしたので、丁度良い」

「尋ねにくい話……?」

「ティアーナさん。あなたは本当に冒険者として立志するつもりなのですか? 助けてくれたリーダーや仲間への義理立てなどではなく、あなたの心からの願いとして、今後もできる限り冒険者を続けるつもりなのですか?」




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