冒険者パーティー【サバイバー】の誕生 1
「うー、いてて……。こんだけ酒のんだの初めてだな……」
ニックは朝の気配を感じて、のそのそと起き出した。
どうやら床にそのまま寝転がっていたようだ。
雑魚寝に慣れているので体にダメージはない。
体に残った酒の方が堪えていた。
それにしても、小奇麗な宿だ。
壁に穴も空いてないし、窓にはガラスがはめこまれ、さらにカーテンが引かれている。
ニックはこんな上等な宿を使うことはない。
「しかし、なんでこんな部屋に居るんだっけな……つーか、どこだここ」
ニックはそこで周囲を見回した。
そこには、自分と同じように寝転がっている3人の姿があった。
一人は、女魔術師。
もう一人は、竜人族の女。
最後の一人は、神官風のイケメン。
全員、ぐーすか気持ちよさそうに寝ている。
女魔術師だけは行儀よくベッドで寝ていた。
机の上には魔術書が置かれており、コート掛けには魔術師用のローブがある。
ここは女魔術師が住んでいる宿なのだろう。
しかも一日いくらの木賃宿ではなく、一週間とか一ヶ月とかの長期で借りるタイプ。
おそらくこの女魔術師の寝床に、俺と残る二人が押しかけた格好だろうとニックは推理した。
……ていうか、誰だっけこいつら。
「えーと、待てよ。確か俺はニュービーズに行って……そう、誰ともパーティーを組めなかったんだ」
ニックは深呼吸し、一つ一つ昨日のことを思い出してく。
◆
昨晩、ニックは酒場でやたら薄い麦粥を食べて、生ぬるいエールを飲んだ。
そして、自分の思いを叫んだのだ。
「「「「 人間なんて信用できるか!!!! 」」」」
それはもう、本音の中の本音だった。
隣のテーブルで和気あいあいと楽しんでいた冒険者達がギョっとしてこっちを見てきたのをニックは覚えていた。
普段のニックならその連中に腹を立てたところだろうが、今はそれどころではなかった。
一緒のテーブルに居た三人も、まったく同じセリフを吐いたのだから。
その三人と目が合い、ニックはおっかなびっくりに頭を下げた。
「な、なんかすまんな。ストレスたまってて……つい叫んじゃって」
ニックがそう言うと、女魔術師も「わ、私も少々気が立ってたの……失礼」と頭を下げた。
続いて竜戦士の女も、神官も、おずおずと頭を下げた。
皆、ばつの悪そうな顔をしていた。
ばつの悪そうな顔に、奇妙な親近感を覚えた。
なんとなく空気が弛緩したあたりで、神官がニックに問いかけた。
「見たところ初心者の冒険者とも思えないのですが……どうしてこんなところに?」
「ああ、それは……」
そんな恥ずかしいこと言えるわけがない。
……と思ったが、不思議と言葉が出てきた。
多分、皆、自分と似たような顔をしていたからだ。
劣等感とか、羞恥心とか、悔しさとか、憐憫とか、そんなものがごちゃごちゃに混ざった「敗者」の気配とでも言うものをニックは三人から感じていた。なんとなくこいつらならば、笑ったりあきれたりせずに話を聞いてくれるだろう。そう思い、ニックは言葉を吐き出した。
「俺……パーティーから追い出されたんだ」
「そうでしたか……」
「前のパーティーの連中全員、なんか悪い意味で冒険者らしくってさ。宵越しの銭は持たないって感じで。冒険が上手くいってもパーっと使って、気付いたら残るどころか商人から金借りることもしょっちゅうで……武器を手入れする金にも困ってた」
「……それは辛いわね」
女魔術師が、しみじみと頷く。
「それで俺がサイフを管理して、これならばカネを使って良いとか、こんなことにカネ使うなとか仕切ってたんだ。でもそれがウザかったんだろうな。金が足りないのはお前が抜いてるんじゃないかって疑われて。でも、神に誓ってそんなことやってないんだ」
「……冤罪ですか」
神官が、つらそうな顔で頷く。
「精一杯頑張ったつもりだったんだ。リーダー……アルガスに恩を返そうって。パーティーのために頑張ろうって、できるだけのことをやったつもりだったんだ。でも全部無駄だった」
「パーティーのために」
女の竜戦士が、泣きそうな顔で頷く。
「しかも彼女にも見放されてさ。つーか彼女と思ってたのはこっちだけで、ただの金ヅルくらいにしか思われなかった。その後はヤケになって吟遊詩人にハマって金もなくなった。今じゃ素寒貧だ」
「お金が無い」
三人とも、ニックの言葉に辛そうに頷いた。
「それで冒険者仲間を募ってパーティーを組もうと思ったんだけど誰とも組めなくて……イライラして叫んじまったんだ。ま、吟遊詩人で散財したあたりは自業自得なんだが……」
隣のテーブルの若い冒険者達が気まずそうに、「……そろそろお開きにするか」「う、うん、そうだね!」と言ってそそくさと去って行った。ニックはそのあたりでようやく、自分達の沈鬱な空気が店内に蔓延してると気付いた。
「なんか悪いな、しめっぽい話しちまって……。格好悪いよな、はは」
「「「 そんなことない!!! 」」」
今度は三人がハモった。
「お、おう」
「わっ、私なんて、私なんてねえ……! 婚約者に捨てられたのよ! その上、貴族学校からも家からも追放されてっ……!」
今度は女魔術師――ティアーナが、さめざめと泣きながら叫んだ。
「き、貴族様だったのか……」
「もう家から出されたから家名も名乗れないわ。今やただの平民。ただのティアーナよ。変にかしこまらなくて良いわ」
そして泣きながら、今までどんな苦労をしてきたか、どんな風に堕落してしまったを語り始めた。一途に愛していた婚約者アレックスを、対立する貴族のリーネに奪われたこと。好色で非道な貴族の側室となるか、家を捨てるかの選択肢を迫られたこと。迷宮都市に来たものの就職の口は狭く、あれこれ探す内に博打にはまってしまったこと。
この女魔術師の生き様も、なかなか悲惨だとニックは感じた。
むしろ俺よりやべえ、と素直に思った。
彼女が転落人生を歩んでいなければ、対等に言葉をかわすことなど不可能だっただろうに。そんな不思議な感慨を持ちながら、ティアーナの話を聞き、義憤にかられた。
「いやお前は悪くねえよ! そのリーネとか言う女も悪いし、何よりその婚約者だ! 自分の女が頑張ってるってのに嫉妬して、見苦しいったらありゃしねえ!」
「その通りダ!」
「まったくです、人としての一線を超えています」
ニック、女の竜戦士、神官は女魔術師に同情し、義憤を抱いた。
ティアーナはそれを聞いて、ますます涙をこぼした。
「ううっ……そんな風に言われたの、初めて……ぐすっ……」
ニックがハンカチを泣いているティアーナに渡す。
ティアーナは、ぶびーと派手な音を立てて鼻をかんだ。
あっ、その用途に使うんすか、とニックは思ったが何も言わなかった。
それよりも、
「……なあ、あんた」
「なんダ?」
「お前も、なんか辛いこと、あったのか?」
「ワタシは……」
女の竜戦士は口ごもった。
複雑そうな顔をしていた。
恐らく、オレやティアーナと負けず劣らず。
「いや、無理にとは言わないが……」
ニックは、フォローするように言った。
だがそのとき、ティアーナの手が女の竜戦士の手が重なった。
「何故かわかるわ、あなたも辛いことがあったのでしょう」
「……ウン」
「教えてくれるかしら? それと、名前は?」
「ワタシはカラン。……わ、ワタシは……裏切られたんダ。パーティーの仲間に……」
そして、女の竜戦士――カランは、訥々とした口調で語り始めた。
カリオスという偽名を名乗る冒険者に騙され、迷宮の最下層に置き去りにされたこと。そしてカリオスに両親が自分のためにあつらえてくれた大事な宝石を奪われたこと。『一人飯のフィフス』の真似をして美食三昧をしていたら金を無くしてここまで来たこと。
「……全部、ワタシがバカだった。でも、でも……!」
「誰だろうと騙して良いなんて話があるか!」
ニックがテーブルを叩いて怒った。
「そうよ! 卑怯だわ!」
「その通りです!」
そして、ティアーナと神官の男が口々に同意した。
「うっ……ううっ……! あいつら、許さなイ……!」
カランも、ティアーナのように泣き始めた。
そしてエールをおかわりして親の仇のように飲み干した。
「なあ、神官さん。あんたもなんか訳ありなのか?」
ニックが神官に尋ねると、神官は自嘲気味に微笑んだ。
「ええ、まあ……。少々女性に聞かせにくい話もあるのですが……」
「良いわよ、今更」
「そうダそうダ」
神官がちらりとオレの方を見る。
「まあ、二人ともそう言ってるし良いんじゃないか」
「まず……僕はゼムと言います。元神官でした。神殿で親しくしていた少女に陥れられましてね……」
そこから神官……もとい、元神官のゼムから語られた話は壮絶の一言だった。
突然無実の罪で投獄され、信じていた人達から石を投げられたという境遇は、辛い目にあった三人さえも絶句した。
「それで一人放浪していたのですが、まあ……なんというか、女色に溺れてしまいました。貧乏というわけでもなかったのですが、酒場に入り浸りも良くないのでそろそろ働き口を探さなければと思いましてね……いやはや情けない」
「普通ならそりゃねえだろって言うかもしれねえが……仕方ないよな?」
「そこまで壮絶な体験してたら、うん、ねえ……?」
「そうだゾ、元気出セ」
そしてニック達三人は、口々にゼムを慰め、ゼムを陥れた人間達を罵った。
ゼムの陰りのある顔が、少しずつほぐれていく。
「さあ、今日は飲むぞ!!!」
ニックが立ち上がり、杯を掲げた。
ティアーナ、カラン、ゼムは、それにあわせて威勢良く「おー!」とかけ声を上げる。
大して美味くも無かったはずの酒が、不思議なほどに4人の体にしみこんでいった。