カタナの使い手
おかげさまで全国書店にて1巻発売しております、ありがとうございます!
店舗特典には数に限りがありますので、お求めの場合はお早めにお願い致します。
◆ゲーマーズ様 SS「レースは気まぐれ」
ティアーナは冒険で得た金を握りしめて競竜場に遊びに来た。そこで奇妙な老人と出会う。
◆とらのあな様 「変な男客」
色町の酒場の女はある日、奇妙な色男の客の相手をした。こんな店だというのに、その男はまるで神官のようで……。
◆メロンブックス様 「竜人族のマナー」
冒険の道中、野営の準備を始めたカラン。彼女にはとあるこだわりがあった。
◆Wonder GOO様(黒井ススム様のポストカード)
自分の原稿は穴が空くほど見たのでぼくはポストカードが欲しいです。
◆TUTAYA様(SS、「冒険者たちの簿記入門」)
帳簿とにらめっこするニック。何故そんなに几帳面に帳簿付けをするのかと仲間達はニックに尋ねる。
このようになっております。
また上記以外に、紙の書籍巻末のQRコードまたはURLから飛んでアンケートに回答して頂くとこぼれ話(キズナがメインのSS)を見られるようになっております。こちらもよろしくお願いします。
色々と宣伝ばかりですみません。そろそろ平常運転に戻ります(更新も三日おきに戻ります)。本当にありがとうございました。それでは本編をどうぞ。
「……というわけで、君らを嗅ぎ回っている人間が居るんだよ。誰かに恨まれているのかもしれない、気をつけると良い」
「はぁ」
「君らがパーティーを結成した時期や経緯。これまでに攻略した迷宮。普段の動向。それこそ根掘り葉掘り嗅ぎ回っているんだよ。なかなか執念深そうだとは思わないかい?」
「そ、そうだな」
「……なんだいその気のない返事は。せっかく教えてあげたのに」
ニックはアリスに手近な喫茶店へと引っ張り込まれていた。そしてアリスは手慣れた様子で茶と茶菓子を頼みつつ、ニックに雑談をするかのように警告を発したのだった。
「しかもお茶をおごってあげてるんだよ? 君は女泣かせの星に生まれたようだね」
ニックの曖昧な表情を見たアリスが、ご立腹ですとばかりに腕を組んで溜め息をつく。
「いや、そうじゃなくてだな……」
「それに聞いたよ? カランちゃんを顎で使って吟遊詩人のコンサートチケット買いに走らせたとか、自分のかわりに行列に並ばせたとか……流石にそれはどうかと思うよ?」
「それは完全に誤解だ! 列に並んでるときに茶を差し入れしてくれただけだよ! ……ともかく、こっちを嗅ぎ回っている人間についてはもう心当たりがついてるんだ」
「へ?」
アリスのぽかんとした顔を眺めつつ、ニックはティアーナの師匠やカランの姉と決闘することになったくだりを説明した。それを一通り聞いたアリスはべたりとテーブルに突っ伏す。
「なんだよう……完全に無駄足じゃないか……はぁ」
「い、いや、教えてくれて助かったぜ。気を遣ってくれてすまないな」
その言葉を受けて、よいしょとアリスが体を起こす。
「ま、良いさ。ところで、この話はあくまで手土産で、きみに聞きたいことがあるんだ。カタナを使う冒険者に心当たりはあるかい?」
「カタナか……」
カタナとは、かつて南方に存在し今は亡き国、ノゾミ国で作られていた刀剣だ。
ゆるやかな反りのある形状、刃の美しい紋様は刀剣マニアに受けが良く、また獣系の魔物に対して通常の長剣よりもよく斬れる。扱いは難しいが、美術品としても実用品としても意外と愛好家の多い武器である。
「まあ有名所だとフィフスだな。S級冒険者の」
「S級やA級あたりは騎士団とも交流があるから知ってるよ。他には? 『フィッシャーメン』や『パイオニアーズ』あたりにいる強者あたりを知りたい」
「まあ知ってることは知ってるが……ギルド職員とか、今現在C級D級の冒険者パーティーにいる奴の方が詳しいぞ。それでも良いなら教えるが」
「同じ情報が複数入るだけでもありがたいよ」
「わかった。心当たりある使い手は……五人くらいだな」
ニックは指折り数えながら言った。【武芸百般】のメンバーとして活動していたころの人間の顔を思い浮かべる。どいつもこいつも食わせ者ばかりだが、しばらく会っていないとふと思い出し、懐かしさを覚えた。【サバイバー】を結成してからは一度も会ってない人間ばかりだ。
「……ま、近いうちに会うことになるか」
「ん?」
「なんでもない、独り言だ。まずはC級冒険者、【ゴーストハント】の前衛のキスイとタンスイ。双子の姉妹の冒険者だ」
「【ゴーストハント】か……確か、悪霊退治が得意なパーティーだったね」
「ああ。あの二人とも得物はカタナだ。それとD級、【シャドウエッジ】のカイル」
「それは知らないな」
「短めのカタナを愛用してる。確か、正確にはニンジャトウとか言ったかな」
「ふむふむ」
「あと、マンハントに居る双剣舞のスコットって奴もカタナを使ってたな。剣の腕前ならC級D級にも引けを取らないと思う」
「ああ、それは良いよ。よく知ってる」
「そうなのか?」
太陽騎士と冒険者ギルド『マンハント』の冒険者とは仕事が被るためあまり仲が良くないのが定説だ。親しげな口ぶりにニックは違和感を感じて聞き返した。
「弟だからね。ああ、そういえば前のステッピングマンの事件のときも世話になったみたいだ。礼を言うのを忘れていたよ、ありがとう」
「そうだったのか!?」
似てないな、という言葉をニックは飲み込んだ。だが、スコットの顔から無骨さを取り払えば目鼻立ちは似ているかもしれないとニックは思い始めた。
「こら、大人の女性の顔をまじまじと見るものじゃないよ」
「あ、いや、すまん」
「スコットもウチの職場に誘ったんだが、どうも宮仕えが嫌いだと言って聞かなくてね。困ったものだよ」
「そりゃまた……」
他の冒険者が聞けば羨む話だろう。贅沢だと怒る人もいるかもしれない。とはいえ、スコットは少々無鉄砲だが義侠心はある。建設放棄区域の周辺などでは太陽騎士が頼りにならない。そこで貧しい人々を守ろうという心持ちがあるというのならば存外に見上げた男だ。
「……面白いやつだな」
「面白いか。そう言われるのは嬉しいね」
「ちょっと騒がしい奴だが腕は立つし正直な奴だ。オレは嫌いじゃないぞ」
「……ありがとう」
優しい微笑を浮かべながらアリスがそう言った。
ニックはそれを見て一瞬見とれ、恥ずかしさを紛らわすように話を変えた。
「あー、それともう一人心当たりがあるんだが……」
「なんだい? 妙に言いにくそうだけど」
「あいつ……というよりあいつらとはちょっとトラブったんだよな。【武芸百般】の元仲間だ」
「ああ……リーダーはアルガスだったね」
「そうだ。アルガスは刀剣類ならなんでも使いこなす。それと、アルガスからカタナを教わっていたのがガロッソって奴で……そういえば居合も得意だったな」
「イアイ?」
「鞘に剣を納めた状態から即座に斬撃を放てる。初手で魔物を倒すにはかなり有効だな」
「へぇ……じゃあ奇襲なんかにも使えるのかな」
「ああ」
アリスは興味深そうにメモを取る。
「しかし、カタナ使いのことなんて聞いてどうするんだ? 扱いの難しい武器だからちゃんと使える時点でそれなりに強いが、偏屈者も多いぞ。騎士には向かないと思うが」
「スカウトするんじゃないさ」
「それじゃあ……」
なぜ、とニックが問い返す前に、アリスが端的に答えた。
「部下が殺された。袈裟懸けに、一太刀でね。綺麗な傷跡だったよ」
その言葉があまりに自然なものだったから、ニックは一瞬意味がわからなかった。だが頭の中で言葉を咀嚼し、そしてアリスの目を見た。静かだ。その静けさの奥に、おそらくは深い怒りがある。
「盗賊団を追っていた。手練れの用心棒がいる。傷痕を見る限り、反りの入った片刃の剣だ」
「それは……」
「恐らく竜王宝珠も持っていただろう。相当な手練れを付けていたようだ」
「……鎧は?」
「鎖帷子の上にちゃんと着ていたよ。だがもろとも断ち割られた。切断面があまりに綺麗でね、もし私が猟奇殺人犯だったらきっと見惚れていただろう」
つまり、容疑者を並べるために尋ねたということだ。
かわいげのある顔をしながらも、どこか底知れないものがある女性だ。
ニックは背筋にひやりとしたものを感じた。
「……今挙げた中でそんな芸当ができそうなのは、スコット以外の全員だな」
「全員、腕に覚えはありそうだね」
「キスイとタンスイは考えにくいけれどな。あいつらの本職は神官だが……」
「神官であることと清廉潔白であることはまた別さ……あ、もしかして仲良かった?」
「いや、そんなこともないな。妙に当たりの強い奴らだし……ただ」
「ただ、なんだい?」
「……今名前を挙げたほとんどは、D級に昇格するときに貴族や名士に金を払ってはいねえはずだ。まっとうに仕事で評価されて推薦状をもらってる。多少素行が悪い程度ならともかく、人殺しをして推薦人の顔に泥を塗るような真似をする馬鹿野郎とは……思えねえ」
ニックは顔をしかめながら考える。
脳裏に浮かんだ誰もが、暗殺に手を染めるほど愚かだとは思えなかった。
ただ、鎧ごと人の体を断ち割るという行為は、技術的には決して不可能ではない。
ほとんど全員がそれだけの実力を持っていると、ニックは認めざるをえなかった。
「カイルはむしろ、盗賊を憎んでる。あいつは家を盗賊に焼かれて冒険者になったって言ってたし、一時期は『マンハント』で盗賊を捕まえるのもよくやってた。むしろ盗賊みたいな連中はカイルを恨んでる側と思う」
「それじゃあ」
アリスはちらりとニックの表情を窺った。
残るはニックと親しかった人間……【武芸百般】のリーダーのアルガスと、メンバーのガロッソだ。
「……【武芸百般】は、殺しは御法度だった。別に、騎士に追われるから止めておけとか、そういう話じゃない。磨いた技術を悪事に使うなって口酸っぱく言われてた」
「じゃあ、やったとは思えない?」
「少なくともオレがあそこに居たとき、そういう連中と付き合いがあったのは一度も見たことがねえ。そんな付き合いがあれば金に困ってなんざいなかっただろうしな。万年貧乏パーティーだよ、【武芸百般は】」
「おっと、騎士としては今の発言は見過ごせないなぁ。報酬があるなら盗賊の味方もするのかい?」
アリスが皮肉をこめて微笑むが、ニックは肩をすくめる。冗談だとわかりきっていた。
「実際、金も何も無いのにそういう連中と付き合う義理はねえだろ」
「金回りの良い冒険者が怪しいと?」
「というか冒険者かどうかもオレは知らないがな。まあカタナを使いこなすくらい剣技を鍛えるのは冒険者くらいしかいねえとは思うが……」
「まあね」
「……なあアリス。アルガスかガロッソ、どっちかを疑ってるんだろう?」
「え、い、いや、何のことかな?」
ニックの言葉に、アリスは驚くほどうろたえた。
苦し紛れに茶を啜るアリスを見て、ニックが溜め息をつく。
「別に隠さなくったって良いだろ。オレに聞くってのはそういうことだ。それでいちいち機嫌悪くしたりはしねえよ。それに竜王宝珠が関わってるなら他人事じゃねえ」
「……その通りだよ。ただ誤解しないで欲しい。もし冒険者だとしたら、という仮定をした上での話だよ。別の国から流れ者の腕利きってことも十分にありえる。むしろそういう可能性を調べるためにも、他の可能性が無いってことを潰す必要はあるからね」
「オレから言えるのは、可能か不可能かで言えば二人とも可能だ。あいつらの働きぶりをみたことがある奴なら、それだけの腕前を持ってるって誰でも答えるぜ。……ただそいつらが犯人だと仮定して、なんでやったのか、誰とつるんでるのか、どういう目的があるのか。そういうことはさっぱりわからねえし、オレはあいつらが盗賊に雇われるようなバカじゃねえと思ってる」
「……キミは良い子だね。追い出した相手のことを悪く言わないなんて。こういう状況で復讐のチャンスだって思う連中は少なくないと思うよ」
そのアリスの言葉に、ニックが渋面のまま沈黙した。
【武芸百般】の人間とは後味の悪い別れをしている。だが流石に、何の根拠も無く「あいつらは怪しいんじゃないか」などと吹聴するような真似をしたくはなかった。ガロッソには濡れ衣を着せられたようなもので、こちらが濡れ衣を着せるのは因果応報なのかもしれない。だが、それをやってしまうことは一種の裏切りのように思えた。昔の仲間に対してではなく、今の仲間に対して。
「……ちょっと下卑た物言いだったね。すまない」
「いや、良い。お前は手がかりが欲しいんだろ。仲間を殺した誰かの」
「喉から手が出るほどにね」
ニックはアリスの何気ない言葉に、ほんの少し焦げたような匂いを感じた。
「冒険者も騎士も因果な商売だ。いつどこで、どんな出会いと別れがあるかわからないものだ」
「……オレだって覚悟しているつもりだが、それでも実際は違うんだろうな」
「初めてじゃないんだけどね。慣れないものさ。きみも冒険者パーティーのリーダーなんだ。そうならないよう、しっかりやるんだよ」
アリスの言葉はニックに呼びかけているようで、そうではなかった。
茶の水面に映った自分自身に言っている。
そんな気配をニックは感じていた。