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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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思わぬ来訪者

本日1巻の発売日を迎えました!

既に買って下さった方も多く、本当にありがとうございます……!


……ところで、カバー外しました?

そこまで派手な仕込みではないのですが、ちょっとした人物が隠れています。

四六版でカバー裏いじってるのは中々珍しいと思うので、

ひそかに自慢してるポイントだったりします。




 『海のアネモネ』の裏手の路地でティアーナは、過去のベロッキオとの出会いをつらつらと語った。ところどころ思い出し笑いをしたり、何気なく見せる少女らしい表情にニックはこころが和んだ。


「なんていうか、師匠は……貴族っぽくなかったのよね。使用人もよくよく使わないし、たまに家にも帰らないで研究室にこもりっきりになったりするし。仕方ないから掃除を手伝ったりしてたわ」

「……なんか、もうちょっとしっかりしたイメージなんだが」


 ニックの言葉に、ティアーナがくすりと笑った。


「貴族の中に紛れてると貴族っぽくないなって思うけど、迷宮都市の中に紛れてると貴族っぽいなって感じかしらね。どこにいてもちょっと変な人なのよ」

「ブレない奴ってのはオレも嫌いじゃないが」

「割と話のわかる人だったんだけどなぁ……」


 はぁ、とティアーナが顔を曇らせてため息をつく。


 ニックも、ティアーナの話に違和感を感じた。ニックがベロッキオと直接話していて感じたのは、切実さや頑固さだ。目的のためならば何でもやるという強い意志を感じた。自由闊達で学生の意志を尊重する、そんな気風はあまり感じられなかった。


「……確かに、妙だな」

「おう、探したぜお前ら。こんなところでトレーニングしてたのか」


 そんなとき、ニックたちに声をかける存在があった。

 金髪のくせっ毛をした魔術師風の男で、ニックの顔なじみであり、そして今回の勝負において敵対することになる一人だった。


「ウィリーか」

「よう、ニック」


 ニックとウィリーは同じ冒険者というだけではなく、吟遊詩人狂ドルオタの仲間だ。吟遊詩人アイドルのアゲートのライブで一緒になることが多く、最近はお互い友人と言って差し支えない関係だった。


「今回は妙なことになっちまったな、敵同士だが恨みっこなしでやろうや」

「良いさ。しかし助っ人を転々とするって珍しいスタイルだな」

「仕方なくだよ。昔のパーティー仲間が結婚して引退しちまってな。一人やもめの俺とマーカスはコンビで組んで続けてるってだけだ」


 やれやれとウィリーが肩をすくめる。

 そこに、ティアーナが皮肉げに口を挟んだ。


「それで、敵情視察かしら?」

「ああ、それも半分くらいはある」


 まさかそれを素直に認めるとは思わず、ニックもティアーナも訝しげにウィリーを見る。


「一言で言えば、ベロッキオ師匠のお使いでな。ティアーナ、おまえさんに伝言だ」

「へ?」


 その言葉にニックに緊張が走った。

 だが、ティアーナは別のことが気になったらしい。

 素直に疑問をウィリーに口にする。


「ベロッキオ……師匠? え、あなたもそう呼んでるってことは」

「ああ。最近の冒険者の事情を教えるから俺も魔術を教えてくれって頼んだら引き受けてくれたぜ」

「なるほど……それじゃあ私は姉弟子ね」

「よろしくな、姉御」

「姉御ってなによ、姉御って!」

「いや、みんな言ってるじゃねえか。特に競竜やカジノが好きな連中は『賭け方が見てて気持ち良い』とか、『遊び方が堂に入ってる』とか、よくわからん尊敬の仕方をしてるんだよ」


 その思いがけない話に、ニックがぶはっと吹き出した。


「ちょっと!」

「いや、悪い悪い」


 ティアーナの恨みがましい視線に、ニックは思わず詫びる。

 はぁ、とティアーナは溜め息をつくが、何かに気付いたようにわなわなと震えだした。


「……もしかして、それ、師匠も知ってる?」

「あー……」


 ウィリーが言いにくそうな顔をして押し黙った。

 つまりはそれが答えということだ。

 ティアーナがそれを悟って頭をかかえ、うあーとかうおーとかごろごろ唸っている。

 お嬢様らしからぬ駄々っ子のような態度にニックは爆笑をこらえ、ウィリーはなんとも困った顔で咳払いをする。


「気持ちはわかるんだが……そろそろ本題に入って良いか?」

「ああ、そういえば伝言って話だったわね」

「師匠がティアーナ、お前さんと二人だけで会いたいそうだ」

「二人だけ?」

「近況報告が聞きたいとよ。その場ではあれこれ要求したり無理強いはしないから安心してくれとさ」

「本当か?」


 ニックがいぶかしげに尋ねる。


「お前さんにも詫びを伝えてくれと頼まれた。年甲斐もなくカッとなった、すまなかったとさ」

「……妙な爺さんだな」

「ああ。変な人だ」


 ティアーナのように家から追い出された元貴族ではなく、ベロッキオは現在も貴族のはずだ。無礼な態度を取ったニックを叱責こそすれ、詫びるなどまずありえない。ありえるならば、そもそもそんなことを気にしない人格だということだ。


「……で、どうする?」


 ウィリーがティアーナを見て問いかけた。

 ティアーナは困った顔で、ちらりとニックを見る。


「……まあ、良いんじゃないか。あの場では売り言葉に買い言葉になっちまったし、落ち着いたところで話ができるなら悪いことじゃあるまい」

「でも決闘の前よ?」

「決闘は決闘で勝てば良いんだよ」


 ニックの言葉に、ティアーナがふふっと笑う。


「それもそうね」

「お前ら自信あるじゃねえか」

「千剣峰は何度も攻略したからな」

「なるほどな……だがニック、一つ言っておく」

「なんだ?」

「お前は確かアルガスの【武芸百般】にいたよな。つーことは、千剣峰は大して難しくはなかっただろう」

「まあ、そうだな」

「なら、後衛主体のパーティーがどうやって千剣峰を攻略してるかは知らねえ。そうだな?」

「……何が言いたい?」


 ニックの問いかけに、ウィリーは不敵に微笑む。


「警告だよ。お前達は強い。実績を見りゃ明らかだ。だがそれでも……油断したままじゃ足をすくわれるぜ」

「なっ……?」

「それがなんでかは秘密だ。それじゃあティアーナ。ベロッキオ師匠は北東部の魔術研究所の宿舎に間借りして住んでる。『サンダーボルトカンパニー』ってところだ、目立つからすぐわかる」


 そう言ってウィリーは颯爽と去って行った。


「くそっ、ウィリーめ……」

「不敵な奴ね」

「こないだ騙されて非公式の吟遊詩人アイドルグッズ買ってたくせに格好付けやがって……」

「その話は今聞きたくなかったんだけど」


 あなたたちどうしようもないわね、とティアーナが笑って肩をすくめた。







「じゃ、行ってくる」

「気をつけてな……っつーか、オレもついていかなくて大丈夫か?」

「あのねー、子供じゃないんだから」


 ティアーナは言伝に従い、一人でベロッキオの元へ行くことを選んだ。

 汗を拭いて訓練着からいつものローブへと着替えると、そこには今でも貴族令嬢といって差し支えないティアーナの凜とした姿があった。


「でもありがと。キタの方に行くのは久しぶりだしお土産でも買ってくるわ」

「いらんいらん、別に遠出ってわけでもねえし」

「ま、お土産を買うならカランの目利きの方が良いしね」


 そして出発したティアーナを見送り、ニックも手持ち無沙汰になった。

 他のメンバーも全員、トレーニングを兼ねて小鬼林に行っている。

 まだ日も高い。

 今の時間から酒場でだらだらするほどニックは自堕落ではない。吟遊詩人アイドルに限っては理性や節制のたがは外れるものの、それ以外においては一人で時間を潰せる趣味もあまり無い方だ。


「……道具の補充するか」


 そこで思い立ったのが、日々の雑用だった。


 我ながら仕事中毒だと自嘲しつつ向かったのは、金槌横丁という名の鍛冶師や道具店が立ち並ぶ通りだった。南東部が貧民街で、北西部が貴族や金持ちの街と例えるならば、南西部は庶民の街だ。日々食うや食わずというわけではないが、政治に明け暮れたり金の使い道に困ったりするほどの金持ちもいない。ほどほどの値段で物を売り買いする商人、日用品を作る職人、あるいはそれなりに規律ある職場で大勢で働く労働者などが溢れている。


 冒険者ギルドの周囲にも冒険者御用達の店はあるのだが、手近な店で済ませようとすると火傷することも多い。冒険者はパーティーを組めるならばこれと言った資格もなく働けるため、日銭を得るために冷静さを無くした冒険者の財布を狙う商人が多いのだ。ニックはそのためギルド周囲での買い物はあまりせず、足を運んで金槌横丁まで来ることが多かった。スリなども少なく、変な人間に絡まれることは少ない。


「やあ、奇遇だね。もしよければ、お茶でも一緒にいかがかな?」


 だからニックにそんな軽薄なセリフを投げかけてきたのは、決して身辺の怪しい人間ではなかった。


「……アリスか」


 太陽騎士アリスは、普段と変わらぬ爽やかさでニックに微笑んだ。





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