ティアーナの学生時代 2
いつもご愛読ありがとうございます。まいどまいど宣伝です。発売日が明日となりました。というか気の早い書店さんはもう棚に並べていると思います。書店さんいつもありがとうございます。
以前書籍特典について書きましたが、実はそれ以外にも番外が1本ございます。一番最後のページのQRコード(もしくはURL)からアンケートとこぼれ話のページに飛ぶことができるので、ぜひこちらもチェックして頂けると嬉しいです。ちなみにこちらはキズナのお話です。
また今日は活動報告の方でカラー口絵を公開しています。こちらも超イカしてるのでぜひご覧くださいませ。
重ねてあつかましいお願いで恐縮なのですが、どうしても書店や流通の仕組み上、初動7日の売上がとても大事でして、なにとぞお早めのご購入をお願いします…!
以上、宣伝でした。それでは本編をどうぞ。
貴族学校の学生は四年生になったときに、学校の教師の部屋を訪問する。そこで教師がどのような研究をしているのかを尋ね、自分の進路にあった人を師匠として選ぶ。卒業するためには全員そうしなければならないが、学校の規則として「誰を選ぶか」という点において自由だ。
もっとも、学校以外の様々なしがらみによって選ぶ余地のない人間も少なくないし、人数の問題でだぶついたり空きが出たりといった事情で自分の意志が反映されないことはままある。私の場合、魔術を研究する人を選ぶという暗黙の縛りがあったが、その範囲内であれば誰でも良かった。魔術を専攻する教師は貴族学校には多く、選択の余地は多い方であっただろう。だから何人もの教師の部屋に足を運んだ。多くの教師は私の来訪を喜んだ。私が良い成果を出して卒業すれば教師の評価にも繋がるからだ。
だが、ベロッキオ氏は私も他の生徒の扱いも変わらず、平等だった。
「ティアーナさん。あなたは別に魔術を研鑽したいわけではないでしょう? それならばピアリ殿かダスティン殿を薦めますよ」
私が訪問したときの言葉は、なんともすげないものだった。
いや、すげないとは一概に言えない。
あなたにはこの人が向いてますよ、と助言するのはごくごく普通のことだ。
けれど私はこのときちょっとばっかり天狗になってて、挑発に聞こえてしまった。
「……私では、ここの研究室は不適格なのですか?」
「いえ?」
「ではなぜ?」
「選択の問題ですよ。きみが何かしら魔術を極めようとするならば私は、そして魔術を研究する教師たちは全力であなたを支援しますよ。ですがティアーナさんはそうではないでしょう?」
「……ならば、今挙げた先生は、魔術の研鑽に努めてはいないと?」
「いえいえ、努めていますとも。ただ方向性が違うだけです。ピアリ殿もダスティン殿も優秀な教師であり研究者です。ピアリ殿は古来における歌唱と魔術の関係を研究しており、芸術にも造詣が深い。学ぶべきところは大いにあるでしょう。ダスティン殿は生徒たちが卒業試験において実績を出すことより、基本的な教養を確実に習得していることを重視しています。試験において然るべき点数を出しているのであれば、後は生徒の自主性を重視してとやかく言うことはありません。学校の外でやるべき義務が増えた生徒は、暗黙的に彼の門下に入ることを勧めています。内定した職場で少しでも早く見習いをしたいという子もいますから」
悔しいが、確かにその二人の教師の方が自分に合っている。ベロッキオ氏とは直接話したことはあまりないはずなのに自分のことをよく見ていると、私は認めざるをえなかった。
「……確かに、私にはそれが良いのかもしれません。私は魔術を勉強してはいますが、魔術師を職とするわけではなく、魔術師の嫁となるためです。そういう意味ではそれを理解してくれる人の下で学ぶのが筋なのでしょう」
「え? 魔術師とは別に職業でも何でもありませんよ?」
「え?」
悔しさを滲ませた言葉を絞り出したつもりが、想像もしてない質問が返ってきた。
私はつい、素の困惑の顔を見せてしまった。
「確かに、魔術師という職業や肩書きはあります。魔術師団の一員などはそうですね。あるいは私のような者もそうでしょう。魔術師として、魔術を頼りにここで研究を重ね、学生を指導していますから名実ともに魔術師と言えましょう」
「でしたら、魔術師は職業でしょう?」
「こうした身分や職責がなくとも、魔術師は魔術師です。誰かの嫁であったとしても、あるいは貴族などではない平民や、どこの国にも属していない民であったとしても、それは変わりません」
「……あの、先生」
「なんでしょう?」
「では、魔術師とは何ですか?」
「魔術を志す人ですよ」
「……それだけですか?」
「むしろ他に何があるのですか?」
あまりにも単純な言葉に、私は煙に巻かれているような気分になった。
「え、ええと……どこかの門派に所属したり、軍属になったり、あるいは研究所に就職したりしないと、普通は魔術師として認められませんよね。名乗るだけならばできるかもしれませんが……それは自称では?」
「就職はともかくとして、門派や派閥ならば規則の緩いところに入れば良い話です。そもそも、今のような仕組みになる前から魔術師という人は歴史上どこにでも存在していました」
「それはそうでしょうけれど……」
「魔術師などそんなものです。魔術を志し、魔術を磨き、魔術を探求する。むしろそうした意志もなく、魔術をただの道具や日用品としか見なさない人は、どんな職責にあろうが魔術師とは呼びたくないですね」
あまりにもあまりな発言だ。私は怒りを通り越して目の前の人物の心配さえしてしまった。もし万が一、こんなことを国の魔術師団の人間に聞かれでもしたら大問題だ。魔術師団は騎士団と同じ武力組織であり、魔術を武器や道具として使うことに長けた魔術師なのだ。ベロッキオの考えとは対極と言っても良いだろう。
けれど、私はどこかで、ぴんと来るものがあった。
「では先生、剣や槍や弓と、魔術は、まったく違うものですか?」
「魔術で何かを攻撃するのであれば同じでしょう。逆に魔術を使って……」
そのとき、ぷしゅーという間抜けな音がベロッキオ先生の部屋に響いた。
薬缶に入れられた湯が沸いた音だ。薄い鉄を叩いて作ったものではなく、溶かした鉄を型に流し込んで作られたのだろう、重々しくざらついた見た目をしている。そしておそらくは魔道具だ。中に入れた水が湯になる機構が仕込まれている。
「……こうして湯を沸かしたり、茶を入れるのは武器でしょうか?」
「湯がぐらぐらと沸いた薬缶を暴漢に投げつければ十分に武器になるかと思います」
「その通り。つまるところ、それを何と見なすか、何のために使うかは人に委ねられています」
ベロッキオ先生は沸いた湯をティーポットに移し替え、手ずから茶を淹れ始めた。
そういえばここには使用人さえ居ない。となるとここで茶を淹れるべきは私だ。うっかりしていた。
「あ、先生、それは……」
「おっと、まず尋ねるべきでしたね。茶はお嫌いですか?」
「いえ、そんなことは」
だがベロッキオ先生は気にも留めず茶と棚に保管していた茶菓子を差し出した。
奇妙な茶会だ。いや、茶会ですらない。
「あ……美味しい」
「それは良かった」
ベロッキオ先生も茶を飲み始める。恐らくこれが先生の日常なのだろう。茶器の扱いも手慣れていた。使用人がいる気配さえない。冷静になって見渡してみれば部屋は本や魔道具がこれでもかとばかりに積まれているが、すべてが魔術や学校の授業に必要なものではないだろう。あからさまに芸術品や遊びのための魔道具もある。生真面目な顔をしながら、相当の趣味人だ。
「先生は自由な人ですね。大変珍しいと思います」
「あなたは何か不自由を感じているのですか?」
「よくわかりません。ですが……」
私は、私自身のことを伝えようとした。だが言葉に詰まった。何となく目の前の奇妙な教師と自分を比べて、自分がどういう人生を歩むべきなのか考え込み、迷った。自分は、アレックスの許嫁だ。そこに疑問を持ったことはない。自分の人生に疑問を感じたことなどない。親や家から与えられた人生とはいえ、与えられることをよしとすると自分で選択したのだ。許嫁を好きになったのも私の自然な感情の発露だ。
だがもしかしたら、疑問を持つこと、検証すること、違う可能性を想像することそのものは、誰に憚ることなく許される行為ではないのだろうか。
「先生。もしかして、魔術とは自由なものなのですか?」
ベロッキオ先生は、小さく、だが確かにしっかりと頷いた。
「仮に、魔術に携わる職に直接就かなくとも。誰かの家に嫁いでいったとしても」
「あなたが魔術を志す限りは、あなたは魔術師でしょう」
答えを聞いた私はその場で、ベロッキオ門下に入りたいという希望を伝えた。