ティアーナの学生時代 1
いつもご愛読ありがとうございます。まいどまいど宣伝です。
今日の告知はコミカライズです!
漫画版作者は川上真樹先生で、コミックウォーカー「異世界コミック」にて連載します。
宣伝用に描いて頂いた1P漫画を活動報告に載せておきますので、ぜひご覧ください!
また近いうちにまたこの場を借りてご連絡しようと思います。
小説書籍のほうもぜひよろしくお願いします。
以上、宣伝でした。
それでは本編をどうぞ。
ティアーナが汗みずくになったまま、地べたにうつ伏せに倒れた。
「もーダメ……疲れた」
「汚れるぞ。ほれ、タオル。あと水も」
「置いといて。あと五分だけこのままで居させて」
「まあオレは構わねえが……」
ここは、酒場『海のアネモネ』の店の裏側だった。
以前ニックが奇門遁甲を訓練したときと同じようにここを訓練場にしていたために、今回も訳を話して借りたという流れだった。動きやすい服装に着替えたティアーナを、ニック、そして店の女用心棒に収まったエイダが見守っている。
「へえ、お嬢様にしちゃ動けるじゃないか」
「そりゃ私だって冒険者だからね」
「それだけじゃないだろう。木剣の扱いだってそこそこサマになってるし」
横たわるティアーナの側に、木剣が転がっている。
ニックの短剣より少し長い程度のもので、取り回しの良さを優先した物だ。
「一応、簡単には学校で習ったわ。剣術はそんなに熱心じゃなかったけど」
「お嬢様もちゃんばらをやるんだねぇ」
「護身術が必要な子は多いのよ」
「じゃ、なんで今まで使わなかったんだい? 見たところ杖しか持ってなかったようだし」
「中途半端に使えるからって頼りにするくらいなら使わないほうが良いわ」
「そりゃ道理だ」
エイダがそれを聞いてけらけらと笑う。
「でも今回はその道理を引っ込めなきゃいけないのよね……」
「千剣峰を攻略するんだっけ? 難儀だねぇ。あそこは魔術師が一番苦労するって聞いてるけど」
「やっぱりみんなそういう認識みたいね……」
ティアーナが溜め息をつきながら上半身を起こした。
そしてニックから渡されたコップを呷り、水を一息で飲み干す。
「大変そうだねぇ。別にいきなり戦士並に動けるようにならなくても良いんじゃないのかい? 大事なのは怪我をしないことだと思うけれど」
エイダの言葉に、ニックが頷く。
「昇格することだけが目的なら、攻略するときだけ休むって手もあるんだがな……。控えを用意して適時攻略メンバーを調整するとか」
だがその二人の言葉に、ティアーナが首を横に振った。
「それはとてもとても魅力的な案でしょうけど、今回ばっかりはナシでしょ」
「せめて決闘って形じゃなけりゃな」
ニックが腕を組み、難しい顔をしながら唸る。
それを見たエイダが、ぽつりと質問を口にした。
「そういえば、他の三人はどうしてるんだい?」
「訓練がてら小鬼林に潜ってる」
カラン、ゼム、キズナの三人は別行動を取り、小鬼林を探索していた。カランが竜人族の特技を使わず、そしてゼムは前衛の仕事をするという縛りを付けた上での探索だ。これもティアーナと同様、千剣峰での行動を意識しての訓練だった。
「実地訓練ができるなら良いこった。それで、お嬢ちゃんの方は……」
「素直に言ってくれて構わないわ」
言いにくそうなエイダに、ティアーナが言葉を促した。
「戦力にはならないけど足手纏いってほどでもない。無理矢理配置換えするようなもんだ、こんなもんじゃないのかい?」
「どうかしらね」
ティアーナは、エイダの言葉に頷かなかった。
「攻略するだけならできるかもしれない。でも向こうは何をしてくるかわからない」
「昔のあんたの師匠だっけ? そんなに強いのかい?」
「純粋な魔術勝負だったらとてもじゃないけど敵わないわ」
「でもあそこで魔術は使えないだろう?」
「……そうなのよね」
ティアーナは一旦言葉を切り、「けれど」と言葉を付け加えた。
「本当に何もしてこないとは思えないの。何の準備もなく迷宮に突撃するような馬鹿では絶対にないわ」
「ずいぶん自信あるじゃないか」
「当たり前でしょ。私の師匠だもの」
ふふん、とティアーナが自信ありげに笑う。
「決闘の相手だってのに、そんなもんかねぇ」
「ママー、ちょっと皮むき手伝ってー!」
「あいよー! ……っと、悪いね。仕事ができた」
エイダは娘の呼び声に応えて、すぐに店の中へと戻っていった。
残された二人は、微妙な沈黙の中で休憩していた。
夏場を控えたこの時期の風はぬるく、清涼感よりもけだるさが感じられる。
ティアーナの荒れた息づかいが、生々しくニックの耳に届いた。
「はぁ……よしと。とりあえず素振りと模擬戦はやったわね。次はどうする?」
「あんまり無理するなよ。エイダの言うことにも一理ある。目標は千剣峰を普通に歩き回るのと、魔物が攻撃しても防げる程度に立ち回れることだぞ」
「そうだけどね。でも、体動かすとちょっとスッキリするわ」
「スッキリ? なんだ、運動不足か」
「そうじゃないわよ。なんていうか、ちょっと停滞してた感じがあったし」
「停滞って、お前がか?」
ニックが不思議そうな顔で尋ねると、ティアーナが苦笑気味に答えた。
「最近、目新しいことやってなかったからね。目先の仕事も大事だけど、たまには違うことをするのも大事よ」
「たまにお前、含蓄がある発言するよな。それも師匠の影響か?」
「……そうかもね」
ティアーナが、空を見上げながらぽつりと呟く。
今日は快晴だ。そこかしこに洗濯物がはためいている。
風や温度はともかく、景色だけは爽快だ。
「今の私があるのも、ある意味では師匠のおかげよ」
◆
学校で一番好きな授業は、詩歌だったわ。
昔の許嫁のアレックスは……まあ、今から考えたら腰抜けだったけれど、それでも詩を書く才能と声の良さだけはあったの。男の吟遊詩人にでもなれば売れたでしょうね。でもアレは男爵家で魔術師の名門の長男に生まれて、その道を進むしかなかった。許嫁の私も、魔術を勉強してそっちの家の嫁に恥じないよう頑張れって言われてた。
だから『一応』、魔術を頑張ったわ。でも、『一応』でしかなかった。学校から渡された教科書を読んで、学校の実技指導をそのまま習得して、年度末の試験では満点も取った。でもそこから先のことを勉強しようとかは思わなかった。自分の杖の先から氷や風が出るのはそこそこ面白かったけど……結局それって武器じゃない? 弓矢とか剣とかと違わないでしょ。
そもそも私って、魔術師じゃなくて魔術師のお嫁さんになるために魔術に取り組んだのよ。嫁ぎ先の家の話についていけるくらいちゃんと勉強しようとは思ったけど、実戦で使おうとかは全然思ってなかった。だいたい、許嫁と結婚して家庭に入る私が杖を振るって魔術を唱えなきゃいけない状況って、相当なピンチじゃない? 家臣が謀反を起こしたとか、国にテロリストが入ってきたとか、戦争でどうにもならなくなったとか。「私が魔術を使わなきゃいけない状況になった時点でおしまい」って話でしょ。だから、あんまり意味があるとは思えなかったのよね。それならもっと他に勉強するべきことも楽しいこともいくらでもあるじゃないって、そう思ってた。ていうか歌を聞いてる方が楽しかった。
で、私の通ってた学校って五年間通う制度になってるんだけど、四年生になると何かしらの師匠を選ばなきゃいけなくなるの。で、師匠の指導を受けてそれぞれ卒業試験を課されるわけ。それにクリアしたら卒業できるって仕組み。法律を勉強してる人は、法律に関する論文を出したり。詩歌を学んでいる人は、自分独自の詩歌を作ったり……。
ま、そんなわけで、私はなんでも良かったわ。学校はただの人生の通過点に過ぎないし、自分の人生に必要なものなんて特にない。そう思ってた。だから自分の師匠を選ぶときになっても、サイコロの出目で選んでも良いくらいどうでも良かった。そう思ってた。
でもそこで私は、自分の意志で、魔術師になるって決めたの。
いつも読んでくれてありがとうございます!
おかげさまで9/25に書籍1巻が発売されることとなりました。
書籍では更にパワーアップしてお届けします。
(特にニックとカランの描写はどどんと大盛りでお送りします)
ウェブ版で面白かったならば是非ともご購入して頂けると幸いです。
切実に、なにとぞ、買って欲しいのです……!