師との再会 4
いつもご愛読ありがとうございます。本編が始まる前に宣伝を少々……というか今週と来週は宣伝をばんばん打っていくので先に謝っておきます。不快な人はごめんなさい(そのかわり更新頻度ちょっと上げてきます)
以前書籍化を報告したとき「追放パートで新規の人が振り落とされないだろうか」といった心配をして下さる人がいたのですが、大丈夫、ご安心ください。
大盛りにしておきました。
今回の書籍化範囲は序章と1章なのですが、それを書籍版に仕上げるにあたって「上げるところを上げ、下げるところを下げる」、「1冊読み切ったときの満足感をたっぷりと」という方針で改稿したので、賑やかな日常パートを新たにはさみつつも戦闘パートの敵は強く、キャラ描写(特にニックとカラン)は深く掘り下げていきました。言ってしまえばウェブ版は難易度ノーマルで、書籍版は報酬もハードルも高い高難度クエストといった感じかなと思います。また、書籍の初回特典なども今日か明日にはMFブックス様の公式サイトで更新されると思うので、チェックして頂けると幸いです。
それと、今日から活動報告の方で毎日キャラデザ資料の公開などの告知をしていきます! まずはティアーナのイラストを掲載しておりますので、ぜひこちらもご覧ください。
最後にあつかましいお願いで恐縮なのですが、どうしても書店や流通の仕組みとして発売7日以内の売上がとても大事らしく、お早めのご購入をお願いします……!
以上、宣伝でした。
それでは本編をどうぞ。
啖呵を切ったニックは荒い息を整えて再び椅子に座った。
ベロッキオは、口を一文字に結んで厳しい視線をニックに送る。
「……私は他人ではありません。彼女の師匠です。彼女の将来に対する責任がある」
だがニックも、ここで引き下がる気はなかった。
「だったらオレはあいつの仲間でリーダーだ。責任はオレにもあるんだよ」
「それはカランについても同じことを言うつもりかしら?」
気付けばスイセンが殺気立った目でニックを睨んでいる。カランとはまた違った底冷えするような気配に、ここのところ力を付けてきたニックでさえも背筋に寒いものが走る。だがそれで、引き下がるようなことはしなかった。
「ああ、そうだ。家族だろうが誰だろうが変わらねえ。あいつには戦う力がある。それだけじゃねえ、文字も読めるし計算もできるようになった。失敗して、そこから学んで、一人前の冒険者になった。家族に守られるひよっこじゃねえ」
「へえ……」
ゆらりと殺気が漏れ出た。
今度ばかりはベロッキオも無理にスイセンを止めようとしなかった。もはや交渉決裂に近い。ニックたちの座るテーブルの異様な気配に気付いたのか、ウェイトレスが青い顔をして引っ込んでいった。ニックは頭の中で計算を巡らせる。恐らくベロッキオは表だって暴れはしないだろう。対処すべきはスイセンだけだ。ほんの一合さえ防げば何とかなる。だが、相手はカランよりも腕が立つかもしれない。決して油断はできない。
緊張感の満ちた空気が続いた。
スイセンの目と指先が揺れた。
焦れて動き出す。
ニックはそこでテーブルを蹴り上げようとして、
「はい、そこまでよ」
「姉ちゃん!」
あらぬ方向からの聞き覚えある声に、動きを止めた。
その声の主は、今まさに話題に上っていた二人だった。
「あ、あれ……? ティアーナにカラン?」
「僕もいますよ」
【サバイバー】のメンバー全員が、ニックたちの座るテーブル席の後ろに構えていた。
なんでここに? と言う前にニックは今まで隣で黙っていたキズナを睨む。
「おお、三人とも。偶然じゃのー。メシは済ませたか?」
キズナはニックの視線を無視して、白々しく挨拶を送った。
「まだよ……まさか、喧嘩をおっぱじめるような状況になってるなんて思ってもみなかったから、食欲もどこかに飛んでいっちゃったわ」
「まったくダ」
ティアーナもカランも、目の奥で怒りの火がちらちらと燃えていた。
キズナは《念信》を使って二人を呼んだのだ。もしかしたら会話の内容もつつぬけになっていたかもしれない。
だが、ベロッキオとスイセンは良い機会だと思ったのだろう。それぞれ目的の相手に向き直った。
「ティアーナさん。悪いことは言いません。私と一緒に来なさい」
「カラン。あたしと一緒に戻りなさい」
そして、それに対する答えはすぐに返ってきた。
「いやです」「いやダ」
スイセンが殺気を放つが、カランもティアーナも負けじと睨み返す。
再び膠着状態となり、ベロッキオが重苦しい溜め息をついた。
「交渉決裂ですね」
「みたいだな」
ニックはわざととぼけた表情をしながら返事をした。
「ではこうしませんか。ニックさん」
「なんだ?」
「私達は情報収集するために、やむを得ない手段を取りました」
「やむを得ない手段……?」
「あなた方が冒険者をしていることまでは簡単に掴めました。ですがそこから先は中々情報を仕入れるのが大変でしてね」
「はあ」
ベロッキオの真意が読めず、ニックは皮肉抜きの生返事をする。
だが、その次の言葉に度肝を抜かれた。
「ですので、内情を知るために冒険者になりました。冒険者は怪我や命の危険があるという話もちゃんと経験した上での話ですよ」
「はあ!? あ、あんたが!?」
驚愕したニックに、ベロッキオは嬉しそうに微笑む。
「老骨に鞭を打つのは大変でしたが、スイセンさんや他の協力者のおかげで今のところEランクにまで到達しています。確かあなた方もEランクでしたね?」
「……何が言いたい」
「ここは冒険者の流儀に乗っ取って、勝負と行きませんか? わかりやすく決闘するとか、あるいは先にDランクに到達した方が要求を飲んでもらう、とか」
「話にならねえな。こっちはあんたらを無視してりゃ良いんだ。あんたらだけが得をする勝負に乗って、何のメリットがある?」
「……確かに、その通りですね」
ベロッキオが悩み始めた。
しばし沈黙したまま、腕を組んで目を瞑る。
まるで瞑想しているかのような静けさだ。
「お、おい」
「ああ、先生の癖なのよ。別に寝てるわけじゃないわ」
「なら良いんだが」
心配しているニックをよそに、ぱちりをベロッキオは目を開けた。
「私たちがあなた方に要求をするように、こちらもあなた方にそれ相応の報酬を用意しなければなりません。ですので……ティアーナさん」
「はい、師匠」
「あなたには私の奥義を授けましょう」
「へっ……!?」
「もし学校を卒業した後も魔術の鍛錬を続けているのであれば、ひとつ教えようと思っていた魔術があります。もちろん学校のカリキュラムで教えられる程度の基礎的なものではありません。私の一門のみ知ることのできる魔術です」
「し、しかしそれは……横紙破りでは?」
ティアーナの言葉に、ニックとカランが不思議そうな顔をした。
「ああ、二人は知らないわよね……。魔術師っていうのは、学校での授業とか、お金を払って受ける講義とかで教わる範囲はあくまで基本的なところまでなのよ。それぞれの流派の独自の魔術体系までは中々踏み込ませてもらえないの」
「……にしては、ティアーナは随分器用に感じるんだが」
ニックの言葉にカランが頷く。
ティアーナは妙な状況で褒められて複雑な顔をしていた。
「流派に所属せずとも学べる一般的な魔術であっても、すべてを習得するためにはそれなりの時がかかるものです。ティアーナさんは今の年齢にしては相当な数を使いこなせる方でしょう」
「それは同意する」
「ですが私の流派、雷鳥流の秘伝までは教えてはおりません。こればかりは幾ら金を積まれようが迂闊に教えて良いものではありませんからね。ただ勉学の一環として魔術を学ぶのではなく、魔術師として真摯に修行を重ねる直弟子にのみ伝えるものです」
「……それを教えるってことか?」
「ええ。もっとも、冒険者を辞めて私についてくる場合でもちゃんと教えますよ」
その言葉が本物であれば、賭けに足る報奨だ。破格であると言っても良いだろう。
ティアーナはその意味を理解し、ごくりと生唾を飲んだ。
「ティアーナにとって十分な報酬ってわけだな。……で、そっちは何を用意するんだ?」
「ちっ……」
ニックに話を向けられたスイセンは、その美貌が台無しになるほどのしかめ面で舌打ちを鳴らした。
「カラン。あなた、竜骨剣の使い方、全部知らないでしょう」
「……え?」
カランの呆気に取られた顔を見たスイセンは、芝居がかった仕草で溜め息をついた。
「どうせ火を噴き出すくらいのことしかしてなかったんでしょう。それは竜人族の力を引き出す媒介なの。ただそれだけしかできないと思ってるなら大間違いよ」
「ほ、他に何かあるのカ……?」
「だから勝ったらそれを教えてやろうって言ってるのよ」
スイセンが挑発的な態度で言い放った。
カランは厳しい目でスイセンを睨み返すが、そこには隠しきれない興味関心があった。
「……ねえ、ニック」
「なんだ」
「こういうの、アリ?」
ティアーナもカランも、不安そうにニックを見る。
「危ない橋を渡るのはナシって言いたいところだが……」
ここで逃げたとして、果たしてそれは冒険者なのか。
いや、冒険者に例える必要さえない。自分が向き合わなければいけないものに立ち向かうというならばニックは止めるつもりはない。あれこれ口を挟んだのは単に向こうの出方が気に入らなかっただけの話で、最終的には二人に任せるつもりだった。
「わかりやすく、白黒つけるか」
◆
「久しぶりに来たと思ったらまた決闘だぁ? あんたらもよくよく物好きだね……」
冒険者ギルド『フィッシャーメン』にたまたま来ていた幹部職員のヴィルマが、呆れて溜め息をついた。
彼女は老婆ではあるが眼光も動きも鋭く、外見以外に年齢を感じさせるところがない。今日もその溢れ出る鋭さは変わらない様子だった。そのヴィルマはニックたちの用件を聞いて、すぐにギルドの奥の会議室へと通した。
「しかも対戦する相手は【ワンダラー】かい」
「ワンダラー?」
ニックの疑問に、ベロッキオが直接答えた。
「それが私たちのパーティー名ですよ。私、スイセンさん、そして先輩の冒険者を二人ほど助っ人として雇っています。丁度このギルド内に居たので呼んでいますよ」
助っ人とは珍しい。普通は急造パーティーなど上手く行かないものだ……とニックがそう思った矢先に、聞き慣れた声が届いた。
「よう。ここじゃあ久しぶりだな」
「『マンハント』じゃずいぶん活躍したって話じゃねえか」
そこには、剣士風の男と魔術師風の男が並んでいた。
「助っ人って……マーカスにウィリーか」
剣士風の男がマーカスだ。浅黒い肌に、長い黒髪を後ろで結っている。身につけた鎧なども洒落ており垢抜けた男だった。
魔術師風の男がウィリーだ。ひょろながい体にくせっ毛の金髪をしており、使い古したローブと相まってどこか野暮ったさがある。そしてニックと同じく吟遊詩人狂だった。
二人共、『フィッシャーメン』では古株の男であった。
「そういえばお前たち、助っ人冒険者してるんだったな……」
「いつでも役に立つぜ……と言いたいところだが、今回ばかりは敵だな」
ウィリーが肩をすくめつつ言った。
「そっちは顔見知りのようだね。それじゃ、さっさと話を始めるよ。あたしゃ忙しいんだからね」
ヴィルマの言葉に全員が頷く。
「まず最初の条件の確認だ。【サバイバー】と【ワンダラー】の決闘。もし【ワンダラー】が勝った場合、そこの二人は【サバイバー】を抜けて【ワンダラー】の人間についていく。そういうことだね?」
「そうよ。私はカランを連れて帰る。ベロッキオさんはそこのお嬢さんを連れて行く」
スイセンは、まるでそれが確定した話であるかのように告げた。
「それで【サバイバー】の方が勝てば、その二人からそれぞれ教えを授ける。……変な勝負だねぇ。ま、こないだの【鉄虎隊】の勝負よりかはいくらか気楽だがね」
「気楽なのは勝負を仕切るそっちであって、こっちは真剣なんだがな」
ニックがぼやくが、ヴィルマは気にもせずに鼻息だけを鳴らした。
「いやしかし……丁度良いね。お互いにD級どころかもっと上の実力を持ったパーティーだ。これなら申し分ない」
「うん……? 話が見えねえな」
「そろそろ夏眠の時期が来るだろう。だがその直前に起きる現象がある。わかるかい?」
ヴィルマの問いかけに、ニックが答えた。
「腹ごしらえだな」
腹ごしらえ。
そう呼ばれている魔物の行動がある。夏眠前の時期に現れる特異な現象だ。と言っても、冬眠前の熊のように食い溜めするわけではない。単純に活動が活発になり、獰猛になるのだ。更に、以前ニックたちが小鬼林で出会ったオーガのように、通常のボスの魔物が更なる上位種に進化することもある。小鬼林のような難易度の低い迷宮であれば中堅冒険者でも対処は可能だが、それ以上の場所でボス格の魔物の進化が起きると厄介だ。この夏を控えた時期の迷宮探索は普段以上の慎重さが要求される。
「名付きの魔物が生まれた。Eランクのパーティーじゃ歯が立たなくて全員撤退しててね」
「場所は?」
「千剣峰さ」
「丁度良いっちゃ丁度良いが……厄介な話でもあるな」
千剣峰という名を聞いて、ティアーナがそういえば、と呟く。
「確か、Dランク昇格に必要な迷宮だったわね? どういうところ?」
「ああ、それはな……」
ニックが頷くが、続く説明はヴィルマが引き受けた。
「五輪天山の一つで、火焔鳥峰の隣の山さ。その口ぶりだと【サバイバー】としてはまだ行ったことがないようだね?」
「そうね、こないだ火焔鳥峰を攻略したばかりだし……で、迷宮も気になるんだけど、名付きの魔物っていうのはどういうこと?」
「あんたたちは確か、小鬼林に現れたオーガを倒したことがあったね。それと同じさ。通常現れるボスが更に高位の魔物に進化した場合、注意喚起として個体名を付ける。討伐したときには特別報酬も出る」
ヴィルマの説明に、ニックが質問した。
「千剣峰のボスはグレートオーガだったよな……それが進化したのか?」
「ああ。上位種になりかけってところだね。体は大きくはないが、そのかわりにとんでもなく俊敏だそうだ。……ってわけで、あたしから勝負方法を提案するよ」
「名付きの魔物を先に倒した方が勝ち。そういうことだな?」
ヴィルマは不敵な笑みでニックに答えつつ、一枚の紙を取り出した。
そこには魔物の名と絵姿、そしてその首に掛かる賞金額が書かれていた。
「討伐依頼『ウシワカ』。賞金三百万ディナだ。こいつを先に倒した方が勝ち。どうだい?」