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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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師との再会 3



 ニックの言葉を、全員が静かに聞いていた。

 ニックは妙に気恥ずかしい気分になり、そっぽを向いて言い訳じみた口調で話を続ける。


「いやまあ、そのへん確認する前に啖呵切っちまったな。悪い悪い」

「良いんダ……スイセン姉ちゃんは強引だし、自業自得ダ」


 カランもまた、ニックから目線を外してぽつりと呟く。

 二人とも妙にそわそわと恥ずかしそうにしていた。


「ええい、こんなときに甘酸っぱい空気を出すでないわ」

「出してねえよ!」

「ともかく、具体的にどうするのじゃ?」


 キズナの言葉に、ニックが答えた。


「積極的に何かするってのは必要無いんじゃねえか」

「なんじゃそれ」

「向こうがちょっかい出してきたならば制止する。向こうの都合に合わせない。こんなところじゃねえの。後やれることとなると……そうだな、『フィッシャーメン』の職員に根回ししておいた方が良いくらいか」

「根回しとはどういうことじゃ?」

「たまに家族とか恋人が来て、冒険者を辞めさせてやってくれとか言いにくることがあるんだよ」

「そんなことするやつおるのか?」


 と、キズナが言った。

 揶揄などではなく純粋に疑問のようだった。


「いや、たまにいるんだよ。家族絡みとか色恋沙汰のトラブルとかで受付に駆け込む奴とかいるんだよ。ストーキング気質の男が女冒険者に入れ込んで『危ない仕事をさせないでください!』……って何時間も受付で粘るとか」


 ニックの説明に、カランとティアーナが露骨に引いた顔をした。


「うわっ、いるのねそういう人」

「それはイヤだゾ」

「まあ受付はそういうのは慣れてるから追い返してくれるが、こっちが呼び寄せた面倒事には違いねえからな。もしものために付け届けくらいしておいた方が良いかも知れねえ」

「受付とか窓口とかはヘソ曲げると厄介なものじゃからのー」


 キズナがしみじみ呟く。


「他に何かあるか?」

「まあ変に気を回しすぎて消耗するよりは、こちらのペースを守った方が良いかと思います。迷宮探索などもそのまま進めましょう」


 ゼムの言葉に、ニックが頷く。


「そうだな。こっちはこっちで真面目に仕事してるんだ。それを見て向こうの印象が変わるかもしれねえし」

「そうねぇ……。師匠も多分、私が苦労して望まない生活を送ってるとか、そういう誤解してるかもしれないし」


 ティアーナがそう言って、寝転がった体を起こした。


「よし、普通に仕事する! また会ったら誤解を解く! それで準備オッケー!」


 ぱぁんと音が聞こえそうなほどに、ティアーナが自分の頬を両手で叩いた。


「カランも、方針が決まったらくよくよしない!」

「むぎゅ」


 そしてティアーナが、カランのほっぺたを両手でふにふにと触る。


「わかっタわかっタ」


 苦笑しながらカランはティアーナを引き剥がした。

 その後は酒が入り、五人全員でティアーナの部屋で雑魚寝することになった。







 そして【サバイバー】は何事もなかったかのように過ごした。

 三日ほど体を休め、次の冒険に備えた。とはいえ、カランとティアーナは羽目を外しすぎないように普段よりは大人しくしていた様子で、少しばかりストレスがたまっている様子だった。


「そういえば、カランはあれからティアーナの家に泊まっておるのかの?」

「ああ。なんか姉さんの性格だと後を付けて監視に来かねないとかなんとか。ティアーナも競竜は控えて魔術の勉強中だとよ」

「難儀じゃのう。それで土産を買っていくというわけか」


 ニックとキズナは、二人のための差し入れを持ってティアーナのアパートへ向かうところだった。薄焼きのパンに迷宮チキンだ。パンを千切って迷宮チキンのスープに浸しながら全員で食べようと思い、多めに買っていた。冷めないうちに帰ろうと思い、足早に通りを進んでいく。


「ニック殿。よろしいですかな?」

「あー……」


 そんな思惑は、闖入者によって妨げられた。

 声を掛けられた方を振り向くと、以前『フィッシャーメン』で出会った男女二人の姿があった。魔術師のベロッキオと、竜人族の女性、スイセンだ。


「昼餉でしたか。時間を改めますか?」

「いや……構わねえよ」


 このまま行く先を突き止められては面倒なことになると思い、ニックは渋々頷いた。


「とりあえず、手近なところで腰を落ち着けましょうか。馳走しますよ」

「気にしないでくれ。そういうのは無しにしよう」

「そう警戒しないで下さい。何もこんな小さなことであれこれ願いを押し通そうというわけではありません。あの場では売り言葉に買い言葉でしたから誤解を解いておきたいですし……それはそちらも同じでは?」

「む……」


 その通りだ。話が上手く、簡単に頷いてしまいそうになる。

 だがその老練な話しぶりにこそ警戒すべきだとニックは気を引き締める。

 ゼムが言ったように、ペースを乱されてはならない。


「わかった。ただこっちも用はあるから長話はできないぞ」

「ええ。では場所を変えましょうか」







 きっと誤解があるのだろう。

 話せばわかる。

 そんな甘い期待はすぐに打ち砕かれた。


「なるほど、なるほど」


 ニックが頭痛を感じているかのように額に手を当てた。

 喫茶店のオープンテラスの座席で、みっともなく突っ伏しそうになるのを意志の力で堪えていた。


「カランが竜王宝珠をなくしてその後は美食三昧してることも、ティアーナが迷宮都市に流れ着いた後に博打にハマってることも、諸々知った上で『連れて行きたい』って言ってるわけか」

「ええ」

「当たり前でしょ。そんなことになってるのに、のんきに冒険者をやってるから怒ってるのよ」


 ベロッキオは微笑みを絶やさないまま、そしてスイセンは相変わらず怒った表情でニックの言葉に頷いた。


「どうやって調べたんだ?」


 ニックの問いに、ベロッキオは苦笑しながら答えた。


「大したことはしていませんよ。冒険者ギルドなどで噂好きの人に聞いたり、それを起点に情報収集したり……。ああ、悪い噂ばかり耳にしているわけではありませんよ。むしろあなた方が活躍されていることへの好評価の方が多いでしょう」

「ま、美食趣味に走って散財しまくってるとか。競龍場に入り浸ってるとか。夜の女に入れあげてるとか。吟遊詩人に入れあげてるとか。もちろんそういう噂も聞くけれどね」


 ぎろりという音が聞こえそうなほど、スイセンはニックを睨む。


「いや、まあ……外聞はちょっと悪いかもしれねえが本人たちは充実してるんだよ。オレとゼムについては色々言われても多少しかたねえが、あの二人は決して恥になるようなこたぁしてねえし、他人に迷惑をかけてるわけでもねえ」

「でしょうね」


 意外なことに、ベロッキオは頷いた。


「彼女は常に積極的に行動する生徒でした。指をくわえて現状に甘んじるのではなく、自分の力で自分が住みよい環境を作ろうとする。そういう気概のある子です。今のままでもきっと彼女は強く生きていくことでしょう」

「それなら……」

「しかし、今でこそ家を出されたとはいえ彼女が高貴な生まれであることには変わりありません。同時に、魔術師として才覚がある。冒険者では大成するにしても限界があるでしょう。彼女により良い環境を与えれば彼女は更に飛躍する。名誉を回復することも、あるいは王都に居たとき以上の名誉を手にすることも、決して不可能ではない」


 ニックはベロッキオの話に、もっともだと思ってしまった。


 以前ニックは、ティアーナと二人の時に聞いたことがある。賢者になるのが目標だと。ただ漫然と冒険者をしているわけではない。どんな立場であっても上を目指し魔術を極めようとしている。そうしている姿をきっとベロッキオも想像したのだろう。そうであれば、確かにベロッキオの提案はティアーナにとって良いものであるように思えた。


「少なくとも、ここで冒険者を続けたところで限界がある。違いますか?」

「限界?」

「違いますか? ああ、もちろん冒険者が賎業であるとは言いません。しかし日々を魔物との戦いに身を投じながら健康を維持して自分の人生をまっとうできる人間がどれだけいますか? 体や心を病んで引退する者は多いのではないですか?」

「それは……確かに多い」


 ニックの脳裏に、以前の事件で知り合ったエイダの顔が思い浮かぶ。彼女も足を怪我して冒険者を引退し、酒場の用心棒のような仕事をしていた。


 だがそれでも、ベロッキオが次に紡いだ言葉は、ニックにとって許しがたいものだった。


「ですから率直に言いましょう。ティアーナさんの将来の成功や幸福を願うならば、冒険者のような刹那的で退廃的な仕事は続けるものではありません」


 刹那的で退廃的。

 確かに事実だ。

 だがその一方で、ニックは冒険者が当たり前に生活できるパーティーを目指している。挫折した人間が、追放された人間が、騙されて陥れられた人間が、当たり前に日常を送れるようになること。それこそが【サバイバー】を結成した理由だ。「どうせそんなことはできない」と言われて、黙っていられるはずもなかった。


「……冒険者なんて仕事は一生続けられるもんじゃない。あんたの言う通りだよ」

「おや、同意してくれるのですか?」

「クソ野郎は多いし魔物は強いし、正直貧乏くじ引くことは多い。ティアーナがここで腐っちまうんじゃないかって思う気持ちはよくわかる」

「ならば」

「けどな。それならなんであいつが一番苦しいときに手を差し伸べてやらなかった」

「それは……」


 ニックは、この言い分のずるさを承知していた。恐らくそれが不可能な状況だったことくらいは推察できる。貴族の家に生まれたこと以外は身軽なティアーナと違い、これまで築き上げてきたキャリアのあるベロッキオの方が、遥かに難事に直面しただろう。


 それでも、目の前の男がティアーナを助けられなかったことは事実だ。


 そしてそれは、スイセンにも突き刺さった。カランが苦しいとき、スイセンやあるいは他の同族がすぐに助けに来たならば、今のような形にはなっていなかった。スイセンが求めるように、とっくの昔に竜人族の集落へ帰郷していたかもしれない。


 だがそれらはすべて仮定だ。

 そうならなかった現在が、答えだった。


「別に遅いからどうだって責めてるわけじゃねえ。だが、ティアーナは一番自分が苦しいときに、自分で決めた道を、自分の足で進んでるんだ。それを他人からどうこう言われる筋合いはねえ」




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