師との再会 2
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カランの姉。
カランを除く【サバイバー】全員が、驚きつつも納得を感じていた。
「カラン」
「……ね、姉ちゃん」
「ずいぶんと苦労してるようじゃない……村に帰るわよ。自分が未熟だって思うなら、あなたはそうすべきでしょう」
突然の提案に、カランは思い切り顔をしかめた。
「……姉ちゃんこそ関係ないだロ」
「なんですって?」
「いきなり現れて何言ってるのか全然わかんなイ。帰りたければ一人で帰れば良イ」
そして、カランがぷいと顔を背ける。
それを見たスイセンの機嫌も悪くなっていく。
周囲も突然の話の流れに目を白黒させていたが、ニックが立ち上がった。
「待ってくれ。話が見えねえ。突然そんなことを言われても……」
「あなた」
「お、おう」
「これは家族の話なの。口を挟まないでもらえると……」
「家族だろうがなんだろうがカランはウチのメンバーだ。この仕事を辞めるかどうか決める権利があるのは第一にカランだ。もし他に辞めさせる権利を持ってる奴がいるとしても、それはリーダーのオレだろう。まずはオレを説得するなりぶっ倒すなりしてもらおうか」
敵意が殺気へと変わった。
一触即発の空気になる。スイセンの手は竜人族の手だ。硬く、強く、鋭い。
彼女が拳を握り、ほんの少し腕が動いた瞬間。
「スイセンさん」
ベロッキオの重い声が響くと、スイセンははっとしたように拳を緩めた。
「……すみません、ベロッキオさん」
「ニックさん、と言いましたか? あなたも」
「悪い。カッとなった」
ニックはそう言って座り直した。
「しかし……二人とも全然違う出身だろうに、なんで一緒に?」
ニックがスイセンとベロッキオを交互に眺める。
ベロッキオは苦笑しながら答えた。
「それはもちろん、私も彼女も【サバイバー】を探していたからですよ。迷宮都市で右も左もわからなかったので、目的が同じ人に出会えたのは僥倖でした」
ニックがそこから掘り下げて話を進めると、どうやら二人とも最初は『ニュービーズ』に向かったらしい。そこでお互いの目当ての人間の情報を探す内に【サバイバー】という冒険者パーティーに加入してることを聞き、ようやく今こうして出会えた……というわけだった。そこまで説明したベロッキオは、にっこりと微笑む。
「ティアーナさん。私もスイセンさんと用向きはあまり変わりません」
「ええと、その……学校に帰ると仰るおつもりですか?」
「ええ。と言ってもこの国の学校ではありませんが」
「え?」
「魔導帝国シェムバドに、魔術学校の教師としてスカウトされました。あなたも私の助手として来ませんか?」
その思いも寄らない言葉に、ティアーナの表情は固まった。
◆
ベロッキオは結論を急ぐ気はないらしく、その場は解散となった。
スイセンとカランは今にも殴り合いそうな一触即発の空気だったが、スイセンをベロッキオが押し止めた。まるで猛獣使いのような手際だ。血気盛んな若者の相手など慣れてます、といった表情で飄々と冒険者ギルド『フィッシャーメン』を去って行った。【サバイバー】の面々も移動して、今はティアーナのアパートに集まっている。
「つ、つかれた……」
「ウン……」
女性陣二人がぐったりとアパートのテーブルに突っ伏している。
「なんだかよくわからねえことになっちまったな」
ニックが立ち上がって水差しの水をコップに入れて二人に差し出す。
ゼムとキズナは特に何も言わずに部屋の掃除を始めた。ティアーナはゴミ出しが下手で、生ゴミや放置しては危険な物だけはこまめにしているものの、衝動買いした本や魔道具、そしてその包み紙や梱包材などは部屋中にごろごろ転がっている。ティアーナの部屋に集まるときは打ち合わせをする前に片付けを始めるのが常だった。
「あー、悪いわね。今日はちょっとそういうことする体力ないわ」
「それは別に良いんだが……一応確認するぞ。どうしたい?」
「絶対行かなイ!」
ニックがちらりとカランの方を見ると、カランは気勢を上げて否定した。
「あー……仲悪いのか?」
「悪いってわけじゃないけド……悪くは、なかったと思うんだけド……」
上手く言葉にならないのか、カランはああでもないこうでもないと首をひねった。ニックたちは急かすことなく、カランの言葉を待った。
「……姉さん、昔、結婚して故郷を捨てたはずなんダ。なのに一緒に戻ろうって言われても困ル」
「故郷を捨てた?」
「旅人と駆け落ちしタ。強くて、綺麗で、頭も良いのに、戦士や冒険者にならなかっタ。むしろそんな面倒なこと考えるなってよく言ってタ。迷宮都市にいるとは知らなかっタ……」
「つまり……カランみたいに何か目標があって竜人族の村から出たわけじゃないわけだ」
「子供扱いするんダ。自分だって好き放題やってるのに……今日だっていきなり帰ろうとか言い出すシ」
「なるほどなぁ……」
なんとなくわかるという共感。子供扱いしてくる大人がいることのへの羨ましさ。そんなものをニックは感じていた。カランが帰るに帰れないという状況は痛いほどわかる。だがあまりすげない態度を取るのもどうだろうか。ニックはゼムの方を見やると、ゼムも小さく頷く。
「まあいきなり喧嘩腰になる前に、仕切り直して冷静に話をした方が良いでしょう。あちらにも何か事情があるかもしれませんし、我々の状況などで誤解があるかもしれません。言うべきことがあるならちゃんと言った上であちらの提案を断るなりなんなり判断すれば良いと思います」
「……ウン」
悩みが晴れたわけではないものの、カランは納得して頷いた。
その様子にニックは内心ほっと胸をなで下ろし、そして今度はティアーナの方に向き直った。
「ティアーナはどうなんだ?」
「私も、いきなり言われてハイ行きますとは言えないわ。今の仕事だって好きだし」
どこか陰りのある顔でティアーナは呟く。
カランのように断固拒否という姿勢ではないことにニックは気付いた。
「即座に却下するような提案じゃなくて、考えたい感じか?」
「ちょっと!」
ティアーナが立ち上がってニックを睨んだ。
「別に責めてるわけじゃねえよ。ただ話を聞きたい。怒ってるのか、喜んでるのか、混乱してわけがわからねえのか。どうなんだ」
ティアーナは何かを怒鳴りかけて、口を噤んだ。
そして座り直して言葉を紡いだ。
「申し訳ない……かしら」
「申し訳ない?」
「師匠が学校を追い出されたのって私のせいでもあるからさ。……ああいう風になってることが申し訳ないのよ」
ティアーナは、貴族学校を追い出された。
ベロッキオもまた同じく追い出された。
その原因となったのは、元許嫁とその浮気相手の悪巧みだ。自分に迫り来る罠にもう少し早めに気付いていれば追い出された教師陣は無事だったのかもしれない。ティアーナは自分の胸の内を自分で確認するように、ぽつぽつと打ち明けた。
「それじゃあ、罪滅ぼしがしたいのか?」
「したいわ。けど……」
ティアーナが立ち上がり、床にごろんと転がった。
仰向けになり、再び誰に言うわけでもなく言葉を紡ぐ。
「私がベロッキオ師匠に付いていったとして、それって罪滅ぼしになるかっていうとならない気がするの」
「……ふむ」
「でもそういう考えって、私が魔導王国に行きたくなくて言い訳にしてるんじゃないかって気もする。そういう気持ちがあるから理屈をこねてるんじゃないかって。私、そういうところあるし」
「では二人とも、行きたくないのでは?」
ゼムがさも簡単なように言った。
「当然だロ!」
「そりゃそうだけど」
カランとティアーナが、そんなことわかってるという顔をゼムに向ける。
「まあ待て。そこを確認しておかねえとオレたちだって協力のしようがないだろ」
そのニックの言葉に、ティアーナもカランも目を丸くしていた。
「えっと……ねえ、ニック」
「……良いのカ?」
「なんだ?」
ニックは意図がわからず尋ね返した。
その言葉に、二人ともやれやれと溜め息をついた。
「な、なんだよ」
「あのねぇ。このパーティーを作ったときにあなた、何を言ったか覚えてる?」
「えーと……」
そこでようやくニックは、過去に自分が言った言葉を思い出した。
「……プライベートに干渉しない」
「あんた自分で言ったことくらい覚えてなさいよね! こっちは巻き込んで悪いなって思ってたんだから!」
「そうダそうダ! その……」
カランが口ごもったかと思うと、蚊の鳴くような声で呟いた。
「プライベートのトラブルを持ち込んじゃったから、ルール違反って言われたらどうしようって思っテ……」
「あーあ、本当悪い奴よね。カランが可哀想」
「ニックさん、ここは素直に謝るのがよろしいかと」
「ひどいやつじゃ、聖剣の使い手の風上にも置けぬわ」
「なんだよお前ら!? つーかゼムもキズナも混ざるなよ!」
がしがしと頭をかき、ニックは大きく溜め息をつく。
「……この際だから言っておく。何か他に優先するような目的ができたとか、自分の意志で辞めるっていうならオレは止めねえ。冒険者パーティーってのはいつ解散するときが来るかわからねえもんだ」
ニックらしからぬ淡々とした言葉に、全員が神妙な顔をした。
「けど、意に沿わないことを強要されて辞めるって言うなら話は別だ。冒険者ってのは自由な仕事だ。そこを覆そうとするのはオレは認めねえ」