火焔鳥峰 3
【サバイバー】は攻略を続けていた。
火焔鳥やサラマンダーを蹴散らしながら歩みを進め、休憩し、また歩みを進める。ニック以外にとっては慣れない登山であり、消耗も激しい。だがニックの手回しの良さとゼムの回復魔術が功を奏しており、疲労はあっても決して不快感や徒労感は立ちこめていなかった。むしろ山頂が少しずつ大きく目に映るようになっており、皆、やり甲斐さえ感じていた。
「山タイプの迷宮ばっかり攻略する奴もいるんだよな。山マニアとか山冒険者とか言われてる」
ニックの言葉に、全員がくすくす笑う。
「ワタシはここ、けっこう好きだナ。見晴らしも良いシ」
「僕も嫌いじゃありませんよ。ただ森の方が心躍りますね」
「それは薬草摘みができるからでしょ。私はちょっとニガテね。気分転換に山登りっていうのは惹かれなくもないんだけど、火の魔力が強すぎるわ」
「そういえば小説家や詩人も山に登ると聞くのじゃ。編集や締め切りから逃げるには山が一番だと後書きに書かれておったわ」
「そこまでするなら冒険者になれよ」
こんな雑談をかわす余裕もあった。暑さ対策を万全にしており、なおかつ魔物を倒す力さえあるならば、火焔鳥峰は風光明媚な山であった。
そして登山道の半分ほどの地点に到達したあたりで、【サバイバー】はすり鉢状の広場のような地形に足を踏み入れた。その中心に遠目から見てもわかるほどに目立つ魔物が寝息を立てている。
「あれが中ボスだな。一歩でもテリトリーに入ると目を覚ますぞ」
「中ボス?」
カランがニックの言葉を繰り返した。
「このくらいの難易度の迷宮になってくると、最深部のボス以外に中間地点を守るボスが現れるんだ。火焔鳥峰の場合は……」
「爆針鼠ね。ここで出くわしたくはなかったわね……」
すり鉢の中心にいる魔物を遠目で睨みながらティアーナが呟く。その魔物の見た目は、まさしく大きなハリネズミだと言えた。サイズとしては大型の熊といったところだろう。そしてもっと特徴的なのは、杭のような太さの針を背中にびっしりと生やしていることだ。
「背中の針を飛ばすんだったわよね?」
「お、詳しいじゃないか」
「倒したことは一度だけあるのよ」
「どうやって?」
「氷漬けにしたのよ。そうすれば針も飛ばさないし」
「……ここじゃ無理だな」
ニックの言葉に、力なくティアーナが同意する。
「そうなのよねぇ……。で、どうするの?」
「まず針の対策だが、あんまり正確に当たることはない。狙いが杜撰だ」
「でも、あの針って爆発するわよね?」
ティアーナの言葉にニックが頷く。
それが爆針鼠の特徴であり、攻撃方法だった。
針を自在に発射することができ、さらにその針が爆弾を兼ねているのだ。
「そうだ。だからギリギリで避けるのはマズい。爆風でダメージを受けるからな」
「どれくらいの威力なのですか?」
ゼムの言葉に、ニックが渋い顔で答えた。
「何の対策もしてなかったら肉が抉られるくらいには強い」
「それは怖い」
「ただ、《堅牢》を使ったり防具を構えたり、しっかり防げば問題ない。あとは爆風で吹き飛ばされないように注意した方が良いな」
「それに発射するときはどうしても動きが止まる。焦らず動きに注意していれば避けるのは難しくない」
そこに、カランが口を挟んだ。
「剣で防ぐのは難しいカ?」
「かなり威力があるぞ。剣は大丈夫でもお前にけっこうな衝撃が行くと思うが……」
「じゃあ駄目カ……」
しょんぼりと尻尾がだらりと垂れる。カランは強力な攻撃を防いだり、あるいはそうした敵に反撃することに不思議とこだわりがあった。
「でも避けるにしたって爆風が怖いじゃない? そのへん対策しなくて良いの?」
「そのへんはゼムの《堅牢》に頼ることになるが……」
「もちろん使いますが、あまり過信しない方が良いですよ。やはり本格的な防御魔術には劣りますから」
「確かにな」
「私が風魔術で押し返してる間、みんながカランの竜骨剣に隠れる形が良いんじゃないかしら?」
「いけるのか?」
「氷魔術は全然使えないけど風ならなんとか大丈夫よ。今まで温存もしてたし、そろそろ私らしいことしておかないと」
ティアーナがふふりと自信ありげに微笑む。
「そりゃ頼もしい」
「それに防御主体で考えるのも大事だけど、相手に攻撃をさせる前に速攻で仕留めることも考えて良いんじゃない? カランを防御役だけにするのはもったいないわ」
「となると……カランの役目が盾か剣か、そのあたりを選ばないとな」
全員の視線がカランに集まる。
「うーん……どっちが良いかナ……?」
「まあ、正直言えばどっちでも倒せなくはない。針に注意することだけ念頭に置いてくれればな。ただ方針はハッキリさせとこう。曖昧なまま突っ込むのは駄目だ」
「いっそ我の力を使う手もあるぞ。それならば迷うことはあるまい?」
「「「「それはダメ」」」」
全員が一斉にキズナの提案を却下した。
「なっ、なぜじゃあ!?」
「今のところ人とすれ違っちゃいねえが、誰が出入りしてるかわからねえんだ。バレるような行動はナシだぜ」
「それに、けっこう消耗するじゃない。中ボスで使ってどーすんのよ」
ニックとティアーナの言葉に、残る二人もうんうんと頷いている。
「なんじゃいなんじゃい、我ばっかり出番が少ないではないか!」
「《合体》って出番なのか……?」
「我がもっとも光輝いているであろうが」
「冒険者として輝くってのはシンプルに眩しいって意味じゃないと思うぞ」
ニックがそう指摘しつつ、ぱんぱんと手を叩いて話し合いを仕切り直した。
笑いを漏らしつつも、全員の気が引き締まった。
◆
【サバイバー】の面々はああだこうだと騒ぎつつも最終的に方針は決まり、爆針鼠の縄張りに足を踏み入れた。その瞬間、爆針鼠の瞼がぱちりと開き、鋭利な犬歯をむき出しにした。
「ぐるるる……!」
爆針鼠が喉を鳴らして威嚇する。
人と同じほどの身長、そして人の倍以上の体長がある爆針鼠の声は低く重く、すり鉢状の地面にぐわんぐわんと響き渡る。
「奴の針は強力だ、油断はできねえ。だが……」
ニックがそう言いかけた瞬間、爆針鼠はくるりと背中を向けた。
そしてぎらぎらと黒光りする針が発射された。
「後ろを向いてまともに当たるわけがねえんだよな」
ニックの言葉通り、針はニックたちの遥か前方に落下した。
同時にティアーナが魔術を唱える。
「《旋風》!」
杖を中心に、激しいつむじ風が巻き起こった。
《突風》などのような強さはないが、小動物ならば簡単に吹き飛ぶくらいの強さはある。今回は向かってくる爆風に対抗する用途に使っているが、毒霧や粉塵、炎などを防ぐことにも使われる守備的な魔術だ。
「《堅牢》!」
そしてゼムが支援魔術を行使した。
爆風に拮抗するつむじ風と支援魔術による防御力によって初手を完全に制した。
激しい土埃が舞う中で膠着が訪れる……かに思われた。
「しゃッ……!」
カランが爆針鼠まで駆け出した。
爆針鼠の恐ろしさは爆風の威力だけではない。その臆病さだ。敵との出会い頭では慎重に行動する性格であり、針も乱発はしない。だが一度攻め立てられてパニックを起こすと、視界が悪かろうが自分自身が爆発に巻き込まれようが、とにかく窮地を脱しようと暴れる。そうなったら厄介だ。防御力に自信があるならば針を使い切るまで耐え凌ぐという作戦も取れるが、ここは登山道であり余程の体力自慢でない限り金属鎧や大盾などの重装備で入ることは難しい。もっとも【サバイバー】であればカランを中心に守備的な戦闘をすることも可能であったが、長期戦による消耗を考えるとあまり良い作戦とは言えないと皆が考えた。
「ぐるあっ!?」
そこで、消耗を最小限に抑える速攻を選んだ。
土埃が晴れつつある中で爆針鼠の目が捕らえたのは、カランの竜の如き眼光だった。
「おおっト!」
爆針鼠が恐怖に陥り、くるりと背中を向けた。
そして針を四、五本まとめて発射する。
一本はカランの足下に落ち、地面が破裂した。
「クっ……!」
再び視界が土埃によって閉ざされていく。
残りの針も時間差で地面に突き刺さり、耳障りな轟音を鳴らし始めた。
「そう来ると思ったのじゃ」
びくり、と爆針鼠が震えた。
爆針鼠が振り向いた先には、剣を構えた子供が居た。
カランに背中を向くことを予想し、キズナがこっそりと回り込んでいた。
そしてカランに隠れて行動していたのは、キズナだけではなかった。
「こっちは大丈夫だ」
「ニック、もう良イ」
「おう」
カランは竜骨剣を盾にして、さらに深緑色の布にくるまっていた。
布の正体は、野営用のテントだ。防水性と難燃性に優れたもので、中堅以上や上級の冒険者に愛用されるものだ。カランのすぐそばで爆発する瞬間、ニックはそれを広げてカランを抱きかかえてその場にうずくまっていた。爆風は完全に防いだと言って良いだろう。
「忙しいときにイチャイチャするでないわ!」
「うるせー、そうじゃねえよ!」
その一方で、キズナの剣舞が完全に爆針鼠を翻弄していた。
爪を返す刀で斬り飛ばし、牙をはじき返し、まるで詰め将棋のように爆針鼠を追い込んでいる。
「ぐるるるるぅ……!?」
「せやっ」
そして気の抜けるような声とともに、爆針鼠の首がキズナの剣閃によって跳ね飛ばされた。