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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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火焔鳥峰 2




 迷宮『火焔鳥峰かえんちょうほう』とは、迷宮都市近辺の山岳地帯……五輪連山ごりんれんざんに存在する五つの山頂のうちの一つであり、同時にその山頂に辿り着くまでのルートのことを指す。


 火焔鳥峰は木々に覆われているわけでもなく、石や岩ばかりのごつごつとした裸の山肌が広がっている。迷うことはまずない。数キロ離れていても目指すべき峰は肉眼で確認できる。また、難易度としては木人闘武林とほぼ同程度の難易度だ。


 ただし、個性の強い迷宮には相性というものがある。【サバイバー】たちは……というより、ティアーナは、それをまざまざと実感していた。


「《風刃》……あーくそっ! また避けられたっ!」


 ここに現れる魔物はどれも火属性に強い。


 主に現れるのは火を吹く蜥蜴、サラマンダーだ。鱗は硬く、その口から吐かれる炎の勢いは非常に強い。だが動きは鈍いので確実にとどめを刺す力があれば問題ない。


 フレイムバタフライも多い。燃えさかる鱗粉を撒き散らす恐ろしい昆虫だ。ただし体は脆いため倒すことは容易だ。不意打ちにさえ気をつければ良い。そして、その二匹よりも代表的な魔物がニックたちの目の前に現れている。迷宮の名と同じ魔物、火焔鳥かえんちょうだ。


「こいつは素早い上に攻撃力も高いからな……。飛び上がったら気をつけろ、上から襲いかかって来るぞ」

「わかってるけど、ここって私の魔術が効きにくいのよっ……《氷盾》!」


 ティアーナが防御魔術を張りつつ、カランが竜骨剣を盾のように掲げる。そこに炎を体に纏って火焔鳥が体当たりしてきた。鷹と似た体を持つ火焔鳥の滑空はただそれだけで十分に脅威で、そこに炎が加われば何の対策もない人間など簡単に殺せる。


 ティアーナの張った《氷盾》は火焔鳥の突撃の軌道をきっちりと塞いでいた。だが肝心の防御力が一歩足りなかった。鋭い爪先による刺突を受けて甲高い音を立てて軋み、そして無惨に割れていく。


「危なイ!」


 ティアーナが襲われそうになった瞬間、カランが竜骨剣で庇う。

 流石に火焔鳥もカランを貫くことはできず、再び羽ばたいて舞い上がろうとする。

 その瞬間にニックが動いた。


「しゃらっ!」


 まるで鳥のように身軽に跳び、火焔鳥の細長い首を短剣で切り裂いた。


「ギェアアアア!」


 苦悶の声を上げながら火焔鳥は地面に落下する。

 そこをカランが竜骨剣で斬り上げとどめを刺した。


「やっタ!」

「ふう……やっぱり空を飛ぶ魔物は厄介だな」


 ニックが額の汗をぬぐいながらぼやいた。


「それだけじゃないわよ! あーもう……。ここ、火の魔力が強すぎて私の魔術が全然通用しないじゃない!」

「そりゃまあ、そういう迷宮だからな」


 火炎鳥峰は完全な休火山であり噴火は発生しないとされているが、火の属性の魔力がそこかしこに満ちている。以前にニック/ティアーナが使用した結界ほどの強さはないが、氷や水の魔術の効果は何割か弱体化されてしまうため、ティアーナが一番苦戦していた。


「《氷盾》が通じないのが痛いわね……。防御魔術はやっぱり土属性のが一番効果が高いし」

「我々のパーティーには土属性を使える人がいませんからねぇ」


 ティアーナの愚痴に、ゼムがしみじみと呟く。


「まあそう腐らないでくれ。羅刹氷穴みたいにお前が活躍できる迷宮はあるし」

「そんなことはわかってるのよ!」

「へ?」

「良い? 魔術師っていうのはこういう状況でも臨機応変に対応しなきゃいけないの。人よりできることがたくさんあるんだから、人よりたくさん物を考えないといけない。そういうものよ」


 そう言いながらティアーナは近くの岩に腰掛け、水筒の水をあおった。


「あー、生き返るー……。ゼムの《保温》がなければ攻略は難しかったんじゃないかしら」

「自慢するわけじゃありませんが、そうだと思います。暑さ対策なしに突っ込むのは無謀ですね」


 ゼムがしみじみと頷いた。


「あー、本当だよ。今回は道のりが相当ラクだ」


 ニックが苦笑しながら同意する。それを見た四人は驚いてニックを見つめる。


「おぬし、暑さ対策もなくここに来たのか? 今でも摂氏四十度はあるのじゃぞ?」

「何もしなかったわけじゃねえよ。ただ、魔術は頼れなかったし魔道具もそんなに使わなかった」

「それじゃあ、どうしたのじゃ?」

「日差しを遮る白い布を被って、体を慣らしながらゆっくりゆっくり進んだ」

「うわっ……」

「一時的に体を冷やす護符とかは持ってったが、常に温度を下げるような魔道具もなかったんだよな……ありゃキツかった」


 ニックが苦虫を噛み潰したような声で呟いた。


「それでよく攻略できたわね……」

「敵を倒すのに苦労はしなかったからな。物理攻撃だけで倒せる敵ばっかりだし」

「でも空を飛んでる魔物もいるでしょ?」

「弓の名手もいたし、カタナの達人もいたからな」

「弓はともかくカタナって、両手持ちの曲刀じゃなかったっけ。飛び道具じゃなかったと思うけど」

「そうなんだが、カウンターも得意な上に間合いが広いんだ。条件が揃えば、10メートルくらいまで斬撃が届く」

「……魔術とかじゃなくて、剣で斬るのよね? それ、人?」

「まあ一応な」

「武芸を極めると攻撃に魔力が帯びることがある。おそらくそれじゃろう」

「え?」


 キズナの言葉に、ニックが不思議そうな声を出した。


「いや、魔術を使える奴はいなかったぞ?」

「魔術といえるかもわからぬ。ただ、技巧を極めた先にそのような能力に目覚めることも稀にあるらしいそうじゃ」

「らしい? 曖昧だな」

「武芸者は秘密主義が多かったからの……我が他人の剣技をトレースできることを知ると拒む者も多くてよくわからなかったのじゃ」

「そりゃ嫌がるだろ」

「じゃが確かに、武芸を極めた先に魔力の扱いに目覚めた者はおる。魔術とはまったく別のアプローチはあるはずなのじゃ」

「つっても……あ」


 ニックのいぶかしげな表情が固まった。


「気付いたか」

奇門遁甲ステッピングはまさにそれだな。でもこれは自分の体を操作する魔術だぞ。武器や飛び道具に応用できるかっつーと……」

「まったく同じでなくとも良いであろう。単体では役に立たぬような基礎的な魔術を極端なまでに使いこなせば良いのじゃ」


 キズナの言葉を聞いてニックは興味深そうに考え込み、しかしすぐに渋い表情になった。


「どうしたのじゃ?」

「……確認しようと思ったが、難しいな」


 全員が納得の顔をしていた。ニックが古巣のパーティー【武芸百般】を出た経緯は決して後味の良い物ではない。


「とりあえず休憩しよう。体も頭も切り替えようぜ。出発は一時間後。どうだ?」


 全員頷きつつも、一時間という長さに疑問を覚えたらしい。

 ティアーナがそのまま疑問を口にした。


「ずいぶんと長くない?」

「標高が高くなってくるからな……。一回の戦闘ごとに休憩を入れるくらいで良い。空気も薄くなるしすぐ体力が消耗しちまう」


 火炎鳥峰は五輪連山の中でもっとも難易度が低いが、標高は二番目に高い。焦らずにじっくり取り組むことが攻略のコツとされていた。


「その割にあなたは疲れてなさそうだけど……あ」

「うん?」

「ゼムの《健脚》だけじゃなくて《軽身》も使ってるわね」

「あ、バレたか。まあキツい坂道のときだけだけどな」

「良いナー」


 カランが羨ましそうにニックを眺める。


「教わってみるか? まあ人間以外だと覚えるのに時間かかるし、魔術だけじゃなくて身のこなしとかも訓練しなきゃいけないんだが……」

「それもちょっと考えたんだけどやめとくわ。趣味じゃないし」

「趣味の問題か」

「そーよ。別に面倒くさがってるとかじゃなくて、私には私に合ってる方向性ってものがあるのよ。だから……」

「だから?」


 ニックがおうむ返しに尋ねると、ティアーナは肩をすくめた。


「ここは悔しいけど、活躍するのはあなたに任せたわ。次で挽回する」

「ま、たまには任せてくれ」


 ニックは苦笑しながら頷いた。



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