火焔鳥峰 1
「とりあえず色々と考えなきゃいけないことはあるんだが、面倒くせえので迷宮探索しようと思う」
【サバイバー】の五人は久方ぶりに冒険者ギルド『フィッシャーメン』に顔を出していた。相も変わらずごちゃごちゃとした人混みをかき分けてテーブルに陣取り、ああでもないこうでもないと冒険の打ち合わせをしていた。
「そういう思考放棄どうかと思うんだけど……。ていうか、煙草店だかモグリの魔導具店だかはどうだったの? カランの竜王宝珠を探しに行ったのよね?」
「……丁度、ガサ入れされたところだった」
ニックが吐き捨てるように言った。
「じゃあ、見つかって騎士団が確保したとかは?」
「いや、聞いてみたが竜王宝珠はなかった。ただ……盗品の目録に竜王宝珠の名前があったんだ。高値で売る機会を見計らっていたのは確からしい」
「じゃあ、今どこに?」
「それがまだわからねえんだよな……いや、太陽騎士団は『街からは出ていない』とは断言してた。もしかしたらわかってるのかもしれねえが、そこまでは教えちゃくれねえ」
やれやれとニックは溜め息をつく。
そこにゼムが質問を投げかけた。
「本当に都市の外に出たってことはありえないのでしょうか?」
「それが一番怖いんだが……ないだろうと騎士団の人間が言ってた。オレもそう思ってる」
「なぜです?」
ゼムの問いに、ニックは顎に手を当てて考えながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「今、魔導具を裏で売買してる連中は弱り目に祟り目だ。白仮面がいなくなったからな。白仮面は必ずしも裏稼業の味方じゃないが、太陽騎士団にとっては明確に敵だった。いるかいないかもわからねえ最強格を心配しなくて良いってことで、騎士団が大手を振ってガサ入れしてんのさ」
「はん、私達の尻馬に乗ってるだけじゃない」
ティアーナが椅子にふんぞり返りながら鼻で笑った。
「まーそのあたりオリヴィアの功績になっちまったけどな」
「アレも秘密が多いわね……多分嘘は付いてないけど本当のことは山ほど隠してるわよ」
「それも追々聞きたいところだな、しかし……こっちを優先しておきゃ良かった。悪い、カラン」
ニックが申し訳なさそうにカランを見るが、カランの方はこれといってショックを受けた様子もなかった。むしろ余裕さえ感じられる態度をしている。
「ま、仕方なイ。ワタシたちだけで先走っても意味なかったと思ウ」
「そうか……?」
「いきなり竜王宝珠を返せって乗り込んでも返して貰えないだロ。むしろ焦ったところをつけこまれて騙されるに決まってル」
「まあ確かにな……」
「そんなことより、迷宮探索しよウ。ちゃんと力をつけて、ここぞってときに備えた方が良イ。だいたい、こないだの仕事はワタシも良いところなかった。挽回したいゾ」
陰りのない顔でカランがそう言い放った。
その場にいた全員がカランを、どこか驚いたような目で見ていた。
「な、なんダ?」
「なんでもないわ」
「……なら、髪とツノいじるのやめてほしい」
ティアーナが何も言わずにカランの頭を撫でていた。
むずがゆそうな顔をしたあたりでティアーナが手を止める。
「私もカランに賛成ね。あなたたちばっかり活躍してたから、そろそろストレスたまってきたし」
「ま、心強いと思っとくよ」
ニックが苦笑しながらカランとティアーナを見つめた。
「どこを探索するのじゃ?」
「そうだなぁ……」
キズナの問いかけに生返事をしつつ、ニックはこれまで攻略した迷宮を指折り数える。
迷宮都市周辺でもっとも難易度の低いG級迷宮の小鬼林、影狼窟、粘水関。
F級の迷宮は攻略していない。
E級は羅刹氷結と木人闘武林を攻略している。
「攻略したのは五つ。あまり稼ぎのないところや魔物の弱いところは攻略してないから相当ハイペースだな」
「というより、E級より下はそもそも実力的に攻略する意味がないのでは? まあ攻略が簡単なので安全に稼げると思えば悪いことではありませんが」
「いや……安定して稼げるってのは良いことなんだが、惰性になっちまうのも良くない。適度に緊張感があった方が良い」
ゼムの言葉にニックが悩ましい顔をする。
贅沢な悩みだとは思いつつも、冒険者をやっていればありうることだった。
「ていうか、今私たちって何級なの?」
「……そういえばどれくらいだったっけな。E級かF級だとは思うんだが」
ニックのうろんげな言葉に、四人の生ぬるい視線が集まる。
「いや、そのへんあんまり違いがないんだよ。ギルド側が攻略した迷宮の難易度とか収集してきた素材とかで勝手に決めるし、気付いたら上がってたりする。D級以上はまた違うんだが……ちょっと確認するか」
と、そう思ったときにたまたま通りがかった職員が声を掛けた。
「【サバイバー】さんはE級ですよ。ていうかもう実力的にもっと上に行けるでしょうから、さっさと昇級して『パイオニアーズ』の方に異動してください。強い人がいるのは助かるんですけど、上に行ける人が低いランクに居座るのも風紀上よろしくないので」
職員はそれだけ言うと、忙しそうに掲示板の紙を貼り替えたり、酔っ払ってる冒険者の尻を蹴っ飛ばしたりし始めた。ギルド職員は事務方をしている癖に妙に強い。
「だそうだ」
「昇級してっていうことは……最初のときみたいに条件があったりするの?」
ティアーナが言っているのは、G級からF級に上がるときのことだった。そのときは最も難易度が簡単な迷宮を攻略する、という条件がついていた。
「いや、もっと面倒だ。ただ迷宮を攻略するだけじゃなくて……推薦状がいるんだよ」
「推薦状?」
「G級は本当にただの駆け出しで見習いだ。E級、F級は中堅下位ってところで、迷宮都市の周りの魔物を倒すのが主な仕事になる。ちっとばかし弱かったり素行が悪くったって大して問題ねえ。だが、D級から先はちょっと違ってくる。暴走を起こしそうな迷宮に潜入しろとか、迷宮の外をうろつくような魔物の討伐をしろとか、ギルドにとってそこそこ重要度の高い依頼に名指しで呼ばれる場面も出てくる」
「……その割に、冒険者に良いイメージはあまり流布していませんね。推薦状が要るということは素行などもチェックされるのでは?」
ゼムの言葉に、ニックが難しい顔をしながら頷く。
「推薦状を出せる人間の条件がそんなに厳しくないんだよな。騎士爵以上の貴族か、公職や士業、中級以上の神官職に就いてる者……だったかな。身分だけはあるけど金に困ってる奴に金貨投げつけりゃ推薦状くらいすぐに書いてくれる」
「わかりやすいわね」
「あとは護衛依頼を達成したついでに推薦状を書いてもらえないかお願いしたり……ってのもあるな」
「ていうかそれが本来のルートなんじゃないの?」
ティアーナが呆れ気味に言った。
「それもそうなんだよな……建前と実態がズレてるっつーか、冒険者ギルドみたいなところが求めるような人格者はそもそも冒険者になりたがらねえっつーか……」
「他人にあれこれ言われたって真人間になれるわけじゃないしナ」
カランの言葉に、まったくだとニックはしみじみ頷く。
「それで、推薦状をもらったらどうすればD級に上がれるんダ?」
「G級からF級に上がるときと変わらねえ。ギルドが指定する三つの迷宮を攻略することだ」
ニックが指を三本立てる。
「そして上手く昇級できたらギルドも『フィッシャーメン』から異動して別の支部に行くことになる。別にここに来ちゃいけないってわけじゃないんだが、難度の高い迷宮を攻略したりもっと金を稼いだりしたいなら移動すべきだ」
『フィッシャーメン』に出入りする冒険者はE級からF級などの中堅どころであり、いわゆる普通の冒険者だ。だがD級から先は違う。このランクから中堅上位であると同時に、腕利きやベテランの入り口だ。周囲からの評価も変わってくる。
「じゃ、まずはD級にならないとね。ねえ?」
「ウン!」
「どうせなら上を目指すのも良いじゃろな」
ティアーナが言うと、カランとキズナが嬉しそうに頷いた。
「ま、やる気があるのは良いこった。それじゃあ……面倒くせえ推薦状はともかくとして、クリアすべきところをクリアしなきゃいけねえ」
ニックはそこでテーブルに地図を広げた。迷宮都市周辺にある迷宮を記載された冒険者用の地図だ。ニックはその地図のある一点を指さした。
「……火焔鳥峰?」
ティアーナが、ニックの指さした場所に書かれている文字を読み上げる。
「そうだ。ここが最初の関門になる」
ニックのその言葉に、【サバイバー】の全員が野心的な笑みを浮かべた。