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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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三度目の面会




「これ、どうしたんダ?」

「お悩み中らしいのじゃ」


 早朝、木賃宿のニックの部屋を訪れたカランは、ニックの様子を見て怪訝な顔をした。

 これ呼ばわりされたニックは今、逆立ちをしていた。

 しかも、人差し指一本でだ。


「てい」


 カランがニックの脇腹にごく軽い手刀を繰り出した。


「うおっ!? びっくりするだろうが!」


 ニックが倒れそうになるところを、ひらりと身を反転させて着地した。


「それ、魔術使ってル。ずるいゾ」

「それでも指だけでバランス取るの難しいんだぞ。エイダから訓練法として聞いたんだよ」

「でも、朝からこういう訓練してるの珍しイ。いつも軽く走ったり素振りしたりが多かっタ」

「あー……ちょっと気になることを聞いてな」


 そこでニックは、オリヴィアに言われた話をかいつまんでカランに伝えた。

 オリヴィアの正体について、魔神について、そして最後に意味深な言葉を残して旅立っていったことなどだ。カランはニックと同様に目を丸くして聞いていたが、今すぐどうにかなるという話はないと判断して落ち着きを取り戻した。


「……ってわけで、何故かオリヴィアはオレの古巣の流派の名前を出したんだ」

「【武芸百般】って、パーティーの名前だったロ?」

「そうだ。同時に流派の名前でもある」

「オリヴィアは長生きしてるし、流派としての武芸百般に関わってたんじゃないのカ? ていうか」

「ていうか?」

「気になるなら、その前のパーティーに……」


 そこから続く「聞けば良いんじゃないか」という言葉をカランは引っ込めた。ニックがひどく複雑な顔をしていたからだ。


「いや……うーむ……気まずいんだよな」

「……それもそうだナ」

「そもそも破門されちまったようなもんだしな。ま、オレはオレなりに訓練してみるわ。今のところエイダに色々と教わってるし」

「ウン。その勢いで勇者にでもなれば良イ」

「勇者ねぇ……」


 妙にわくわくした目でカランが眺めている。


「ま、暇があったら一緒に世界でも救うか」

「ウン!」

「その前に仕事を片付けねえとな。支度はできたか?」

「バッチリ。お土産も決めたゾ」


 その様子を見て、キズナがはてと首をひねった。


「なんじゃ、二人でどこぞへ行くのか?」

「ああ。午前中で終わると思うが……ちょっと面会にな」


 面会という言葉でキズナは大体のところを察したようだ。

 しみじみと頷いている。


「そなたもよくよく面倒見の良い男じゃのう。捕まった男にそこまで義理立てすることもあるまいに」

「まあそうなんだが……一応また来るって言っちまったしな」

「ま、良い良い。勇者はそのような地道な善行から始まるものじゃ。我は詮索されたら面倒じゃから本でも読みながら留守番しておるわ」







「南方の甘い芋を茹でて潰して、バター、牛の乳、砂糖、を混ぜながら煮込ム。その後は干した果物や木の実を入れてオーブンでじっくり焼ク。芋は軽く見られがちだけど、ちゃんと正しい手順で料理すればどこに出したって恥ずかしくないお菓子になル」

「……ずいぶん上品な菓子だな。まあ悪くねえ」

「五日くらいなら日持ちすル。腹持ちも良いから冒険にも持って行けるゾ」

「冒険ねぇ……面倒くせえな。俺ぁ街中にいるのが一番だよ」


 レオンが興味ないとばかりにあくびをしつつも、差し出された菓子に手を伸ばした。

 ここは、太陽騎士団の留置所だ。これで三回目の訪問となる。


「んで、土産を俺に渡すために来たわけじゃあるめえ」

「約束は果たした」


 ニックの率直な言葉にレオンは瞠目した。

 しばしの沈黙の後、


「……そうか、助かる」


 と、静かに呟いた。


「確認しなくて良いのか」

「こんなところでどうでも良い嘘をつくタイプじゃあねえだろう、お前は。それにお前の顔は読めなくても後ろに居る嬢ちゃんなら読める」


 その言葉にカランはむっとするが、すぐに自分の表情に気付いて顔を引き締めた。こういうところがわかりやすく見られると自覚したのだろう。


「……読みやすいのカ」

「違う、そうじゃねえ」

「ウン?」

「お前、怒った気持ちを引っ込めようとしただろう。そういうやり方はお前には多分向いてねえな。頭の中だけで目の前の奴をぶっ殺すとか、ぶっ殺す方法を考えるとか……。あるいは弱い振りして調子に乗らせて口を滑らせるような罠を仕掛けるとか。表情や体の動きとは別の形で感情を発散させろ。良いか、感情をコントロールするっていうのは我慢することじゃねえ。感情をどういう方向で吐き出すかを自分で決めるってことだぜ。特に、感情が顔だけじゃなくて尻尾や耳の動きに出ちまう種族はそうした方が良い」


 レオンの言葉に何か感じるところがあったのか、カランは素直な目でレオンを見つめた。


「なんでそんなことを言ウ?」

「菓子の礼だ。後は自分で何とかするこったな」

「……わかっタ」


 だがその一方で、ニックは少し呆れ気味の顔をしていた。


「人の事を言えるのかお前は」

「こういうところで暮らすコツは自分を棚に上げることだぜ。ま、もう少しでおさらばだがな」

「おさらば?」

「レッドから聞いてないのか? 来週、正式に裁判が始まるんだよ。どのくらいの期間になるかはともかく、ブタ箱入りは確実だろうしな」


 その言葉に反して、レオンはさほど悲嘆に暮れている様子はなかった。


「何か差し入れの希望はあるか」

「そうだな……本が良い。冒険小説が良いな」

「お前、本を読むのか。意外……いや、意外でもないか」


 レオンはその見た目に反して博識なところがある。ニックはそれを思い出していた。


「暇つぶしに隣の部屋のやつに話をしてやると意外と受けるんだよ。監獄に行ったらこれで儲けられるからやってみろって言われてな。だが自分の体験談だけじゃすぐネタ切れしちまう」

「……商魂たくましいやつだな」

「当たり前だろ、何もせずにダラダラするのは性に合わねえしな。……ところで、ステッピングマンってのは誰だったんだ?」

「ああ、それはな……」


 ニックは、ステッピングマンにまつわる騒動をかいつまんで話した。

 オリヴィアのことは少しぼかしつつも、基本的には事実に沿って説明した。その話の中でレオンがもっとも驚いたのはナルガーヴァのことではなく白仮面のことだった。


「お、おまえ……白仮面を倒したってのか!?」

「まあ、そういうことになるな」

「そうか……。まあ、あの剣の力を使えば不可能じゃあないかもな」

「そんなに有名なのか? つーか、知ってたのか?」

「噂としては聞いてた。ヤミの聖人だのなんだの言われてるが俺はそのへんは知らねえ。どっちかというと魔道具専門の盗賊ってイメージが強いな」

「盗賊か」

「ああ。発掘専門の冒険者には蛇蝎のごとく嫌われてたぜ。遺跡を荒らすだけ荒らしたり、冒険者を殺して魔道具を奪ったり……。わかりやすい証拠を残すことはなかったが、押しつぶされたカエルみてえに殺された奴が何人か居た。あれは確実に白仮面の手口だった」


 レオンが沈鬱な顔で吐き捨てる。

 恐らくその殺された冒険者の中には知り合いもいたのだろう。

 そんな想像をしつつも、押し潰されたという言葉は腑に落ちるところがあった。

 あの白仮面の武器は剣に見えて実際のところは巨大な槌のようなものだ。

 そのように殺される者がいてもおかしくはない。


「が、そいつがお陀仏とは良いニュースだ。やってくれるじゃねえか」

「……だと良いんだが」

「なんだよその口ぶりは」

「気になることを言ってたんだよ。自分が白仮面の番は終わったとかなんとか」

「なんだそりゃ」

「わからねえから気になるんだよ」

「……そいつ、どんな姿だった。どんな武器を使ってた」

「武器は黒い長剣だが、なんだか本来の姿が折り畳まれてるとかなんとか言ってたな。巨大な槌みたいなものらしい。知ってるか?」


 ふむ、とレオンは首に手を当てて考え込む。


「装備した人間の力を強くするタイプの魔剣や魔斧があるだろう。それと同じ原理なんじゃないのか? ああいうのは、刃が触れた瞬間に一瞬だけ重くなる効果があって成り立ってる」

「……つまり、本質的には一般流通してるものと同じってことか? 効果が凄まじいだけで」

「どれくらい強かったのか俺は知らねえがな」

「なるほどな……参考になった」

「参考にするのは構わねえが、お前達には困ったことになると思うぜ」

「どういうことだ?」

「白仮面くらいの大物がぶっ倒されたんだ。ヤミの魔導具を商いにしてる奴らは一枚岩でもないしそもそも一つの組織じゃない。だがそれでも弱体化してることには変わりねえ。俺がこないだ教えた場所もガサ入れされてるかもしれねえぞ」


 ニックは驚いてカランと目を合わせる。


「……後回しにしちまって悪い。すぐ行こう」

「ウン」

「とはいえ、盗難の届けを出してるんだろう? 戻ってくる可能性も高くなる。悪いこととは言えねえ」

「自分の取られたものは自分で取り返したイ」

「……そりゃ道理だな。ま、行ってこいや」


 レオンがしっしと犬を追い払うような仕草をした。

 ニック達は立ち上がり、面会室を後にする。

 扉を締める前に、ニックはレオンの目さえ見ずに言葉を放った。


「裁判が終わった後にまた面会に来る。刑務所でやべえ奴に突っかかって死ぬとかやめとけよ」

「牢名主でも居たら挨拶でもするさ。お前が危ない橋を渡って野垂れ死ぬ方が先だ」




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