オリヴィアの言い訳 1
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出版社『ミステリアス・テラネ』の朝は遅い。
記者たちが怪しげな風聞を取材に繰り出す時間帯が夜だからだ。一仕事終えた冒険者や仕事中の夜の女たちに話を聞いたり、あるいは直接事件を見たりして、日が変わる時刻にようやく仕事が終わる。そしてカタギの人々が昼餉を取る頃にのそのそと起き出して出社し、再び一日が始まる。面白そうな事件が起きればますます生活時間帯は不規則になる。
「まあ、真面目な新聞記者よりは遥かにマシですけどね。私たちは毎日毎日スクープを追いかけたり張り込みしたりするわけでもありませんから。たまたまそういうのに出会ったら普通の新聞記者に売りつけますし」
「もっと健康的な生活しろよ……と言いたいところだが、お前の場合は人間かどうかもちょっと怪しいんだよな」
ニックとキズナの二人は再び、『ミステリアス・テラネ』の二階の応接室を訪れていた。
今日も社内はがらんとしており、オリヴィアだけが暇を持て余している様子だった。
「ひどい言い方ですねぇ……助けてあげたというのに。それに色んな後始末は私がしてあげたんですよ?」
「ああ、白仮面を倒したのがお前だって話か。ありゃいったいどういうことなんだ?」
「別に大した話ではありませんよ。私が倒したということにすれば一番説得力があっただけです」
オリヴィアはそう言うと、自分の胸ポケットからとある小さな板を取り出した。
艶めいた銀色の金属製のプレートだ。文字が刻印されている。
「これ、お前まさか……」
「なんじゃ?」
ニックの顔が驚愕に染まるのを、オリヴィアは嬉しそうに眺めた。
「はい。S級冒険者の証です。B級以上になるとこういう身分証が渡されるんですよ。ちなみに太陽騎士団のごく一部にもちょっとコネがありましてね。取り調べもスムーズに行きました」
「いや、しかし……聞いたことがねえぞ……?」
S級冒険者というのは数えるほどしかいない。
より正確に言えば、迷宮都市で活動が公開されているS級パーティーは二つだけだ。
一つは……というより一人は、【一人飯】のフィフスだ。《多重存在》という特技を使って「魔術師となった場合の自分」、「神官となった場合の自分」などを召喚することで、たった一人でも凄まじい戦闘力を発揮できる有名人だ。趣味はたった一人での食べ歩きで、カランは彼に大きく影響されている。
もう一つは、【天狼魔術団】という冒険者パーティーだ。控えやサポートメンバーを含めて十人ほどのパーティーだが、全員が何らかの属性を極めた魔術師である。ニックの古巣の【武芸百般】とは対照的に、魔術の使えない戦士が一人もいない。もっとも近接戦闘の技能も持ち合わせているため、決して歪な冒険者パーティーではなかった。
「大っぴらに名前を明かしてるのは【天狼魔術団】と、フィフスくんくらいですしね。もう一つS級パーティーもあるんですが、リーダーがシャイなのであまり表に出てきませんし」
「それも初耳だな……てか、お前はパーティーを組んでないのか?」
「ええ。私は他のS級と比べてもちょっとトクベツなんです。今の冒険者ギルドの総本部長だって太陽騎士団の団長だって、昔は軽く揉んでやったものです」
「自分の子供の頃を知ってる奴がデカい顔してるのって滅茶苦茶イヤだろうな」
「そんなぁ、私、慕われてるんですよ?」
「どうだかなぁ……」
ニックのじっとりとした視線を受けて、オリヴィアはけらけら笑った。
オリヴィアの知己になんとなくの共感を抱きつつニックは溜め息をつく。
「ま、冷静に考えたらオレ達が白仮面を倒したって言っても説得力がねえしな……一歩間違えたらオレたちも取り調べで捕まってた可能性もある。そのあたりは本当に助かった。ありがとう」
「あら、意外に素直。えらいえらい」
オリヴィアがニックとキズナの頭を撫でようとしてぺしっと叩かれた。
「礼は言うが信用したわけではないわい。秘密だらけじゃろうが」
キズナがぶすっとした顔でオリヴィアを睨む。
以前来たときとはうってかわって不機嫌な様子だった。
「あの男が着ていた鎧を聖衣と見抜き、あまつさえ単身で戦うなど、まともな人間ではあるまい。仮に人間であったとしても見た目通りの年齢ではなかろう」
「おやおや、お姉さんはいけずですねぇ」
「お姉さんだと?」
ニックが、オリヴィアの意味深な言葉に反応した。
キズナにとってそういう兄弟姉妹にあたる存在は、心当たりがあった。
一人は、『進化の剣』だ。
彼はキズナ……『絆の剣』と同じ、古代文明の生み出した聖剣だ。
オリヴィアが、それらと同種の聖剣であるという可能性がある。
だがここでキズナは首を横に振った。
「……我は知らぬぞ。そなたのような剣は」
「でしょうね。私は魔神打倒のメインプランに組み込まれたわけではありませんでしたから。私の役割は長期的展望における計画遂行であり、もっといえばプランBです。主に魔神に負けてしまったり、あるいは人間の国家や文明が勝利したとしても致命的なダメージを負ってしまったり……という事態を想定して生まれた聖剣です」
「な、なんじゃと……名は、何という!?」
「武の剣」
その簡潔な名乗りに、キズナの顔は驚愕に染まった。
「対魔神戦闘技能者養成プログラム『武の剣』……まさか本当に開発されておったのか」
「おや、ご存じでしたか?」
「資料で軽く目を通したことがあった程度じゃ……」
「なあ、話が見えねえんだが」
ニックが不満げに言うと、オリヴィアが苦笑しながらすみませんと詫びる。
「いや、失敬。身内にしかわからない話で盛り上がるのも失礼でしたね」
「まあ身内話なんて卑近なレベルとも思わねえが……。とりあえず、キズナの仲間ってことだよな。こいつみたいな能力は持ってるのか? それと持ち主はいるのか?」
「私は、《合体》のような特異な魔術は使えません。持ち主も居ませんね。私は他の聖剣と役割が違いますので」
「役割?」
ええ、とオリヴィアが頷く。
「他の聖剣は基本的に魔神との決戦に使用される武器として設計開発されたものです。ですが私の場合は違います。魔神などの脅威に立ち向かう人間を鍛えるためのトレーニング器具ですね」
「トレーニング器具って……」
ニックが呆れたような顔をするが、ふと何かに気付いて表情を引き締めた。
「《奇門遁甲》か」
「ええ、それも一つですね」
「それが魔神と戦うために必要?」
「あっ、疑ってますね?」
「いや疑ってるっつーか……。凄いとは思うんだが、戦局をひっくり返すようなすげえ武器かと言われると違くないか?」
ニックの訝しげな表情を見て、オリヴィアがちっちと指を横に振った。
「魔神というのは普通の魔物とは一味違うんですよ」
「そりゃそうだろうが、具体的には?」
「魔術が基本的に通じませんね。効きにくいとかそういうレベルじゃありません。何の対策もしていない人間が魔術を唱えて攻撃しようとしても、その瞬間に魔力の穴を無理矢理こじあけられて魔力を吸い取られて死に至ります」
「えぐいな、そりゃ」
「そのような効果が発動する結界を、まるで呼吸するかのように無意識にやるのが魔神なんです。ちょっと反則ですよね」
ニックが渋い顔をする。
キズナは既に知っていたのか、頷いている。
「とはいえ対処法はある。そうじゃの?」
「はい。魔神のように魂のレベルが高い存在というのは、ただそこにいるだけで結界が発動して下位の存在を無理やり巻き込む性質を持ちます……そういう前提で、二つの対策が生まれました」
ここでオリヴィアが指を二本立てた。
「まず一つ、魔神と同格の存在であれば対抗できます。ほとんどの聖剣はこれをコンセプトとして持っていますね。人間をより高位の存在へとシフトさせるという、なかなか強引な方法です。……さて、もう一つはなんでしょう?」
「……魔力を外に漏らさずに魔術を使う」
「はいピンポン! 粗品を進呈しましょう」
「いらねえ……。つーかその方が強引な気がするんだが。ステゴロで魔神を倒せって言うんだろ?」
「ですねぇ」
「ですねぇ、じゃねえよ」
「いやいや、何も私は、才能ある人間一人を育てて魔神を素手で殺せる人間を仕立てよう……なんてつもりじゃありませんよ。私の技能を継承した人間が成長し、弟子や子孫がそれを発展させていくとか、そういうのを想定しているわけです。実際、《奇門遁甲》とは異なる流れに進化した流派もあります」
「へえ……そりゃ凄いな」
「凄いのは私ではなく、私から学んだ技術を発展させた人間です」
「それで魔神は倒せるのか?」
「さて、どうでしょうね」
わかりません、とばかりにオリヴィアは肩をすくめる。
適当なのか本気なのかわからないとニックは思い、同じように肩をすくめた。
「まあ、封印されてるか死んでるかしてるから試しようがねえか」
「え? 何言ってるんですか?」
オリヴィアが驚いた目でニックを見つめる。
ニックもまたそんな目で見られることが心外で見つめ返す。
「なんだよ?」
「いや、死んでませんよ?」
「死んでないって、何がだよ」
「魔神がですよ。むしろ目覚めています」