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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
四章 落第生、深山幽谷の果てに単位を得る
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やくざ神官 1

今回と次回はゼム回です




 ステッピングマンを巡る騒動は結末を迎えたが、後始末まで片付いたわけではない。何が起きたかを知ってこれからどうすべきかという結論を出すことが結末を迎えるということであり、結論を実行することは常に面倒事が付き纏う。それはゼムにとっても、そして建設放棄区域の住人にとっても同じことだった。


「お邪魔しますよ」

「あんたは……」


 ナルガーヴァの元治療室の扉の前に、ゼムは単身で訪れた。部屋の主人が消え、もはや用をなさない場所でありながら、なぜかその付近にはたむろする人間が何人もいた。ゼムがざっと数えただけでも十人はいるだろう。そのうちの一人はゼムと面識があった。共同墓地の管理をしていた男だ。


「失敬。あなた、お名前はなんでしたっけ?」

「あ、ああ。そういえば名乗ってなかったな。ラーベだ」

「以前はお世話になりました。……で、怪我をなさったのですか? とりあえず治療中だった人の診察をしに来たので順番を決めましょうか」

「い、良いのかよ……? 俺達ぁ持ち合わせなんてないぜ」


 ラーベのどこかひねつつも正直な態度にゼムは苦笑する。「そういえばティアーナさんも彼に良い印象を持っていたな」と思い出していた。


「しばらく僕がここの患者の面倒を診るということで彼の手記や資料を持ち出したんですよ。そのときは慌ただしくて口約束しただけでしたし、誰と交わしたかもうろ覚えですが」

「ああ、そういえばそんな話をしたとか聞いてるが……バックれるだろうってみんな思ってたぜ?」

「僕もちょっとその考えは頭をよぎりました」

「おいおい……」


 ラーべの困惑を無視してゼムは扉の前にいた人間たち全員を治療室に招き入れた。

 全員、何らかの怪我をしている。

 ナルガーヴァがもしかしているかも知れないという希望にすがって来たのだろう。

 ゼムが来たことで不思議な安堵が流れつつも、そこには少しばかりの落胆があった。

 恐らく、ようやく思い知ったのだろう。ここに再び部屋の主人が来ることはないと。


「怪我を治してくれるのは助かる。助かるんだが……」


 ラーベが歯切れの悪い口調でゼムに言った。

 恐らく喧嘩か何かの傷なのだろう。額に青あざができている。


「どういたしまして。これは最近殴られた傷ですね……ま、大目に見ましょう。この程度ならすぐに治りますが、頭の怪我は気をつけたほうが良いですよ」

「そうするさ。あんたはナルガーヴァ先生みたいに四六時中ここに居てくれるわけじゃねえ」

「ですね」

「ここに居着くつもりはねえのか? 今ここに居る連中はともかく、報酬を出せる奴はいると思うんだが……」

「すみません」

「まあ……そうだよな。ここで暮らすような人間ならナルガーヴァ先生みたいなのが例外だったんだ。我慢するさ」


 ラーベは諦めの溜め息をついた。


「むしろ逆に尋ねたいのですが、彼……ナルガーヴァさんを捕らえようとしたのは僕らで、結果として彼の死を招いた。恨みはないのですか?」

「そりゃあるさ」

「でしょうね」


 ナルガーヴァが捕まり、そして死んだ経緯についてはすでに知っていた様子だった。

 破門されていた神官が子供を誘拐していたというのはさすがにスキャンダラスな内容過ぎた。何かしら関わり合いのある人間はナルガーヴァの情報を求めるだろう。人の口に戸は立てられないとゼムはしみじみ感じた。


「だが……なんとなく死ぬか消えるかするだろうなってみんな思ってたさ。あの人は突然フラっと居なくなりそうな気配があったからな。妙に厭世的と言うか」

「それは……ええ、なんとなくわかります」

「そうでなくたって、ここに居着くのは何かがどん詰まった奴ばかりさ。いつふっと居なくなるかわかったもんじゃねえ」

「怪我を診る側としては困ったものです」

「そう思うならここに居着いてくれると助かるんだがな」


 ラーベの皮肉めいた目を、ゼムはさらりと流した。


「僕は善意の神官でもなくただの冒険者ですからね」

「だろうな」

「ですので、本来ここに来るべき人を連れてきましょう。それで良しとしてくれませんか」

「ここに来るべき人……?」

「僕やナルガーヴァさんのような破門神官ではない人、と言えばわかりやすいですかね」


 ラーベの困惑を余所に、ゼムは冷静な計算を張り巡らせていた。


「そのために紹介して欲しい人がいるんですよ」

「へ? 紹介?」

「ここに《浄火》に来てくれる神官です。その人と懇意になりたいと思いまして」







 迷宮都市には四柱神すべての神殿の支部がある。


 もちろん、神殿が四つだけということもない。メドラー神殿だけで十箇所以上は存在する。メドラー神殿は迷宮都市の学校に併設されていることが多く、メドラー神殿から破門されたゼムは若干複雑な目でそれらを見ていた。


 そしてナルガーヴァを破門したローウェル神殿も多く存在している。商人が証文を取り交わしたり、一定以上の身分の婚姻や見合いなどがあればローウェル派の神官がしゃしゃり出るものだからだ。商売を広げる、もとい神の尊さを説く機会は迷宮都市には幾らでも転がっている。


 だが、今ゼムがいるのはそのどちらでもない、豊穣神ベーアを祀るベーア神殿の支部だった。


「……それで、神殿の支部長たる儂が、破門された神官の言うことなど聞けると思うのか?」

「それは僕のことですか? それともナルガーヴァ氏のことで?」

「……両方だ!」


 厳めしい顔の男が怒鳴った。

 怒気が湯気となって吹き出てきそうな表情をしていた。

 この男が、ベーア神殿支部の支部長、ルパードであった。


「ええい、ラーベの奴め。どうしてこんな男を寄越したのだ……あやつは出しゃばらないのが取り柄だと言うのに」

「まあまあ、落ち着いてください。僕は何も言うことを聞けなどと言ってるわけではないのです。何故か休止してしまっている建設放棄区域への炊き出しや診療などを再開するならば今が絶好の機会ですよと、そういう提案をしているのです」


 ゼムは建設放棄区域を何度も往復する内に、あることに気付いた。それは、《浄火》を執り行う神官が出入りしていながら、診療をしている人間がナルガーヴァという破門されたアウトローの元神官しか居ないという状況のおかしさについてだ。


 《浄火》は神官の一部だけが使用できる専門的な技能だ。それがなされているということは、神殿の人間が問題無く出入りしているということになる。にも関わらず、ナルガーヴァが自分の部屋を確保して診療をしていた。本来ならば神殿がやるべきことにも拘らずだ。


「何が絶好の機会だ。あそこで活動しようとした者は手酷い目にあっている。追い剥ぎなどしょっちゅうだ。《浄火》だって本当は断りたいくらいなのだぞ。……流石に死体が放っておかれては困るからやむを得ずやっているだけだ。もし派遣された神官が乱暴されでもされたら、儂は誰に何を言われようが派遣を止める」


 ルパードは、ここの神殿の支部長だ。もっとも、この支部の規模は小さい。三十人居るか居ないかという程度で、周辺に住むベーア神派の住民の冠婚葬祭や礼拝を執り行うのが主な活動なのだろう。本来はそうした日常業務に加えて、その宗派独自の奉仕活動を行うものだが、


「そう脅して平穏を保っているわけですね」

「そうだ。どうせ誰かがやらざるをえないから完全に手を引くのは難しい。だがそれで侮られては困るからな」


 憮然とした顔でルパードは言い放つ。

 ゼムはそれを聞いて、不快とは思わなかった。むしろルパードの言い分はまっとうだとさえゼムは思う。あの環境に順応できるナルガーヴァやゼム自身のほうが異端だ。《浄火》を唱える神官を派遣しているだけ、十分に篤志家の部類であるとさえゼムは感じていた。だからこそゼムはこの神殿を訪れることを選んだ。


「お布施も期待できないでしょうし、それ以前にあそこに出入りすることそのものが大きなリスクだ。ナルガーヴァさんは実力も確かだ。舐められるようなことはなかったでしょう」

「そんな人間はおらん。居るとしてもそれは貴様らのように道を外れた者ばかりだ。どうしてもやれと言うならば自分でやればよかろう。功績が認められれば神官への復帰も叶うかもしれんぞ」


 ルパードが鼻を鳴らして皮肉を言い放つ。

 だがゼムは、静かに首を横に振った。


「あまり未練はありません」

「ならば神官の真似事など辞めることだ。厄介事を生むだけだぞ」

「ええ、ですので僕は冒険者として提案したいわけですよ。護衛として、僕や、僕のような人間を雇いませんか?」


 ゼムの言葉に、ルパードの眉がぴくりと動いた。




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